第7話 危機3

 痛い、痛い、痛い……。


 なにをされているのだろうか。

 右目が見えないので、幹部の状況が分からない。

 ノアは、魔力を送っている様だ。こんな痛い治療魔法など聞いたことないんだけど?

 普通の治療魔法は、痛みを和らげるはずなのに……。


 激痛に耐える事しばらく……。痛みが引いて来た。


「はあはあ……」


 もう、涙と鼻水が止まらない。


「どう? まだ痛い?」


 ノアは、笑みを私に向けて来た。

 こいつの感性は、どうなっているの?

 そして、鏡を取り出した。


「えっ!?」


 鏡の映像を見て驚いてしまった。

 右腕の傷跡が消えていたのだ。抉られた筋肉まで再生されている?

 左手で、右腕上腕を擦ってみる。間違いない。傷が治っている……。


「なにをしたの?」


「一度溶かして、再構築したんだよ。ちょっとおまけ付きでね。人によっては『ズル』と言うけど、リディアには、必要だと思えたので、治療させて貰ったんだ」


 右肩を回す……。肩が上がった……。本当に治っている。しかも、それだけじゃない。軽い……。全盛期以上に肩が軽いと思う。

 涙が出てしまった。もう、顔はグチャグチャだ。

 それを見たノアが、タオルを差し出して来た。

 涙が止まらなかったので、タオルを受け取って顔を覆う。

 とりあえず、落ち着こう……。私は、心を鎮めた。


「まだ痛い?」


 首を横に振る……。

 これは、嬉し涙なのだ。顔を隠しながらも、右肩を動かす。


『夢じゃない……。本当に治っている』


 落ち着いたところで、地面に刺さった剣を抜いた。右手で持ち、一振りしてみる。

 絶好調としか言いようがない。

 こんな完璧な治療法など聞いたことがなかった。しかも、こんな短時間で。

 ノアは何者なんだろう……。


「右手には、虎の魔物の因子を組み込ませて貰ったよ。多分、鍛えれば人類でも最速の剣技が振るえると思う。でも今のリディアには、技量がないからまだ先の話だね」


 絶句してしまう。

 え? なに? 虎の因子? 意味が分からないのだけど……。


「さて、次は眼と耳だね」


 私の疑問は、置き去りにされて次に進んでしまう。

 先ほど、『ズル』と言った。外法の類かもしれない。

 でも、私はノアを信じたくなった。そう思わせる、笑顔なんだ。

 ノアの正体が悪魔であっても、今の私は手を取るだろう。


「……お願いします」


 膝をつく。

 もう、疑うことなどない。後から高額な請求をされても、受け入れようと思う。

 体を要求されたら……、断れそうにない。

 それほどの、ノアの言葉は甘美に満ちていた。


「眼と耳は、精霊の機能を移植しよう。人間には見れない物や、聞こえない声が聞けるかもしれないけど、まあ、『おまけ』と言う事で」


 なにを言っているのかは分からないけど、眼と耳が治るのであれば、不満などない。

 顔を覆っていた布を取り、患部を晒す。

 ノアは躊躇いもなく、私の右眼に触れた。次に右耳だ。

 また、激痛が走ったけど、今回は我慢できた。

 こんな痛み、傷を負った時の絶望と比べれば、なんでもない。

 そして、また瓶の液体だ。

 頭から液体を掛けられる。


『高度な治療方法なんだろけど、この痛みを止めることは考えないのかな……』






「サイズ調整はこれで終わり。痛いところとか、当たる部分はないかな?」


 今は、ノアが用意してくれた防具の調整を行っている。

 重くもなく、関節部分の可動域も広い。最高級の防具かもしれないな。


「……ピッタリよ。凄いのね。鍛冶魔法になるのかな? それとも、錬金術?」


 金属でできた靴を伸び縮みさせるのは、どんな魔法なのかな?

 聞いたことすらなかった。それと、篭手も合わせて貰った。

 最後に、盾と肩鎧を装備する。


「それじゃ最後に、これを付けてね」


 まだあるの?

 渡されたのは、髪留めだった。でも、魔力を感じる……。

 私は、バレッタで髪を止めて、視界を広げた。

 ノアは、私の顔の火傷さえも、跡形もなく治してしまっていた。髪まで生やしてくれたのは嬉しい意外に言葉が出ない。

 多分だけど、王都では名の知れた治癒術士なのかもしれない。高位神官あたりかな?

 そして、S級冒険者に選ばれる人というのは、こういう人だという事が良く理解できた。

 自分の小ささを思い知らされた感じだ。


「それじゃあ、試し切りだ。2~3匹切ったら結界の中に戻って来てね。都度調整しよう」


 私は頷いた。

 目の前を向く。

 涙は止まっている。

 私は、右手の剣を力強く握り締めた。


「行くわよ!」

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