第5話 危機1

「……魔物がいないわね」


 街から出て、しばらく歩いたけど、魔物の気配がしなかった。街の東側は、平地が続いており、比較的魔物が多いのだけど。

 なんだろう……。違和感を感じる。これが、人為的だった場合……。


「……ここは、魔物に溢れた土地だけど、これは……、殲滅されている? 移動している?」


 そう思えるほどに、魔物の気配がなかった。

 ここで、音を拾う。

 角笛の音だった。


「……ゲラシウス!? あの馬鹿!」


 ゲラシウスが持っている、魔導具。『魔物集め角笛』の音だ。

 その名の通り、周囲の魔物を集める。

 パーティー『餓狼の爪』の常用戦術。

 高地に陣取り、魔物を集めて、魔法や矢の遠隔攻撃で殲滅させる。

 効率はいいのかもしれないけど、近寄られた時点で被害が出る。

 ゲラシウスは、大盾持ちであり、全身鎧を着ているけど、集められた魔導師や狩人は、戦術が崩れた時点で被害が出る。

 それでも、私みたいに追い詰められた冒険者は、ゲラシウスに頼らざるおえない。

 『餓狼の爪』は、そんな者達の寄合所になっている。


 ここで、遠くに土煙が見えた。

 ……魔物の大群が、こっちに向かって来ている?

 ここは、街道だ。周囲には誰もいないけど、このまま行くと街まで一直線だ。

 私の住んでいる辺境の街に、堀も防壁もない。そのまま、民家に魔物が雪崩れ込んでしまう。その前に、私が飲み込まれそうだ。


「ぐっ!」


 私は、街へ走り出した。状況としては、絶望的だ。

 できれば、街へ異変を知らせたいけど……、その前に追い付かれる可能性の方が高いな。


「私より速く走る魔物は多くいるのよね……。街へ着く前に追い付かれちゃうかな。

 横道に逸れる選択肢もあるけど、それで追い付かれない保証もないし。樹に登っても囲まれるのが落ちかな……。

 でも街に辿り着ければ、衛兵が迎撃してくれるはず……。土煙が上がっているし、街も異変を感じているわよね……、多分」


 魔物の氾濫スタンピードではないにしろ、あの数は脅威だ。私は4人のパーティーで20匹に襲われて大怪我を負ったのだし。目視で何十匹いるのかも分からないほどの大群だった。

 

 とにかく走るしかない。私は風魔法を使い、身体能力を強化した。





「はあはあ……」


 全速力の走行で、もう息が上がっている。でも速度は落とせない。

 街までは、まだ距離がある。

 後ろを振り返るまでもなく、蹄の大轟音が迫って来ていた。


 走る……。とにかく走るしかない。

 ここで、声をかけられた?


「……君は昨日会ったね。ごめんね。巻き込んでしまったみたいだ」


 え……?

 横を向く。私と並行して走る、男性。

 汗一つかかずに、走っている……。今私は全速力なんだけど?


「少し失礼するよ」


 そう言って私を担ぎ上げた!?


「きゃあ!? ちょっと!?」


「非常事態なので、許してね」


 目の前には、魔物の大群が迫っている。血の気が引いた……。

 全身の力が抜けて、自然と体を預ける体勢となる。

 それと、この男性……。私を肩に抱えてもスピードが落ちなかった。いや、加速すらしている?

 魔物との距離が離れ出したのだ。


『解る。身体強化の魔法なのだろうけど、緻密さや練度が桁違いだ……。魔力の操作だけでこんなにも差が出るんだ』


 ロスのない、魔力の使い方……。私など、比にもならない。

 これが、S級冒険者……。

 攻撃魔法とか、見てみたい。風魔法と氷魔法を発現して貰えれば、参考になると思う。そんな事を私が考えていると、不意に立ち止まった。


「ここでいいかな?」


 そう言うと、手に持っていた何かを割った。

 多分、魔導具だと思う。

 そして、地面に魔方陣が出現した。

 私は、その魔法陣の中で降ろされた。





「……この後、どうするつもり?」


 今私は、魔法陣の中で魔物に囲まれていた。

 この魔方陣は結界の様だ。魔物は、魔法陣に触れると痺れるらしく、様子を伺うだけとなる。防御系の魔導具としては、一級品だと思う。辺境の街では、まずお目にかかれない品だ。

 でも、100匹はいる。そして、周囲を囲まれているので、逃げ道もない。

 この魔方陣が、どれだけ続くかで私の運命が決まる……。


「え~と。まず、状況からだね。襲われているパーティーがいたので、助けようと魔物の群れに【挑発】したんだけど、全部来てしまってね。ちょっと場所を探していたんだ」


 呆れて物が言えない。私は、巻き込まれただけか。

 まあ、この男性を追いかけて来たのは、黙っていよう。


「名前……」


「え?」


「私は、リディア。あなたは?」


「僕は……、ノアと名乗ろうかな」


 偽名な気がするんですけど?


「まず、『襲われているパーティー』は、崖の上に陣取っていなかった? それと、角笛を聞かなかった?」


「……良く分るね」


 頭痛い……。冒険者ギルドに報告して、ゲラシウスに償って貰おう。

 あいつに殺されかけるのは、二度目だし。

 大きなため息が出た。


「それで、逃げられるんでしょうね? S級冒険者さん?」


「この程度なら逃げる必要はないかな? それとS級ってなに?」


 ……私の命は、今日までかもしれない。

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