第3話 怪我を負った冒険者

 現実に打ちひしがれる私だったけど、現実は優しくない。

 一ヵ月もすれば、貯めていた貯金も使い果たす。

 冒険者は、自己責任なのだ。資金が尽きたらホームレスになるしかない。

 今の私の顔では、娼館でも働けないし……。


 私はまず、武器を探した。

 私の戦闘スタイルは、右手で剣を持ち、左手で魔法を撃つ事に重点を置いていた。

 右腕が上がらないのであれば、右手で魔法を撃たなければならない。

 右肘から上は、布で胴に固定した。幸いにも肘から先は動くので、魔法位なら撃てる。

 そうなると、左手で扱える武器が必要だ。

 愛剣は折れてしまったので、もう使えない。

 それ以前に、左手で剣を振れる気がしなかった。実戦で使えるまでには、修練で長い年月がかかる。

 とにかく安い武器……、短剣や棍棒などを試した。


「……猪一匹に苦戦するなんてね」


 剣を失った私は、想像以上に弱かった。

 特に、右側に回られると反応できない。

 距離感も掴めない。

 毎日3匹は狩れていた魔物も、今や1匹で青色吐息だ。全身傷だらけでもある。

 街中の仕事も、配達くらいしか受けられなくなり、収入は激減した。

 ギリギリホームレスにならない程度の生活を続ける。

 食費を削ると、体力が落ちる。そうすると、動きが悪くなり、討伐系は受けられなくなる。

 当たり前の、負のスパイラルから抜け出せなくなった。

 治療費など、出せるわけもない。


 そんな時に、母からの手紙が届く。

 嘲笑覚悟で帰ってもいいかもしれないけど、もう何処にも嫁に行けない体になってしまった。

 あの、牢屋のような家で残りの人生を過ごすのであれば、何処かで魔物の餌になった方がいい。

 まだ、私の心の炎は消えていなかった。


 冒険者ギルドも私に融通してくれるようになる。

 魔狐の数を見誤った責任を感じているみたいだ。

 手甲剣パタを勧められた。亡くなった冒険者のお古であり、料金も無料との事……。

 リーチが短く、突き以外の攻撃ができないけど、篭手としての防具という側面もある。

 試しに、猪の魔物相手に使ってみたけど、魔法で牽制して急所に当てられれば、楽に討伐できた。

 棍棒は、手甲剣パタと交換で冒険者ギルドに引き取って貰う。短剣は予備として腰に装備。

 なんとか首の皮一枚繋がった感じだ。


「資金を貯めて、眼と耳、右腕の治療……。何年かかるかな」


 父親を見返して、母親を保護しようとか考えていたけど、現実は甘くなかった。

 血抜きをした猪を肩に担ぎ、今日も冒険者ギルドへ向かう。





 冒険者ギルドは、食事処も兼ねている。だけど、私には、馴染のお店がある。


「いらっしゃませ」


「こんにちは、メグ。今日のおすすめをおねがい」


「うふふ。何時もありがとう」


 お礼を言いたいのはこちらだ。怪我を負ってからというもの、メグのお店は、私だけ半額にしてくれる。

 パンは無料で好きなだけ食べて行けと、メグの父親に言われた。

 メグの父親は、昔は街一番の冒険者だったけど、今は引退して飲食店を経営している。後進の育成も行っているらしい。

 ちなみに私は、剣と魔法が使えたので、合格を頂き教えは受けていない。


「今日も美味しいわ。この店のシチューは絶品ね」


「うふふ。ありがとう。父さんに伝えておくね」


 ここで、ある人物が店に入って来た。

 そして、私の目の前に座る……。


「よう、リディア。パーティーの件は考えたか?」


「……断ると言い続けているじゃない」


「ふはははは。そんなんなっても強気だな~」


 私は、目の前の男をきつく睨んだ。


「ゲラシウス、いい加減に消えてよ。ご飯が不味くなるわ。それと、とても匂うわよ」


 目の前の男。ゲラシウス・ウィスラー。

 私と同じ元貴族。

 素行が悪く、学園と家を追い出されて、B級冒険者をしている。

 冒険者としての噂も芳しくない。仲間を何人も死亡させているパーティーのリーダーだ。

 女性が入った時などは……、冒険者ギルドに訴えられたらしい。

 パーティー名は、『餓狼の爪』だったかな?

 数名だけ生き残り続けて、功績を挙げているパーティーリーダー。正直、冒険者ギルドも持て余している。


「魔狐の数を見誤った件に関しては、謝罪したじゃないか。ギルドに賠償金も払った。もう終わったことだろう?」


 ……この男。デリカシーというものがない。

 今すぐにでも切り刻んでやりたい衝動を抑える。


「いい加減に素直になれよ。そんな怪我を負った、おまえを誘うのは俺だけだろう?

 昼も夜も可愛がってやるからさ~」


 反吐が出る。今食べた物を戻しそうだ。


「……鏡見たことある? それと、臭いんだけど」


 ここで、影が私を覆った。メグの父親がゲラシウスの隣に立ったのだ。


「ゲラシウス。おまえは客じゃない。出ていけ……」


 右手には、包丁ではない。冒険者が使うような斧が握られている……。


「……わ~ったよ。退散だ。退散。

 でも覚えておけよ、リディア。お前は必ず、俺の女になる!」


 ありえない未来をほざいている。

 あんなのに体を許すのであれば、喜んで魔物の餌になろう。


「ありがとう。おじさん。それと今日も美味しいわ」


「……気を付けな。あの手の輩は、しつこいぞ」


 お礼を言って店を後にする。

 空を見上げて、ため息が出た。


「この生活は、何時まで続くのだろう……」

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