5話 金魚掬い
時刻は十七時を回ったくらい。祭り囃子が次第に大きくなっていく。
カランコロンと鳴る下駄の音、ヨーヨーを弾く子供たち、屋台の賑わう声が並ぶ。少女がはぐれないよう、しっかりと手を繋ぎながら道を進んでいく。彼女は大人しく僕の歩幅に合わせて歩いている。小さい頃の僕の下駄が残っていて良かった。少女はすっかりその下駄がお気に入りのようだった。
久しぶりの地元の夏祭り。顔には出さないが、興奮が抑えられない。
とりあえず彼女が何を望んでいるのか。分からないまま出てきてしまったので聞いてみる。答えてくれるかは分からないが。
「なあ、祭りに来たはいいけれど……君は何がしたいんだい?」
僕が問うと彼女は真っ直ぐ前に自身の左人差し指を出した。指差された場所は、金魚掬いの屋台。少し、意外だと思った。
子供であるし、そりゃあ金魚掬いに興味を示すこともあるだろう。けれどそれよりもこの頃の年の子は、まず手始めに食べ物に興味を示すのではと思っていたのだ。事実僕が少女くらいの頃は、成長期も助けてかよくお腹が空いたものだ。彼女は家を出るまで中を駆け回っていたし、まずご飯が食べたいと言いそうだと思っていたのだけれど……その考えは玉砕されてしまった――なんなら僕の方がお腹が空いているので便乗しようと構えていたのだが、それは失敗に終わった。
「金魚掬い? あれがやりたいのかい?」
少女はこくりと全身で頷いた。大肯定だ。
子供が言うのだから仕方がない。僕は食べ物は諦めて、彼女をおもてなしするために、金魚掬いの屋台へ向かった。
いらっしゃい、店主が言う。僕は軽く挨拶を返して、金魚掬いに必要な金銭――二百円――を店主に渡す。本来ならばいい経験だから少女にやってもらおうと考えていたのだが、ちょんちょんと彼女に肩を叩かれて振り向けば、彼女が僕にやれと促すので、結局僕が金魚掬いをすることになった。
ふむ。金魚掬いをするのは実に三十年ぶりと言ってもいい。感覚など当の昔に捨て去ってしまったから、いざ道具を手にすると、どうしていいものか一瞬分からなくなってしまう。ああそうだ、ポイを水につけつつ、金魚を掬うのだったな。
子供に格好悪いところは見せたくないが、金魚掬いはきっと得意ではない。
たとえ一匹も取れずとも機嫌を損ねないでくれよ、君よ。
予防線を張った僕の戦いぶりは、それはそれは惨敗の連続だった。予防線を張っておいて本当に良かった。一回目のチャンレンジは、一匹も掬うことができなかった。これで二回、三回と続けたところでクレーンゲームのように散財してゲームオーバーだ。僕は店主に礼を伝えて席を立った。瞬間、ぐいっと視界を強制的に横に向かされる。引っ張ったのは――間違えるはずもなく――少女だった。
その膨らませた頬から考えられるのは、もう一度、という意味だ。僕は肩を落として、もう一度だけだぞ、と目で答える。そうして僕の財布に入っていた小銭が全て消えるまで、この金魚掬いという名の戦争は続いたのだった。
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