十六団子の日


 ~ 三月十六日(水) 十六団子の日 ~

 ※厳父慈母げんぷじぼ

  厳しい父と愛情の深い母。親の心得。

  授業中と授業外での教師の心得でもある。




 米作りが始まる様子を見るためにやってきた神様へ。

 十六個の団子をお供えするという東北の風習がある。


 それにちなんでいるのやいなや。

 ダイニングに乗った食後のお茶請け、四つ玉串団子は全部で四本。


「一人で平らげるんじゃねえわよ」

「うんめええええ! 凜々花、ママが買ってくるみたらし団子がいっちょん好き!」

「え? おかしいわね。お店、パパに教えておいたはずだけど……」

「パパが買ってくるみたらし団子はな? なんか加齢臭がすんのんよ」

「あちゃあ。最近ちょっと気になり始めて来たけど、本人の前で言っちゃだめよ?」


 今日は大阪。

 明日は富山で仕事というお袋が。


 ようやく凜々花に顔を会わせておめでとうと言える一泊だけの里帰り。


 もう何度目か覚えちゃいない合格祝いの晩さんは。

 とうとう親父の財布をぺしゃんこにしてしまったようだ。


 ……そんな親父のことを。

 俺は、基本的にダメ男だと思っている。


 だが、ほんのいくつか。

 絶対に勝てないと舌を巻くところがある。


 そのうち一つは。

 このお袋が、たった一人尊敬できる人物として親父の名前をあげること。


 さらにもう一つ凄いところをあげるとすれば。


「おにいちゃん。ママにお茶淹れてくれるかい?」

「よくこの場にいて聞こえなかったふりできるなお前」


 お袋と凜々花のやり取りを。

 まるで自分のことではないと言わんばかりに平然と聞き流す。


 俺ならへこたれそうな盤面でも笑顔のままでお茶をすする。

 そんな男に、俺はもちろん。


 なりたくない。


「それにしても、ここんとこ数日で滅茶苦茶散在したな、親父」

「あはは、凜々花ちゃんの胃に全部入っちゃったね……」


 霜降りのブランド牛、伊勢海老、アワビ。

 キャビアにトリュフにフカヒレに。


 しかも連日高級スイーツ食べまくりとか。

 いやはや、食ったこと食ったこと。


「欲しいもの沢山あったんだけど、見事にスッカラカンさ」

「まったく……。ついているのやらいないのやら」

「そうなんだよ。凜々花ちゃんの受験の日まではバカヅキだったんだけどね?」

「確かに。そんな自慢ばかりしてたな」

「でも土曜日に万馬券が当たった後は、いつも通りになっちゃったんだ」


 へえ。

 ツキと一緒に金も逃げて行ったって訳か。



 ……ん?

 まてよ?


 凜々花の不幸がおさまったのは受験の直前だったよな。



 俺はおぼろげな記憶を辿って。

 二人におきた出来事を指折り思い出してみることにした。


「ねえママ! 春休み、旅行に連れてって!」

「パパに頼みなさいよ。年度またぎに休みなんかとれるわけないでしょうに」

「じゃあパパでいいや!」

「あはは……。春姫ちゃんも誘って三人で行くかい?」

「おお! いいね、二人旅!」

「……パパは今、お財布として勘定されたっぽいね」

「そうじゃないよ?」

「ああそうか。ただの聞き違いだったかな?」

「パパは、自撮り棒!」

「困ったな。そんな高いところからうまく二人を撮れるかな」


 春姫ちゃんがやたらとついていたせいで。

 目立つことは無かったが。


 この男も。

 思えば相当幸運を引き当てている。


 それが始まったのがいつ頃だったか……。


「凜々花がお守り無くしたあたり?」


 たしか。

 そのあたりだった気がする。


「あ! 忘れてたわよダメダメダメ! あんたの吸引力が衰えない不幸呼び寄せ体質が治るまで、旅行なんてもってのほかよ」

「ああ、お袋には話してなかったな。もう治ってるんだ、それ」

「治った? なにがきっかけで?」

「……やっぱりお袋も、なにか理由があると思うか」


 良識派コンビは、最初から同意見だったよな。


 そして原因に至る糸口を。

 ようやく見つけたような気がする。


「おい親父。一つ聞きたいんだが」

「なんだい?」

「凜々花の試験直前のこと、思い出せるか?」

「ええっ!? 何食べたっけ?」

「食いもんじゃねえよ。土曜の夜から日曜日にかけて、なにか凜々花にあげてねえか?」

「……いや、なにもあげてないと思うけど」

「よく思い出せ。重要なことなんだ」

「うーん…………」


 土曜日の夕方。

 凜々花の散歩にみんなでボディーガードとして張り付いた時も。


 親父は肉まん貰ったり。

 一人だけトラックの泥はね浴びなかったり。


 それにひきかえ凜々花ときたら。

 お茶を飲もうとして水筒落っことして。


 水筒ころりんを追って道路に飛び出しかけたところを慌てて俺が抱きかかえたら。


 目の前を巨大トラックが猛スピードで駆け抜けて。

 危うく、あの水筒みたいにぺしゃんこに…………?


「あ……。あああああああああああ! あれじゃねえのか!?」

「え? どれだい?」

「親父、凜々花が水筒壊したから、自分のあげたろ!」

「う、うん。秋乃ちゃんがリメイクしてくれた手提げに入ったやつだよね?」

「それだ!」


 俺は椅子を跳ね倒すほどの勢いで立ち上がって。

 二階の凜々花の部屋に押し入ると。


「これか?」


 机の上に投げ出されていた手提げを手に取った。


 ……ちょっと前まで良くはいてたスカートの生地。

 これを破いたから秋乃にリメイクを頼んだんだろう。


 生地を重ねて厚みを持たせた袋に。

 裾のフリルをうまく使って、ティアードのフリフリを付けたおしゃれな一品。


「どこだ!?」


 そこに、これでもかと縫い込まれた雑多なアップリケ。

 リンゴ、飛行機、携帯電話、ヒトデ。

 サッカーボール、ウミウシ、ヘッドマウントディスプレイ、将棋の駒…………、じゃない!


「あった!」


 きっと、スカートのポケットの中に入っていたんだろう。

 それをただ返すのではなく、気を利かせたつもりだったんだろう。


 見覚えのあるお守り袋が。

 手提げの真ん中に堂々と縫い付けられていた。



 ……俺を追って部屋に入って来たお袋が頷く。

 こいつが、今回の騒動の原因だ。



「秋乃がつまらん小細工するからこんな面倒なことに……」

「あなたも気付きなさいよ! こんな目立つのに!」

「ええっ!? もともと気付いてたよ?」

「なら言いなさいな!」

「よく分からないけど、そんなに叱られるような事!?」


 そして凜々花の部屋で正座させられた親父が。

 お袋にガミガミ叱られることになったんだが。


「二人とも、傍観してないで助け舟出してくれないかな!?」

「いいぞ? ただし、凜々花にじゃんけんで勝てたらな」


 そう言いながら、俺が手提げを凜々花に手渡すと。


 見事。


 親父の十連続敗退という気持ちのいい結果が。

 俺を爆笑させることになったのだ。


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