靴の記念日


 ~ 三月十五日(水) 靴の記念日 ~

 ※七転八起しちてんはっき

  それぐらいの比率じゃねえと

  俺はやっていけないと思う




 合格発表から先。

 連日凜々花に振り回されていた親父が泣きをいれた。


 今日も、高校生活に必要なものを買いに行くのに財布として付き合えと凜々花に言われ。


 さすがに助けてくれと、鉢を回して来るでは仕方ない。


 俺は任せておけと胸を叩きつつ。

 もちろん。

 ワンコ・バーガーより高い時給で雇われてやった。



 ということで、時間をかければかけるほどぼろ儲け。

 本当なら遠出したいところではあるが。


 二人の目的地は。

 駅前のデパート。


 だが、神は俺を見放してはいなかった。

 現在、ちょっとした幸運が舞い込んでいる。


 ……その分、神に見放された子もいるわけなんだが。


「えー!? スポーツバッグ、在庫切れなの?」

「あ! そちらでしたらつい先ほど入荷しましたので少々お待ちください!」

「やた! ラッキー!」


 相変わらずの強運を見せる凜々花が店員さんと共に店の奥に行く。


 そんな姿を見つめているのは俺と。

 神に見放された女の子。


「……さすがは凜々花だな。笑顔のもとには幸運が集まってくるという事か」


 いつものように無表情な春姫ちゃんが。

 いつものゴシックドレス姿で立ち尽くしていた。


「とは言え、今日の凜々花はツキ過ぎだ。さっきはラスいちの水筒手に入れてたし」

「……いや、あいつのツキは、こんなものではないか? いつも通り」

「春姫ちゃんが言うんじゃ間違いないか。……それにひきかえ」

「……私のツキも、いつも通り」


 ここまで回った三店舗。

 欲しかった品がことごとく無い上に。


「……いつも通り」


 どういうわけか。

 歩いているうちに、すぽんと靴底が抜けてしまうとは。


「いや、春姫ちゃんはついていなさ過ぎ」

「……靴ひもを台無しにしてしまってすまん」

「こっちこそ済まねえな、そんな応急処置くらいしかできなくて。歩きづらいだろう」


 ゴシックドレスとお揃いであつらえた可愛らしい靴に。

 俺の靴から外した紐が情けなく巻き付いて、靴底を固定しているのだが。


 無論、そんな状態ではゆっくりとしか歩くことが出来ず。

 結果として。


「いやはや、申し訳ないとは思うが大助かりだ」

「……何の話だ?」


 結果として。

 残業代をしこたま稼げる状況になっているという訳だ。


 とは言え。

 春姫ちゃんの不幸で儲けてるなんて気が引ける。


「そのままじゃろくに買い物できねえよな。靴を見に行こう」

「……買えというのか?」

「いや? 買ってやるよ」

「……そういう訳にいくまい」

「大丈夫、心配すんな。いつも凜々花が世話になっているんだ」


 そう、いつも世話になってるから。

 必要経費として親父が出すに決まってる。


「……いや、本当に構わん。きっとお姉様が持って来てくれるから」


 そう言いながら、携帯を見つめる春姫ちゃん。

 でも、SOSを送ったきり秋乃からの返事は無いんだよな。


「うーん……。あいつ、実験か何かで携帯見てねえんじゃねえか?」

「……否定しきれんが」

「やっぱり靴を見に行こう」

「……私は最後の最後までお姉様を信じていた。そういうことにしてくれるなら」

「ああ、もちろん。俺が強引に連れて行くんだ」

「……ならば行こう。とは言え、この服に似合う靴などそうそうないと思うがな」

「向こうにゴシック風の服の専門店があるんだよ」

「……ほう?」


 俺は、バッグを買っている凜々花に声をかけた後。

 やっと重い腰を上げてくれた春姫ちゃんを伴って。


 それなり混み合う通路を進む。


 歩くペースが異常なまでに遅い春姫ちゃんに、誰もが振り返るが。


 この容姿にこの服装だ。

 さもありなんって表情で、靴のことには気づかずに離れていく。


「それにしても……。ほんとついてねえな、今日は」

「……いや。もともと私はついていない方が普通なのだ」


 そうか?

 ここのところずっとついてたように思えるんだけど。


 くじに当たったり。

 福引で特賞当てたり。



 …………あれ?



 そう言えば、春姫ちゃんがついてた時期って。

 凜々花の身に、面白いように不幸な事ばっかりおきてた間だったような?


 二人の間で。

 幸と不幸が行ったり来たり。


 なにか幸運になる品を交互に持っている?


「最近、凜々花に何か渡した覚えある?」

「……ん? いや、特に」


 むむむ。

 予想が外れたか。


 でも、絶対に何か理由があるはず。

 だって、そうじゃなければ……。


「ここまでついてない事、ある?」


 ゴシック風の品を取り扱ってるテナント。

 何度か秋乃に引っ張り込まれて。


 春姫ちゃんにこれ着せたいとはしゃぐ姿に苦笑いを返していた、そんな店が。


「まさかの閉店」

「……長らくのご愛顧とやらをした覚えはないが、この誠意に溢れる張り紙に免じて許してやろう」

「やっぱり、何かがおかしいと思うんだが?」

「……なにが」

「ツキ」

「……そうでもない。いつも通りだ」


 いつも通りって。

 今日だけでも異常な程の不運に見舞われてるじゃねえの。


「まさかでしょ」

「……本当だ。八回ほど不幸が続くとな? 意外なほどの幸運が降り注ぐのだよ」

「ほんとか? 今ので何回目?」

「……七回目、かな」


 そう呟いた春姫ちゃんの目が。

 光を放ちながら見開かれる。


 彼女の視線の先に現れた、意外なほどの幸運。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 心配を隠しもしない表情で駆け寄った秋乃の手には。

 随分とでかいショッパーバッグが握られていた。


「返事位しろよ。心配したじゃねえか」

「だ、だって……。春姫の一大事……」

「それに、靴一つ持って来るのになんだその袋」

「えっとね? 春姫の服は、靴とお揃いのコーデだから……」


 そう言いながら。

 秋乃がショッパーからずるりと引き出したのは。



 ゴシックドレスのワンピース。



「バカなの!?」

「あと、ストッキングと日傘と……」

「究極なの!?」


 呆れ果てて天を仰いだ俺を肘で突いた春姫ちゃん。

 彼女は苦笑いを浮かべながら、俺を見つめて首を左右に振った。


「……お姉様、ありがとう。走って来たのだな、汗までかいて」

「靴下と、ヘッドドレスと……」

「……ひとまず、靴をくれないか?」

「チョーカーと、手袋…………、は、あるけど靴忘れた……」

「うはははははははははははは!!! 八回目!」


 それなり遠くから、ショッパー提げて駆けて来た不幸。

 それが泣きそうな顔で春姫ちゃんを見つめているが。


 春姫ちゃんにとっては、秋乃の気持ちの方が嬉しかったようで。


「……まあいいさ、ゆっくり歩こう」


 そして、幾人もが追い越していく中を笑顔を浮かべて悠々と歩いて。

 凜々花の待つお隣りのステーショナリーショップへ入った途端。


「おめでとうございます! あなたは、開店十万人目のお客様です!」


 カランカランと。

 盛大な鐘で迎え入れられたのだった。


「……なんと」

「え!? 遅く歩いてたから、ちょうど十万人目になったのか!?」

「賞品はこちらになります! お好きなものを何点でもお持ちください!」


 慌てて駆け寄って来た凜々花も含めて、四人揃って目を丸くさせていたところに。

 出された商品を見てさらにびっくり。


 大きなワゴンにこれでもかと積まれたゴシック洋品。

 その中に。


「これ、同じ靴じゃねえか!?」

「……ふむ。ご丁寧に、サイズまで同じとは」


 どこからどう見ても。

 お隣りの処分しそこなった品を積んだだけと思われるワゴンの中から。


 きらりと現れたのは。


 シンデレラの靴だった。


「……では、こちらだけいただいて行こう。新品になってよかった」

「まいったな。これが春姫ちゃんの言う……」

「……そう。意外なほどの幸運というものだよ」


 いつも通りの春姫ちゃんに訪れる幸、不幸のペース。


 それに柔らかく微笑みながら。

 シンデレラは凜々花と共に文房具を眺めるのであった。




 ……でも。

 春姫ちゃんがいつも通りってことは。


 凜々花の妙な不幸と幸運。

 その原因は何だったんだ?


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