メンチカツの日


 ~ 三月七日(月) メンチカツの日 ~

 ※六菖十菊りくしょうじゅうぎく

  時期遅れで役に立たない




 凜々花に、短期間で数年分の知識を詰め込んだ鬼教官。


 その癖が抜けきらず、こいつに対しても止め処なく。

 目から耳から知識を流し込んだおかげで。


「い、今まで以上にできたかも……」

「そりゃよかった。でも、勝負はまだ始まったばかりだからな? さあ対策ノートを開け」

「ながら歩きは禁止……」

「何を馬鹿な。全国の学校が、ながら歩きを推奨する銅像を敷地内に置いているだろうに」


 そんな、全国の学生が理想とすべき生徒像。

 『初代・ながら歩き男子』を横目にしながら。

 渋々とノートを広げるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 テスト中ではあるものの。

 学年末が近づいて。

 慌てて旅行や遊びの予定を組みだすクラスのみんな。


 そんな姿を見せまいと。

 今日は、試験終了と同時に教室を飛び出した。


「み、みんなとお話してから帰りたかった……」

「そんな余裕、我が家にはありません」

「せ、せめてご褒美……」

「また始まった。何が欲しいんだよ」

「隣の駅にできた牛丼屋に行って、つゆだくって注文してみたい……」

「電車から一度降りたらどれだけ時間のロスになると思ってんだ? 却下」

「あたしの目がつゆだくよ」


 ぐずる秋乃の腕を引きながら。

 俺は携帯で時刻を確認した。


 速足で電車に飛び乗れば。

 今日はそれなり早めに眠ることができる。


 あと三日頑張らなきゃならないからな。

 休めるところは休ませてあげたい。


 でも、そんな親心を出してやったとて。

 こいつはこうして裏切って来るわけだ。


「あ、あたし、コロッケ作りたい!」

「……昼飯に?」

「ひるめしに」

「食べたい、じゃなくて、作りたい?」

「作りた」

「却下」


 どれだけ丸く膨れても。

 ダメなものはダメ。


 これは、俗に聞くあれか。

 勉強から逃げるために。

 普段は嫌がる部屋の掃除を始めるという脳のメカニズム。


「料理、なんだかんだで最終的には嫌がってたくせに」

「そ、そんなことない。料理に目覚めた」

「とにかく、余計な時間はないの」

「どうせなら創作コロッケを……」

「だからダメだって。あと、ノート開けよ」


 ひとの言うことも聞かず。

 未だ鈍色で塗り尽くされた空を見上げる創作料理人。


 いくつもの組み合わせを想像して、輝いていた瞳が。

 次第に¥マークに変わりだすとかどうなってんのお前の頭。


「誰も真似できない、オリジナルのコロッケを作って億万長者に……!」

「いや諦めろ。その金山はもう掘りつくされてるぞ?」

「おいもより、お肉の方がおいしそう……。いっそ厚切りにした豚肉を揚げれば……」

「落ち着け。そこにキャベツを添えてよく見てみろ」

「…………はっ!? これは、とんかつ!?」

「既出だったな」

「おのれ、かつやめ……」


 かつやが考え出したわけじゃねえだろうよ。

 でも、そんな突っ込みには耳も貸さずにぶつぶつと恨み節の秋乃が。


 小癪にも。

 足を止めて抵抗してきた。


「ええい! 今度は何だ!」


 口を尖らせて振り向くと。

 俺が牽いていたのは牛。


「忍術!?」


 でも、忍法変わり身の術を使ったくノ一が走って行った先。

 その光景を見て。


 怒鳴ろうとしていた言葉を飲み込んだ。



 ――今時見かけなくなった、茶色い紙袋。

 側面から底まで破けた袋を持って泣いているのは男の子。


 その子にすがるようにして。

 一緒に泣いている女の子。


 二人の足元には。

 落っこちて無残につぶれたコロッケが三つ。


 振り回して歩いたのかな。

 なんとも悲しいことになっちまった。


「……立哉君」

「ええい、そんな目で見るな」


 さすがにこれを放っておいて勉強しろと言っても。

 こいつは、こんどはゾウに化けて逃げるに決まってる。


 そんなの引っ張って自動改札通れるわけねえだろ。


「泣くな。兄貴が泣いたら、妹はこの世の終わりよりもっと悲しい思いすんだから」

「うん……。ぐすっ」


 おお、えらい。

 よくぞ泣き止んだ。


 妹のためなら、何だって我慢できる。

 それがお兄ちゃんってもんだからな。


「今時、紙袋とか使うから破けるんだ。悪いのは、肉屋」


 そして悪者を仕立て上げてやってから。

 改めて考える。


 見た所、コロッケしか落ちてねえけど。

 いくら紙袋だからって破けるほどの重さじゃねえと思うんだが。


 何か尖ったものでも入ってりゃ別だが……。


「お肉屋さんは、良い人……」

「おっちゃん、いいひと……」

「ん? ああ、そうか。でもな?」

「だって、二人でお使い偉いぞって」

「あれくれた」


 そんなことを口にした妹が指差す先。

 地面に転がる二本の串カツ。


「肉屋め……!」


 これはもう全部肉屋が悪い。

 俺はそう結論付けたんだが。


 この平和主義者は。

 誰のせいにもしないで、この悲劇を救う。


「じゃ、じゃあ……。一緒にコロッケ、作ろう?」

「また無茶なこと言い出したな!」


 呆れる俺の声をスルーして。

 不安顔をする兄妹の手を引いて。


 一緒に、二人の家へあがりこむと。

 俺の鞄から取り出したエプロンを腰に巻きだした。


「お姉ちゃんのエプロン、かっこいい!」

「かっこいい」


 そして、得意顔になった秋乃は。

 えっへんと胸を張ると。


 お母さんに謝りながら、事情を説明していた俺に手をかざして。


「ではご紹介しましょう! 本日のシェフ、立哉おにいちゃんです!」

「紹介されちまったか……」


 結果。

 現場仕事を丸投げしやがった。


 ……でもな?


「コロッケ作ろうにも、ジャガイモがねえよ」

「なん……、だと!?」

「ハンバーグにしようと思ってたからな」


 そう言いながら、野菜とひき肉をカバンから取り出すと。

 秋乃はそれらを取り上げて。


「ならば……、お姉ちゃんが創作コロッケを作ります!」

「そんな無茶な」


 秋乃の妙なテンションに。

 大盛り上がりの子供たち。


 二人は、秋乃と一緒に手を洗うと。

 ひき肉をこねて。

 みんなでコロッケ型に整えていく。


「……すいませんお母さん。そこのミキサーと食パン使っていい?」


 今の俺は、子供クッキング教室のアシスタント。

 生パン粉と油を準備しておこう。


 そんな間にも。

 みんなは玉ねぎを刻んでひき肉にまぶして。

 キャベツを刻んで振りかけて。


 出来上がったタネに衣をつけて。

 熱しておいた油へドボン。


 そしてカラッと揚がった熱々を。

 フーフーしてから、兄妹に食べさせてみたら。


「おいしい!」

「おいしいー」


 秋乃の満面をとろけさせてしまう。

 そんなご褒美が完成したのだった。


「やれやれ。満足したか?」

「満足……!」

「じゃあお暇するか。……なんか、ほんとにすいませんでした」


 終始、きょとんとしたままのお母さんに頭を下げながらも。

 俺は、緩んだ頬を自覚していた。


 毎日こいつに笑わされてばかりだが。

 こういう笑いも、たまにはいいか。


「そ、そうだ……。二人に、名前を付けてもらいたい……」

「は? 名前?」


 玄関先で、兄妹にバイバイしながら靴を履いていた秋乃が。

 変なことを言いだした。


 一体、何の話かと思っていたら……。


「ねえ。あたしが初めて作った創作料理に、名前を付けてくれる?」


 美味しいと言ってくれたその言葉が。

 相当嬉しかったんだろう。


 そして秋乃が、照れくさそうに頬を赤らめながら口にした言葉に。


 もう、これしかないよとばかり。


 二人は、元気いっぱいに。

 同じ名前を口にした。


「メンチ!」

「めんち……」

「があああん!」

「うはははははははははははは!!!」


 ……結局。

 いつも通りに大笑いさせてくれた秋乃。


 そんな、しょぼくれて牛のように重たくなったこいつの手を引いて。

 俺は笑いながら、兄妹の家をあとにしたのだった。


「おのれ松のや……」

「うはははははははははははは!!!」


 しょうがないから。

 昼飯はコロッケにしてやることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る