鉄道ストの日


 ~ 二月二十四日(木)

   鉄道ストの日 ~

 ※三世了達さんぜりょうだつ

  過去・現在・未来までお見通し




 『普段通り』。

 この言葉から連想されるものは。


 平穏、正常。

 安心、停滞。


 そんなことは、無論理解しきっている俺に。


 今日も普段通りの朝が訪れた。



「海鮮で腹を壊した!?」


 どうして俺の人生には。

 毎日のように事件が待ち受けているのか。


 始業前の教室内。

 親父から受け取ったメッセージ。


 俺は、普段と変わらぬ波乱万丈と。

 まずい事態を引き起こしてしまった責任とに頭を抱えつつ。


 慌てて親父に電話をかけた。


「朝から凜々花の姿を見ないと思ったら! トイレに籠りっきりだったのか!?」

『強引に鍵のかかったドアノブ外して入ってみたら、便座に座ったまま寝ててね? びっくりして悲鳴上げたら目を覚まして、もう食べられないよって……』

「はら下してるのによくそんな夢見れるな!」


 しかも便所飯とか。

 悲しくて涙が出るわ。


『ど、どうしようかお兄ちゃん。病院に連れて行った方がいいのかな? 受験大丈夫かな?』

「病院に連れて行くにしても、腹壊してたらたどり着けないんじゃねえのか? 便座、尻につけっぱなしで行く気かよ」

『もう、ぜーんぶ出し切ったって宣言してるから……。でも救急車呼んだ方がいいのかな?』

「お向かい行ってカンナさんに状況伝えて指示あおげ。こういう時は一番頼りになる人だから」

『わ、分かった、そうするね?』


 俺が招いた事態だ。

 すぐにでも飛んでいきたい。


 携帯を切りながら。

 よろめいて、机に落としそうになった額を左手で叩いてため息をつくと。


「た、大変……。春姫にも伝えておこうか?」


 さすがに全て筒抜けだったようで。

 お隣りから心配そうに声をかけて来たのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「余計な心配をかけるわけにはいくまいが……」

「で、でも。春姫は鋭いから」

「そうだな。ここは正直に話しておいた方が正解だろう」


 異変を察しておきながら。

 周りから隠されたりしたら。

 なおさら心労になることだろう。


 俺は、親友想いの春姫ちゃんにメッセージを送ると。

 ちょうどカンナさんへお願いの連絡を終えたところで返事があった。


「春姫、なんて?」

「…………これだけ語彙力があれば、国語の試験は余裕だろう」


 おおよそ考え付く限りの罵詈雑言。

 携帯画面十ページ、まったく被りもなくつらつらと書き連ねた最後に。


「でも、状況を隠さず教えてくれた賢明な判断には感謝するってさ。自分の受験の準備は怠らないから、凜々花のことはそっちで対処しておけって」

「じゃ、じゃあ急がなきゃ……」

「急ぐ? 俺たちが行ったところでどうにもならんだろう」

「ううん? 急いで医師免許を……」

「笑いてえけど笑えねえ!!!」


 今のがネタなのかどうなのかすらよく分からんが。

 ちょっとは状況考えろ。


 さすがに、そんな冗談で笑う余裕もない俺は。

 わたわたしながらロボット制御プログラムの教本を引っ張り出す秋乃に。

 さらに突っ込むことしかできなかった。


「それを医療と呼ぶには半世紀早い」

「故障しても、パーツごと入れ替えれば治療完了」

「やかましい」


 倫理的な問題を意にも介さないマッドサイエンティストは放っておくとして。

 凜々花のことを考えよう。


 なんだかここ数日。

 不運が続くな、あいつ。


「……この呪い、試験まで続くなんてことはあるまいな」

「呪いじゃなくて、食あたりよね……?」

「まあ、そうなんだが」

「昨日の海鮮、大丈夫かなって心配してたんだけど……」


 週明けに。

 お袋のお守り無くして以来。

 ずっと続いている不幸。


 でも、物を無くすのは。

 凜々花にとってはいつものことだし。


「貝もエビもね? ちょっと生っぽかったし……」

「不幸ってわけでもねえか。ただの食べ過ぎ……? え? 今、何て言った?」

「ちゃんと焼けてなかったかも」


 そんなわけねえだろ。

 気にしながら焼いたんだから。


「しっかり強火で焼いたんだ。大丈夫だろ」

「つ、強火だから、中まで火が通らないうちに焦げ始めて半生に……」

「がああああああん!」


 思わず口あんぐり。


 そうだよ。

 料理の基本じゃねえか。


 火をしっかり通すなら。

 弱火でじっくり中まで火を通さねえと。


 どうしてこんなミスをしたのやら。

 しかも。


「それを秋乃に教わることになるとは……」

「も、もともと、立哉君が教えてくれた……」


 だったらその場で言ってくれりゃいいものを。


 お前、勉強については、教えてやってる俺にさんざん文句付けるくせに。

 なぜ料理については黙ってやがったんだ。



 …………ん?



 あれ?



「そういや、みんな遅いなあ」

「確かに……」


 そう。

 二時間ほど、さんざん文句を言われ続けたんだ。


 秋乃への、学年末試験対策集中講座。

 今日は始発で登校して、今までずっと自習していたんだけど。


 もうすぐ始業だってのに。

 クラスには俺たち二人だけ。


「さすがにおかしいだろ。まさか今日、休みだったか?」


 秋乃と二人、携帯を取り出して。

 この異常事態の原因を探ろうとしたところで。


 教室のスピーカーから。

 いつものダミ声が響いてきた。


『あー、現在校内にいる数十名の生徒諸君。本日、電車が大幅に遅延しており、教師陣もほとんどいないという状況である』

「まじか」

「ス、ストライキ……」

「は? 遅延の原因、ストライキ?」


 眉根を寄せた俺の顔の前に突き出される秋乃の携帯。

 その画面には。


「信号装置の故障って書いてあるじゃねえか」

「機械がストライキ」

「ややこしい」


 でも、そういうことなら。

 もう一時間目は自習できそうだ。


 俺は、秋乃からプログラミングの本を取り上げて。

 世界史の対策ノートを渡したんだが。


『というわけで、一時間目は校内放送を使って全クラス共通で英語の授業を行う』

「なんだその変なアイデア!」

『文句は受け付けん。教科書を開け』

「聞こえてんのかよ!」


 前代未聞。

 こんな状況でも遅刻しない石頭のせいで始まった通信授業。


 でもこんなの。


「あ、遊んでてもバレない授業なんて初めて……!」


 そう。

 こいつが喜ぶだけだ。


「バレない、という点に関しては同意」

「ど、どうしよう。絵でしりとりする? それとも、携帯でゲーム……」

「いいや! ぬるい授業と違って厳しく行ける! さあ、世界史のノートを開け!」


 せっかくの延長戦。

 有効に使わせてもらおう。


 でも、秋乃は鞄から緑と赤のセロファンを取り出すと。

 それを目に張り付けたまま停止した。


「なんの真似だ」

「秋乃は、信号機の故障のため停止中です」

「やかましい。ノートを読め」

「赤と緑のラインマーカーが黒く見える」

「ええい、その信号機を取り外せバカもん」


 強引に手を伸ばすと。

 秋乃は席を立って、俺に向き直り。


「た……、大変!」

「何がだよ!」

「立哉君が、立体に見える!」

「うはははははははははははは!!! 俺は二次元キャラか!」


 笑いながらも、秋乃からセロファンを無理やり剥がして。

 さあ勉強だと思ったその時。

 

『こら! いつもやかましいぞ! 今日は二人揃って立っとれ!』

「見えてるの?」


 まるでエスパーのような先生からの指示により。


 俺たちは仕方なく。

 廊下へと向かったのだが。



「じゃあ、なにする? しりとり? ちょんちょん?」

「…………鬼ごっこだ」


 結果として。


 対策ノートを持った鬼から。

 学校中を一時間逃げ続けるという。


 体育の授業が行われることになった。

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