ふろしきの日


 ~ 二月二十三日(水祝)

   ふろしきの日 ~

 ※壮言大語そうげんたいご

  大言壮語、ビッグマウスと同意。

  でかい風呂敷を広げる事。




「おにい。財布落とした」

「マジか」


 物をやたらと無くす凜々花には。

 財布の中には小銭しか入れてはいけないというルールを課している。


 だから、この報告自体は。

 さほど驚くような話では無いのだが。


「昨日から連日落とし物かよ」

「あるいは、昨日お守り落っことしちまったから御利益も消えた?」


 入試前、勉強を頑張っている春姫ちゃんと凜々花のために。

 海鮮炭火焼き大会など催している駐車場でのカミングアウト。


 そんな凜々花の言葉に首をひねる。


「御利益って言っても。落っことしたお守り、金運じゃなくて学業成就だろ?」

「だからさ。探してる間、勉強できなかったもん」

「なるほど確かに」


 さすがは凜々花。

 常人とは視点がちょっと違う。


 でもそういうことなら。

 神様に抗わないとな。


「よし。じゃあ財布は俺が探しとくから、さっさと食って勉強再開だ」

「おお! おにいに任せとけば安心だね!」

「任せとけ」

「た、立哉君。もすこしあたたかくできる……?」

「そっちも任せとけ」


 この寒空のなか。

 屋外でのイベントに。


 首をひねりながらも協力してくれたこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 春姫ちゃんが寒そうにしているのに気づいてくれたようで。

 火力アップを指示してきた。


「よし、どんどん薪を放り込むぞ」


 炭の他に。

 薪も沢山準備してあるから。


 どんどこくべてあったまろう。


「おお! おにい、マイムマイム!」

「しまった。ちょっとやり過ぎたか」


 網から炎が抜けて燃え上がっとる。

 あとで網を磨くのが大変になるだろうけど。

 生焼けも怖いし、丁度いいか。


「当たったりしたら大変だからな。ちょっと焦げるくらいまでしっかり焼いて……、ほい食え食え!」

「いっただきまーす! んぐ、んぐ……。うひょーっ! 貝、うめええええ!!!」

「ほれ、どんどん焼けるぞ? お前らも皿だせよ」

「し、視線が痛くて気が引ける……」


 いつもなら。

 凜々花に負けない勢いで食う秋乃が躊躇するその訳は。


 旗日の忙しさ。


 カンナさんが、レジからこっちをにらみつけてるのがよく見て取れる。


「しょうがねえだろうに。今日は海鮮パーティーするって決めてたんだから」

「で、でも……。せめてもの埋め合わせに、何か買って来るね……」


 気遣いから、お向かいに出来た列に並んで。

 ハンバーガーを一個買って来た秋乃だが。


 こういう時は。

 もうちょっと値の張るもの買うべきだと思うなあ。


「一つ聞いてもいいか?」

「うん」

「カンナさんの怒りゲージは、そいつのおかげで下がったか?」

「例えるならば……」

「例えるならば?」

「焼け石に、液体のタングステン」

「三千度超える液体かけてどうする」


 タングステンの融点。

 三千四百二十二度。


 冷ますどころか。

 焼け石が沸騰して怒り出す。


 でも当然だって。

 お前が手にした、当たりつきワンコ・バーガー。


 このご時世に一個百円。

 お詫びどころか、余計面倒かけただけ。


 しかし、失敗したかもと頭を掻く秋乃が手にしたその品が。

 意外な形で活躍することになった。


「……立哉さん。私はそのハンバーガーを貰っても良いだろうか」


 基本、小食ではあるが。

 春姫ちゃんは、海の幸が好きだったはず。


 それがどうして。

 ハンバーガーに手を伸ばすのだろう。


「……気を悪くさせてしまって申し訳ないが、凜々花のように胃腸が強いわけではないからな。万が一ということだ」

「なるほど、そうか。すまなかったな」


 確かに。

 海鮮ものは、当たると怖い。


 良かれと思って迷惑をかけちまった春姫ちゃんに頭を下げると。

 彼女はウェービーな銀の髪を左右に揺らしながら優しく微笑んで。


「……なにを馬鹿な。心からのエール、他の何よりもうれしかったよ」


 そして当たりつきワンコ・バーガーの包みを開くと。

 齧りつくために顔を寄せて。


 なぜか。


 ぴたりと停止する。


「……立哉さん」

「どうした?」

「……この、お姉様が発案した当たりつきワンコ・バーガーなる品について説明を求む」


 求むと言われても。

 説明できる事なんて限られてるんだけど。


「中身は普通のワンコ・バーガー」

「……ふむ」

「包み紙に当たりのハンコが付いてたらもう一個」

「……ふむふむ。そして?」

「宣伝効果とリピート集客効果があって、まずまずなアイデアだったんだが。一つだけ問題があってな?」

「……問題とは?」

「リピートも何も、年中来るような常連に当たりが出るたびに、カンナさんの血圧が10上がる」

「……お大事に」

「当たっちまったか……」


 さすがに、カンナさんのとこにこれ持って行ったら首を絞められる。

 もったいないけど、今日の所は見なかったことにしよう。


「じゃ、じゃあ……。春姫はそれ食べ終わったら、帰って勉強しよう?」

「……私は平気ですが、お姉様」

「へ?」

「……お姉様の試験も近日では無いのですか?」

「学年末試験? 春姫の次の週よ?」

「……少しは頑張って頂かないと。立哉さんにこれほど教わっているのに成績は振るわないご様子ですし」

「ほ、本気出してないだけ……」


 ホタテを突きながら。

 みんなが眉根を寄せるようなことを言い出した秋乃は。


 子供みたいな言い訳を。

 さらに加速させていく。


「ほ、本気出したら、立哉君くらいちょちょいと抜ける……」

「……ほう。学年主席の立哉さんを抜いたら、お姉様はその時、学園何位でしょうか?」

「ゼ、ゼロ位……」

「うはははははははははははは!!!」


 ゼロってなんだ!

 でも理数系絶対女王の秋乃が。

 こんな引っ掛け問題にやられるはずは無いからワザとボケたんだろうけど。


「ようし。なれるもんならなってみろ、ゼロ位に」

「よ、よゆう……」


 呆れた話だが。

 意外な形で、秋乃が勉強することになって。

 実に喜ばしい。


 目標は、俺を抜くことらしいし。

 さぞかし必死にコソ勉してくれることだろう。


 そんな、大風呂敷を広げた秋乃に負けないためにも。

 俺だって。


「よゆう……」

「そうかそうか。じゃあ俺も負けずに一生懸命……」

「うん。だって、立哉君が一生懸命勉強教えてくれるから。よゆう」

「…………あれ?」



 こうして。


 秋乃が俺の成績を抜けるようになるまで。

 俺が秋乃に勉強を教えることになったのだった。

 

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