達磨なんて、大嘘!大嘘!

ヴィンセント麻呂

第1話


荒廃した駅を降りると、寂れた商店街が真っ直ぐに伸び、行き交う人々の感情のない表情に死んだ魚の目。盛んに仲間うちでしか分からないらしいジェスチャーでへらへら笑っている。何故か口から夜店などで売っている、息を吹くと「ぴゅっふっふるるー」と、鳴って伸びる笛のおもちゃを口に咥えている人たちがやたら目に付く。この街では、ところどころで、「ぴゅっふっふるるー」という怪音が虚しく鳴り響いている。この街の流行なのか?

胸部に狗が大きく描かれたジャージを着用した少年少女たちが溢れている。この地方独自のヤンキー・ファッションらしい。やはり、笛のおもちゃを口に咥えている。

口が寂しいのもなんなので、近くの、コンビニエンス・ストアーの前の、臨時店舗にて三千五百円で、皆と同じ物を購入した。販売員は、嫌々売っているようで、紙幣と銀貨をふんだくると、笛のおもちゃを投げてよこした。「あんた、どこの人?」「えっ?ああ…。あの、東の方角から来ました…。ええ。」この土地の人の真似をして、へらへら笑いながら神社へ行く方角を示した看板の矢印の方向へ、小走りに逃げた。

しかし、笛のおもちゃは、口につけると、珍妙な苦さを感じて、「うへぇー」っと、すぐにコンビニエンス・ストアーに舞い戻り、燃えるゴミの箱に投げ入れた。先ほどの販売員がこちらを鋭い目付きで睨みつけて、何やら店長らしき親爺とひそひそ話をしている。

小雨がしょうしょうと降ってきた。薄暗い街並。陰気な装飾の看板の露店。

小雨の中をとぼとぼ歩いてたら急に、「わんっ!!」と鳴かれて後ろを振り向いた。活字で表すと野良狗のようであるが、すれ違い様にババアがオレに向かって吠えたのだった。どーゆーことだよ、これは?何なんだよ、この街は!

瀟洒なつくりのカフェ、『晴天の霹靂』は多少陰鬱な雰囲気を醸し出していながらも、オシャレなカフェを演出しようとしている努力が認められる。空腹感に導かれ、緊張気味で伏し目がちな姿勢で入店した。一番奥の席に座る。そして、メニューを眺めるが、珍妙なメニューばかり。思考回路は迷走し続ける。煌びやかな顔つきで、豊満な肉体をこれ見よがしに女性従業員が無表情でにじり寄り、

「ご注文、お決まりになりましたか?」

と宣ふと、隣の席に座っていた、年寄りとも若者ともいえぬ顔つきをした畸形が話し掛けてくる。傍らには、巨大な樽。車輪つき。杖のようなものも立てかけてある。

「決まったぁ?ねぇ、決まったの?ねぇ…。」

と、身体を摺り寄せてきやがる。(気味悪いなぁ。触んじゃねぇよ…。放せよぉ。それに、誰だよ?)と、手をいやんいやんしていると、若い女性従業員、

「ご注文、お決まりになりましたかぁ!?」

と、ヒステリックなグラマーに変貌、

「えっ!?あっ、ああ…。えーっと…。えーっと…。えーっと…。この、インモラル天使のソース和えスパを…。」(って、いねぇじゃん!!)

注文を言い終わるより早く上を見上げたら、店員は、何故かカウンターに戻り、店長らしき人物と談笑していたのだった。オレは、立ち上がり、

「フザケンじゃねぇーよ!!客に対してなんたる態度を取りやがるんだ!」

なんて、言う度胸はないから、

「すいませーん。注文ー、お願いしまーす!」

と、再度呼び戻してインモラル天使のソース和えスパゲッティを注文した。

横では、老人が座席に寝そべりながら、クスクスクスクス…。

(なんか、オレが悪いみたいにクスクス笑うからなぁ…。チキショー!)って、思ってたら、老人は、

「いや、アンタが悪いんだケドね。はっきり言わないから。フフフ…。」

(はぁー?)

暫らくして、来たスパゲッティは味がしなかった。

店を出て、街をとぼとぼ歩む。何となく言いたくなって、「ピン・ポン・パン!」と、呟いてみた。なんだか陽気になって、「ピン・ポン・パン!」「ピン・ポン・パン!」「ピン・ポン・パン!」…。と阿呆のように言いながら歩いていた。すると、歩み寄ってくる屈強そうな金髪の男。頬には蜘蛛の巣を模したタトゥー。連れ添う金髪半裸状態の女。「ぴゅっふっふるるー」と、鳴って伸びる笛のおもちゃを口から吐き捨て、男が凄む。

「何やってんだかわかっちゃってんのぉ?」

「今、何つった!?ああっ!?」

と、顔を近づけて来た。

「ピン・ポン…。」

「聞こえねぇーよ!!もういっぺん、デカい声で言ってみろよ!?」

「・・・・・・。」

「ああっ!?」

「オマエ、何言ってっか、分かってんの?」

世間には自分の知らないしきたりがあって、それを知らない人間に対しては何をしてもいい、ということになっているんじゃないか?という妄想に苛まれていた。だから自分は疎外されるのことが多いのだ。そして、実は、『ピン・ポン・パン!』が、自分だけが知らない、世間では常識の、非常識極まりなく、嫌悪感を抱かざるを得ない、極めて陰湿で卑猥な単語であり、それを口にすることは、スラム街で「マザー・ファッカー!!」と叫びながら突進するに同じく。そこで、半ば発狂気味の不良少年に凄まれたのか、オレは。と思い、咄嗟に、必死で、ダッシュで。その場を逃げ出した。

人の流れに逆らい、掻き分けて、足を掛けられて躓きそうになりながらも、神社についた。不良少年も追って来ない。ほっと一息する間もなく、年寄りに混じって、健康になれるという、煙を体に浴びてから、お賽銭(御縁があるように五円玉)を投げて、パン!パン!(どーでもいいような、この世界がどーでもよくなくなりますように。)と願いを込めて、本堂を参拝し、その右手が賑やかなので、そちらへ。

其処では、(下半身付随の)先程出逢った白痴の老人が車輪つきの樽に乗り、杖で移動しながら本堂に火を放とうとライターをカチカチやっている。それを見て、巫女さんが、手に持った、水をよく吸ったタオルで老人の頬を思いっきり引っぱたいた。(巫女さんもやはり、「ぴゅっふっふるるー」と、鳴って伸びる笛のおもちゃを口に咥えている。)勢い良くブッ飛んだ老人は樽からこぼれ落ち、鼻血を出しながらほくそ笑んでいる。そして、なおも、火を放とうと、カチカチやっている。勢いを増す、笛の怪音。「ぴゅっふっふるるー!!」半狂乱の巫女は、老人の脇腹を力の限り蹴り飛ばし、本殿の壁面にブチ当たってた。見るに見兼ねる光景だったので、そそくさと表に出てきた。この後のどーなるのかな?と、多少の不安を抱えつつ。

よし、「帰ろっ!」と小声で独り言を言って本堂から続く階段を下りていると、本堂の裏手に在る和洋折衷の建造物が目に入った。アンコールワットに酷似しているようにも思われた。入り口がその建物であり、洞窟に繋がっている模様。興味津々。「大人1枚」「三百万円!」と叫ぶ受付の微笑みをシカトして、三百円を置き、中に入った。

まず目に飛び込んできたのは、頭部は鳥類で頸部以下が霊長類と思われる、悪魔払いの為の気味の悪い彫像であって、賽銭が疎らに置いてあった。階段を下りると冷気が立ち込めており、左右の壁面に宗教画が何枚も展示されていた。薄暗いブラックライトに照らされて。他にも何体も神像があり、それらにもまた、賽銭が疎らに置いてあった。更に進むと幸せの大きな鍵(ムダにデカい。そんで日本一らしい。)があって、触れると願いが叶うと言うので、何気なく触れた。又、更に奥に進むと、両側面の壁面にお経がびっしり書かれていた。(うわぁー)と心の中で呟き、ゾッとした。

やっと、出口に辿り着いた。そこには、『全ての苦難に活路はある!!』と力強く書かれており、脱力。出口の脇に、先に触れた、幸せの大きな鍵のちょうど内部に繋がっている通路があって、『STAFF ONLY』と書いてあったけれど、二人の警備員が例の如く笛を吹きながらぬぼうと立ち尽くしていたので、目を盗んで、通路に走った。小走りで。簾があって、洞窟の一室に入ると…。

声も出なかった。正に絶句。感情が失くなった。両手両足のない達磨女がショーケースに鎮座して、唸っていた。うわごとの様に、何かを弱弱しく呟いていた。完璧な美貌の金髪の少女であり、両手足を切断する事によって生まれた、背徳的に淫靡で妖艶な美しさを持ち併せてはいたが、瞬発的に吐きそうになって、嗚咽しながら、必死に『苦難の活路』を目指した。

距離にして五十米くらいだったと思うけれど、永遠に続くのかよ!ってくらい長い道のりだった。

早く帰してよ…。早く…。

と、いうのは大嘘で、只の達磨を模した像が台座の上にかわいらしく鎮座ましましていただけ! まじまじと見てからトボトボと戻ったのだった。

警備員たち二人の隙間を通って、『苦難の活路』を進んだ。神社に戻り、御神籤を引いたら大吉だった。澄み渡る青空が広がっていた。とても清清しい気分だった。って、言う程、爽やかでもなかった。そして、ぬぼうっとしていたら、不意に「おいっ!」と言われて振り向くと、さっきの不良少年が此方を睨みつけていた。突然、警備員に後ろから取り押さえられ、二人は笛を地上に勢い良く吐き捨て、耳元で気が触れたようにあらぬことを口走り始めた。「あちゃちゃ。ぱちゃちゃ…。」「あちゃちゃ。ぱちゃちゃ…。」そして、触手のようなものを口から吐き出し、それは両の手足を始め、全身に絡みついて来た。暫らくして三人の姿は、恐らく繭のような状態になってしまったのだろう。末端神経から痺れが全身に流れ出し、薄れゆく意識の中で思った。

ま、いっか。どーせ、いずれ世界も滅びることだし。

笛の怪音が鳴り響き、最期に見たのは不良少年の顔に巣くった蜘蛛の巣だった…。

「ぴゅっふっふるるー」と鳴って伸びる笛のおもちゃを口に咥えている人たちが目に付く。この街では。



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