第15話 スニーク・イン・ナイト⑤
そして、いよいよ決行の時刻。
「全員、いるか?」
子供用の白いワイシャツに、髪色に合わせた紺色の蝶ネクタイ。同じく紺の肩紐がついたサスペンダー姿の団長・ミゲルは、背をぴったりと合わせている壁の向こう側を覗き見ながら言った。
ミゲルの隣を一列に並ぶように壁に沿っている、キラを除く五人の団員は、ミゲルがこちらを振り返ると、全員同時に親指を立てた。
満足そうに、うんうん、と頷き、視線を壁の先に戻したミゲルは、真っ直ぐ前を指さした。
「この先に、正門がある。今俺たちが背にしている壁の向こうが、侵入場所である多目的室だ」
「うん。キラ、聞こえる? こちらナギ」
耳にはめたイヤーモニターを手で押さえ、ナギはスマートフォンを眺める。白く光る画面は、前夜にジャックした監視カメラと連動しており、今はキラがいる多目的室の映像が映されていた。
耳元から、少し緊張したような、小さな声が聞こえる。
「聞こえる、こちらキラ。今警備員さんが来て、懐中電灯で照らしていったけど、気付かれなかったよ」
「すごっ」
ナギのイヤーモニターに耳を寄せ、会話を聞いていたあぐりが声を上げる。
キラにも声が届いたようで、ふふ、と笑う声が聞こえた。少しずつ緊張がほぐれてきたようだ。
「教卓の下に隠れてたの。息を潜めるのは得意だから」
「すごいな。今度キラとエラでスパイの任務をやってもらおうかな」
「待って。何か来る」
正門から目を離したミゲルの口を手で塞ぎ、何かを感じたエラは目を光らせた。
オボロが素早く刀装から木刀を抜き、壁越しに構えて気配を探る。
ブウウン、というエンジン音とともに、正門側から光が差し込んだ。影が傾き、足元が光にさらされそうになる。見つからないように、一同は一歩ずつ横にずれていった。
やがて光は消え、バタンと車のドアが閉まる音がした。誰か出てきたようだ。
「……先生、かな」
音が消え、しばらく経ってから、あぐりが口を開いた。
「普通こんな時間に来る?」
「忘れ物、ですかね」
ひそひそと小声で話しているあぐりとオボロ。まだ車の方向に視線を向けていたミゲルも一緒になって、うーんと頭を傾けている。
ただ一人、じっと人影の消えていった先を見つめていたエラを除いて。
「どうした、エラ?」
エラの様子に気付いたミゲルが声をかける。エラは視線を外さないまま、心ここにあらずの返事をした。
「……ううん、なんでもない」
「今来た人、物置と関係あったりして?」
きゃはは、と楽しそうな声で笑うあぐり。
「まあ、そうだったら面白いけどな」
怖いもの知らずの団員たちは、久しぶりの総出の任務でハイになっていた。
「よし。じゃあ、作戦を開始する。キラ、準備はいいか」
「大丈夫。警備員さんの足音も聞こえない」
「一人は今、三階にいる。それともう一人、事務室の監視カメラに爆睡してるのが映ってた。二人だけじゃないかもしれないけど、いずれにしろ今がチャンスだと思う」
「オーケー。作戦決行だ」
合図とともにゆっくりと進み出したミゲル。それに頷いたエラも、かがんで壁伝いに歩き始めた。いよいよ校舎に潜入するのだ。団員に緊張が走る。
外に残されたオボロとあぐり、ナギは、二人の指示を待つ。ナギはタブレットを操作して、最初に通る通路の監視カメラを遮断した。
「廊下のカメラ遮断したよ」
「了解、キラと合流した。こっちも人はいなそうだ。三人とも来てくれ」
「了解」
残された三人も、できるだけ音を立てずに、そそくさと侵入する。靴は掃除用具入れの中に隠しておく手筈になっていた。
先に侵入していた二人の分も、気が利くオボロが運んであげる。ふふ、と笑いながら得意気に、オボロは掃除用具入れのドアを開けた。
瞬間、笑顔が消えた。
「おや?」
「しっ、うるさいぞオボロ、気を引き締めろ。ここはもう敵の巣の中なんだ!」
「ミゲル、さてはわくわくしてますね?」
「そ、そんなことないぞ。それより、何かあったのか?」
「これ、なんだと思いますか?」
こんなところに留まっている時間はないんだが……と面倒くさがりながらも、うきうきしているミゲルはエラとあぐりに廊下を見張らせ、オボロの脇から掃除用具入れを覗き込んだ。
ミゲルの視界に映ったのは、ドアの裏にかけられた子箒、ちりとり、ごみ袋。
その横に並んだ、リボルバー式の拳銃だった。
「……え」
「ハンドガン、ですかね」
ミゲルが手に持った小型の懐中電灯で中を照らすと、まごうことなきその拳銃は、自身の存在を辺りに知らしめるように、黒々と光を放っていた。本来ここにあるはずでない違和感とその荘厳な姿に、思わず息を飲む。
一旦全員を教室に集めたミゲルは、話し合いの結果、拳銃を回収していくことにした。拳銃には幸い、玉は装填されていなかった。
「あたしが持つわ。ちょうど左ポケットが空いてたから」
あぐりが引き金部分の穴を人差し指に通し、くるくると回す。こんな女子高生がいてたまるか、とミゲルは呆れつつ、笑顔で返した。
「ああ、頼んだ。にしても、なぜ拳銃がここに……」
「やっぱり変だよこれ。監視カメラの数といい拳銃といい、何考えてんだろ」
壁に背をつけて座り込み、はあ、とため息をつくナギ。その横に、地面に向かって俯くキラの姿があった。その目は、夜闇のように黒く淀んでいる。
「……ほんとに、悪さしてるのかな、先生たち」
ぽつり、と零すように呟いたキラの言葉には、不安と疑念に、少しの痛みが混ざっていた気がして。
団員たちは不安そうにキラを見つめる。
「大丈夫。キラを悲しませるわけにはいかない」
しゃがみこんで話を聞いていたキラの頭を撫で、ミゲルが言う。言葉に滲んでいた優しさに、キラは両の手のひらをぎゅっと握りしめた。
「そうよキラ、もし罪に問われてもなんとかしてくれるわ、七緒が」
ふふ、と、拳銃を片手に不敵な笑みを浮かべるあぐり。本当になんとかなりそうに見えるから、不思議だ。
仲間が協力してくれているのに、自分が落ち込んでどうする。そもそも依頼したのは私じゃないか、とキラは自分を奮い立たせた。
私は、私が出来ることをするだけだ。
小刻みに震える両足で、立ち上がった。これは武者震いだ。
「……うん、ありがとう。行こう」
ミゲルはキラの顔を見て、ニヤリと笑った。
もう、迷いは無いようだった。
足音を立てないようにゆっくりと、月明かりに照らされる廊下を進んでいく。じんわりと汗が滲むような初夏の暑さに、ひんやりと冷たい床の感触が靴下越しに伝わり、心地いい。
「ここを右」
「待って、監視カメラある」
エラの案内に、スマートフォンを手にしたナギが合わせる。アジトのパソコンと同期させたスマートフォンを器用に操作し、至る所に散りばめられた監視カメラをジャックしていく。
「はい、いいよ」
ナギの合図とともに、大人の目に止まりにくい身長のミゲルが先を行く。誰もいないことを確認して、一同が続いて進んだ。
そうして進んでいくと、廊下の突き当りが見えてきた。
「ここの突き当たりが物置だよ」
キラが声を潜めて言う。辺りをキョロキョロと見回したオボロが、怪訝な顔をして首を傾げた。
「……誰も、いませんね」
「ああ。不思議なくらい静かだな」
「警備員も、一階にすら来てないわよね。拳銃を置いておいて、見回りに来ないなんて危なすぎるわ」
「そこなんだ」
眉をひそめ、腕を組んで仁王立ちするあぐりと、呆れたように目を細めて笑うキラ。夜の澄んだ空気が流れる廊下に、楽しそうな笑い声が反響する。
「しっ、静かに。この中に誰かいるかもしれないんだ。集中しろ」
口元に人差し指をあて、ミゲルは二人を牽制した。あぐりとキラは揃って口を噤む。
「開けていい?」
エラがポケットから鍵を取り出す。チャリ、と軽快な音を立てた。ミゲルは頷く。
鍵穴にゆっくりと鍵を差し込むと、エラはそのまま動かなくなった。
「……」
「エラ? どうし」
「ミゲル」
エラは視線を鍵穴に向けたまま、口を開いた。
「開いてる」
覗く係を任されたナギは、しぶしぶ部屋の中を覗き込んだ。
「鍵が開いていたなら、中に誰かいる可能性は必然と高まってくるぞ」
ミゲルはナギの耳元で囁く。身長の関係上そうなってしまうから仕方ないけど、とナギは顔を顰めた。
「集中できないからやめてくんないそれ……あ」
ナギが目を細めた。何か見えるのだろうか。あぐりが顔の前で拳銃を構える。
視線は室内に注がれたまま、ナギがもう一度、口を開いた。
「生憎だけど、ご名答」
ナギの視線の先には、屈強そうな背中の男が二人。
その手には、先程目にしたばかりの拳銃とまったく同じものが、握られていた。
[第16話 スニーク・イン・ナイト⑥に続く]
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