第13話 スニーク・イン・ナイト③




不満気な七緒に礼を言って帰すと、作戦決行を次の夜に控えた最終会議が開かれた。




「まずは明日の放課後、キラが学校に残り、多目的室に隠れておく。夜になったら全員で学校に出向いて、俺とエラが先に忍び込み、監視カメラに映ってないことを確認してから、全員で潜入する」


「俺が携帯で、監視カメラの映像を確認」


ナギがミゲルの視線に合わせて言う。ここまで来たら、ナギも嫌がる素振りを見せなくなった。嬉しそうな顔もしていないが。

ミゲルは頷き、用意した作戦手順の書かれた冊子をぱら、とめくった。ミゲルお手製の冊子には「学校探検のしおり」という文字とともに、小学生の遠足のイラストが印刷されている。


「よし。異常が無かったら物置へ移動して、エラが技師さんから盗んだ鍵で解錠、中へ入って施錠」


エラが人差し指に引っ掛けた鍵を持ち上げる。チャリ、と音を立てた銀色のそれは、エラが前日のうちに仲のいい技師から盗み取ってきたものだ。


「そこに、いるんだな?」


「うん、猫ちゃんが」


ミゲルが視線を向けると、テーブルに置かれた紙を見つめたまま、キラは大きく頷いた。

このミッションの第一の目的は、キラの依頼である、物置の子猫を運び出すこと。運び出した子猫は、綺麗な段ボールに移し替えて、警察に届けることにした。


「良いのか、キラ。もう会えなくなると思うけど」


「うん。ちゃんと育ててくれる飼い主さんに届けてあげた方が、この子も幸せだろうし」


少し寂しそうに呟いたキラの小さな頭を、あぐりが優しく撫でた。誰だって別れは悲しいものだ。

しかし、キラは急に真顔に戻って呟く。


「それに、エサ代って意外に高いんだよね。お小遣いじゃ賄えるかどうか」


「そこかよ」


キラは筋の通ったドライ精神の持ち主であった。うそうそ、と笑って言うが、どこからが嘘なのかは誰もわからない。


「見つけた時はかなり衰弱してて、僕がお世話しなきゃ、って思ってたんだけど、最近じゃ自分で虫を捕まえて食べるようになったんだよね」


「野性味が強いわね」


「だからもう、大丈夫だと思う」


「そういえば、エサをやる時は先生に許可を取って物置に入っていたのか?」


物置に入る際は先生に監視されている、とキラは言っていたはずだ。だとしたら、バレずにエサをやることなど到底できないはず。


「ううん、裏門に回って、物置の壁に空いた隙間からあげてた。これくらいちっちゃい穴が空いててね、先生達もわかってないと思う」


キラは、親指と人差し指の間に隙間を作って見せた。

そして、第二の目的は、先生が物置に隠している「何か」を、暴き出すことだ。

と、かっこつけて言ってみたものの、団員はみな本気にはしていなかった。


「ま、なんもないかもしんないけどね」


「あったら面白いな〜くらいの認識でいますね」


「どうしよう、ほんとに先生達が悪事に絡んでたら」


「学校無くなるかな、ラッキ〜」


青ざめるキラと対照的に、ふんふんと鼻歌を歌い出すエラ。双子なのに正反対だ、とミゲルは笑った。


「どちらにせよ、夜間警備員がいない学校は今時ほとんど無い。見つかったらすぐに撤退、遂行したら即帰還。自分達の安全が最優先だ」


いいな?と訊くミゲルに対し、一同は頷いた。

最悪の展開は、猫を置いていく事でも、先生達の悪事を見つけられずに帰ってくる事でもない。

忍び込んでいた少年少女が、秘密組織レモネード・ジャンキーであるということが、世間に知られることだ。


「じゃ、明日の夜。キラは学校での任務も忘れないように」


ミゲルの一言で、確認会議はお開きになった。一同は緊張した面持ちで席を立つ。遠足前の高揚感を隠せずにいるミゲルを除いて。




その夜。


「……緊張してきた」


依頼人であるキラは、眠れずにいた。

何せ、キラは優等生である。夜まで学校に残ったり、警備員から隠れながら移動したりなどは考えたことも無かった。任務で一度、エラと共にオフィスに忍び込んだ経験はあるが、通い慣れた自分の学校が相手だと尚更、不安も大きいのかもしれない。

普段通りにベッドに寝転がって早一時間、右になっても左になっても目は冴えたまま。いつもならとっくに夢の中にいるはずなのに。


「……なんか飲もうかな」


観念して起き上がり、薄い壁越しに眠るエラを起こさないように、といってもちょっとの物音では起きないのだが、念のため忍び足でゆっくりとリビングへ向かう。

突如、目を刺すような痛み。何かと思ったら、深夜にもかかわらず、キッチンの電気がついていた。


「消し忘れたのかな」


電気代がもったいない、と恐る恐る近づくと、何やら冷蔵庫をごそごそと漁る姿が見える。

目を凝らしてじっと見つめると、それは見慣れた背中だった。


「ナギ」


「うわっ!」


ビクッと車椅子ごと跳ねたナギは、思わず情けない声を発した自身の口を抑えて振り返る。

恐怖で揺れる視線を動かし、キラの姿を捉えると、気が抜けたように車椅子の背に寄りかかって溜息をついた。


「びっくりしたー、キラか」


「ごめん、驚かせて。こんな遅くに何してるの?」


「それはこっちのセリフなんですけど。良い子は早く寝なさいな」


「質問に答えて」


「監視カメラをジャックしてました」


目当ての棒アイスを口に咥え、パタン、と冷蔵庫の引き出しを閉めると、ナギは湯気を立てるコーヒーの入ったマグカップを持ってテーブルに移動した。


「監視カメラ?もうやるの?」


キラは冷蔵庫から牛乳のパックを取り出し、耐熱用のマグカップに注いでレンジに入れた。ブーン、という低い音が、静かな部屋に反響する。


「いや、まだ完全にはしないけど、ボタン一つでジャック出来るとこまで進めておこうかなって。外でやるのは嫌だし」


「こんな夜中からやるんだ」


「一応ね。どれくらい時間かかるかわかんないから。てか監視カメラ多すぎない?あなたの学校」


「あ、分かった、日中だと女子トイレに女の子来るからだ」


「うん、人の話聞こうね」


図星だったのか、少し顔を赤くしたナギは、コーヒーに口をつけてあちっと顔を顰めた。棒アイスは既にナギの手から消えていた。


「キラはなんで起きてるの?寝れない?」


チン、とレンジが鳴いた。きっとまだ熱いので無視する。


「うん、なんか緊張しちゃって」


「珍しい。いつも冷静ちんちくなのに」


「沈着ね」


「噛んだだけだよ、うるさいな」


ふふ、と笑って、まだ軽く熱気を発するレンジからマグカップを取り出す。手の皮越しにじんわりと熱が伝わって心地いい。キラはナギの正面に腰掛けた。

ズズ、と音を立ててホットミルクを啜る。表面に薄く張られた乳白色の膜は、嫌いじゃない。

二つのカップから湯気が立ち上り、部屋に沈黙が落ちる。


「ナギは、いつから車椅子?」


「四年前とかかな。大学二年の頃だから」


「……なんでか、聞いてもいい?」


……それは、車椅子になった理由のことでいい?

ナギは表情を変えずに、キラをまっすぐ見て言う。キラはこくりと頷いた。口元まで持ち上げていたカップを下ろしたナギの視線が、心なしか冷たく感じられて、無意識に手のひらを膝の上できゅっと握った。


「人が寄ってくるのが嫌だったから」


「……え?」


想像していたのとは違う返答に、拍子抜けしてしまう。

それだけ?とキラは首を傾げた。


「なんなのあいつら、顔と身長しか見てないの?」


腕組みしながら顔を顰めるナギは、車椅子の背にもたれ掛かりながら、だいたいさー、と続けた。


「顔がいいやつが性格良いわけないじゃんね」


「いや、それは知らないけど」


「……慣れるとさ、分かってくるんだよ。こいつは顔目当てだな、とか、こいつはきっと裏で、俺の悪口言ってるんだろうな、とか」


ぽつり、ぽつりと漏らすように呟く。俯くように軽く下を向いたナギの眼鏡の隙間から、緑色の瞳が見えた。

長い睫毛に守られたその目は、黒い影を落としたように淀んでいた。


「最初は楽だったんだ。あっちから寄ってくるおかげで、友達には困らなかったから。でも、俺の性格を知ったら、みんな去っていった。顔が良い奴はみんな陽キャだと思ってんのかな」


だから、足を切った。

キラは何も言えなかった。自分から聞いたんだから、何か言わないと。咄嗟に開いた口は、役目を果たせずにきゅっと閉じられた。どれだけ考えても、正解には辿り着かない気がした。

再び訪れた沈黙を破ったのは、ナギだった。


「っていうのが、四割。残りの六割は、人体実験をする機関にスカウトされたから」


「スカウト?」


「俺の足、めちゃめちゃ綺麗だったらしい」


ナギは自分で言って、ふっと笑った。


「もしかしてそれって、あの会社の?」


「そう。あいつは俺と反対に、顔で売ってるようなもんだよな」


今から五年ほど前、ある医薬品メーカーが多数のスポンサーを背に、体の部位移植についての研究を始めた、という報道が話題になった。組織された研究グループの代表は若いながらも医学界で名の通った医者であり、テレビのインタビューではその整った顔を綻ばせて質問に答えていた。学校の女子がきゃあきゃあと騒いでいたので、キラもその存在は知っていたが、まさか人体実験もやっていたとは。

ともあれ、よかった。やっといつもの笑みを浮かべたナギに、安心したキラはつられて笑った。


「へぇ、見たかったな。ナギの足」


「いつか見れるかもよ、最新のロボットかなんかに使われるかもしれないし」


「じゃあ、足がキレイだったらナギのだって思っとくね」


うん、それがいい、とコーヒーを啜るナギの眼鏡は、湯気を浴びて白く曇っている。もしかして、眼鏡をしているのも、綺麗な顔を隠すためだったりするのだろうか。いや、ただ目が悪いだけか。コンタクト入れるの下手そうだしな、とキラは自己解決する。


「ナギとこんなにちゃんと喋るの、初めてかもしれない」


「キラは帰ってきたらすぐ勉強しちゃうもんな、この優等生が」


「なんで睨むの。ナギだって、ご飯食べたらすぐお酒飲んじゃうから、僕と何喋ったかなんて覚えてないでしょ」


ナギは、ごもっともです、と頭を垂れる。


「てか、そんなことはどうでもいいよ。キラ、さすがにもう寝た方がいいんじゃない?」


そうだった、眠れなくてここに来たんだった。壁に掛けてある時計を見ると、針は一時を指していた。


「うーん、でもまだ眠くないや。どうしよう」


「じゃ、俺の作業見る?」


ナギはコーヒーを飲み終えたようで、片手で器用に車椅子を操作してキッチンにカップを置いた。


「あ、ごめんね。ジャックしてたのに」


「いや、全然。休憩できたから」


ナギがドアを開けてほしそうな目でこちらを見ている。開けたら仲間になるのかな、野生じゃないから無理か、なんて考えながら、キラも冷めかけたホットミルクを流し込み、ドアを開けてナギの後ろをついていく。

ナギは自分で車椅子を操作して進む。車椅子の背についた、手押し用のハンドルがキラの視界に映る。

ナギは、車椅子を押してもらう相手を選んでいる。主にオボロだが、あぐりが嫌そうに押しているのも何度か見たことがある。でも、身長的に無理があるミゲルはもちろんだが、キラやエラには押させてくれない。きっと、片腕しかない二人に配慮してくれているのだろう。

キラは、自分が役に立てる場所を探していた。


「今気付いたけど、パソコンの画面って眠るのに良くないんじゃなかったっけ」


「あー……まあ大丈夫でしょ」


根拠のない自信。徹夜は初めてだ、とキラは覚悟を決めた。


[第14話 スニーク・イン・ナイト④に続く]

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