第12話 スニーク・イン・ナイト②



「……行くかあ」


頭をぼりぼりと掻いて、ナギは呟いた。

そうと決まれば話は早い。ミゲルは地図を広げ直す。


「向かうときもあまり人目には触れたくないな」


「裏道あるよ」


「僕は学校に残ってたほうがいい?」


「そうですね、侵入口の鍵を内側から開けて頂けると助かります」


「制服なんて何年ぶりだろ、楽しみだわ」


「あぐりが着るとコスプレみたいになりそ……いや嘘ごめんごめんごめ」


こうして、厳正なる話し合いの結果、団員たちは潜入のしやすさを重視して、一階の正門側、物置の反対側にある多目的室から忍び込むことに決定した。


「多目的室は防音だから、音がしてもバレないと思う」


「そこ、監視カメラあるけど」


エラは何故か、校内の監視カメラの位置を把握していた。そこまでして寝たいか、とミゲルは目を呆れさせる。


「いいよ、俺が壊す。エラ、監視カメラの場所教えて」


ナギは車椅子を動かし、キッチンの冷蔵庫から棒アイスを数本取り出す。オレンジ色の一本を口に咥えると、エラと共に自室へ戻って行った。

その場に残された四人は、オボロが用意したお菓子を手に雑談を始めた。


「そういえば、ナギってモテるんだったね」


キラは一口大にカットされた羊羹を口に運びながら呟いた。


「昔はそうだったらしいな。車椅子になってからは楽って言ってたけど」


「意外とハイスペックですしね。顔良し、頭良し、身長高し」


「性格は悪し、ね」


指折り数えるオボロを遮り、ばりぼりと音を立てて煎餅をかじりながらあぐりは付け加えた。


「腹立つわね、あんな奴がモテるなんて」


「まあ、普通にしてればそんなに悪い奴でもないしな」


「一言多いだけですよね」


「だからこそ、一緒にいると魅力半減だよね」


口と右腕で器用に煎餅の袋を開けながら笑顔で言うキラに、三人はそこまでは言ってない、と心の中で呟いた。口には出さなかったが。

しばらく雑談を続けているうちに、監視カメラの位置を特定していた二人がリビングに戻ってきた。


「ねえ、この学校ヤバいと思うんだけど」


信じられない、と顔を歪めたナギが、定位置で車椅子を固定した。抜け殻となった数枚のアイスの袋をゴミ箱に放り込む。


「トイレにも監視カメラ付いてた」


「は?」


「嘘でしょ?」


二人して口から煎餅をこぼして、キラとあぐりが同時にナギを凝視する。ナギは、汚、と顔を顰めた。あぐりの隣に座ったエラが口を開く。


「一階と三階の女子トイレに一個ずつ。男子トイレは入ったことないからわかんないけど」


「なんでそれを知ってて、そんな平然としていられるの!?」


ガタッ、とマンガのような音を立ててキラが立ち上がった。綺麗な緑色の目が、大きく見開かれている。


「いや、それがさ」


答えたのはナギだった。


「カメラは、個室の中が見えない位置に取り付けられてたんだ。映ってたのは、入口のドアと、手洗い場と、窓」


「え、じゃあ……」


「ほんとに防犯のために、ってこと?」


あぐりの問いに、ナギは首を傾げた。ナギも真意を測りかねているようだ。


「わかんない、三階の窓から侵入できそうな道は見つからなかったし。ただ、きっと覗き目的じゃないんだ。その他に、監視カメラを付けなきゃいけない理由があるってことになる」


ナギの眼鏡が光に反射して、一段と鋭く光った。ナギが顔を傾けるのは、熟考している時の癖だ。


「トイレにも警戒を払うくらいだ。それに相当するくらいの何かが行われてる可能性がある」


「行ってみる価値はありそうだな」


ごく、と麦茶を一口飲んで、ミゲルは言った。

作戦は、一週間後に決行予定である。




「高校の制服?」


七緒は携帯越しに顔を顰めた。手に持っていた書類の束を落としかけ、慌てて机の上に置く。


「ある訳ないだろ」


「うんそうだよね、やっぱ俺行かな」


いつになく早口なナギの声が途切れ、ガタガタという物音が鼓膜を揺らす。仕事中なのに騒々しい奴らだ、と呆れた七緒は眉をひそめ、電話口を耳から遠ざけた。

物音が消えたと思うと、今度はミゲルの声が聞こえた。何やら切羽詰まったような声色である。


「七緒、あるって言ってくれ。嘘でもいいから」


聞こえてるぞー、とミゲルの後ろでナギが呟く。

どういう状況なんだ。


「……ある」


「よし、ありがとう七緒、じゃあ今夜持ってきてくれ。あと豆腐と麦茶も頼んだ」


「は?今夜?」


七緒が聞き返した時には、既に耳元でツー、ツーという音が虚しく響いていた。何なんだあいつら、と衝動に任せて思い切り椅子に座ると、近くにいた職場仲間たちがビクッと肩を揺らした。

しばらく目を閉じ、考え込んだと思うと、突然思い出したようにカッと目を開いた。様子がおかしい部長から、職場仲間はスッと目をそらす。


「……そういえば」




「どう?キラ」


「うん、すごくいい感じ。確かこういう制服の高校あったよね、お姉ちゃん」


「ん。散歩コースにある高校のやつに似てる」


一方その頃、キラを含めた女子達はあぐりを高校生に仕立てあげていた。エラは煎餅を齧り、楽しそうな二人を眺めているだけだが。

制服を新しく買う費用はもったいない、という意見で、あぐりは自前の襟付きシャツとスカートに、モデルの衣装のブレザーを合わせることで間に合わせた。節約家の高校生が相手では、総裁でも抗うのは難しい。


「でも良かったの、セーラーじゃなくて」


作戦会議の際に、あぐりがぼそっと「まだセーラーいけるかな」と呟いていたのを、キラは聞き逃さなかった。心配そうなキラに向かって、あぐりは微笑む。


「あたし、髪が赤いから、紺色のセーラー服ってあんまり似合わないのよね。それに、ブレザー着てみたかったから、むしろ嬉しいわ」


内心で、お金がもったいないって言ったのはキラだけどね、とあぐりは悪態をつく。


「カツラつけないの」


新しい煎餅の袋を片手に、エラが不思議そうに首を傾ける。「黒髪ならセーラー服でも大丈夫だと思うけど」


「万が一見つかったらまずいことになるでしょ。モデルが制服着て夜の学校に忍び込んでるとか」


引っ張り出してきた服たちを片付けていたキラは、それはそれで面白いけど、と心の中で呟いた。

制服姿でリビングに向かうと、ちょうど仕事終わりに制服を届けに来た七緒含め、テーブルを囲む男性陣と目が合った。

あぐりは思わず顔を顰める。


「なんかデジャヴなんですけど」


「なんの事だ?」


首を傾げるミゲルと七緒をよそに、オボロとナギは顔を青くする。何を言っても怒られそうだったので、口を開くことをやめて目をそらした。

七緒は不思議そうにしながら、持ってきた白い袋から、綺麗に折り畳まれた黒い学ランを取り出した。

スペース取るだけで邪魔だから、と実家から送られてきていたのを思い出したらしい。


「七緒、学ランだったんだ」


「あまりイメージがないですね」


「ああ、この辺りではわりと古い学校だからな」


「あたしの周りでもいたなー、学ランかっこいいって言ってた子。背高い黒髪イケメンがどーたらこーたら」


「小さい青髪で悪かったな」


誰もそんなこと言っていない。

七緒は低身長がコンプレックスである。座高から違うオボロとエラを見上げて睨んだ。


「最後まで丈合わなかったからオボロでも着れると思うぞ」


不満そうに早口で言うと、オボロは顔の前で右手を横に振った。


「いえ、私は自分のがありますので。これはナギのです」


「ナギ?お前も行くのか」


ミゲルから事のあらましを聞いていた七緒は、車椅子に座るナギに目を向けた。諦めたように目を伏せ、頭の上で腕を組んでいる。


「歩けるのか?」


「まあ、義足つければね。俺は行きたくないんだけど」


「良いって言ったじゃない」


あぐりの反発が槍のように飛んでくる。

どうやらナギの味方はいないようだ。察した七緒は苦笑いを浮かべた。


「一回着てみてよ、オボロ。下だけでいいから」


「自分で着たらいいじゃないですか」


「まだ義足のメンテナンス終わってないんだよ。久しぶりすぎてやり方も忘れたし」


えー、としぶしぶ脱衣所に向かうオボロ。七緒は義足に興味津々だった。


「義足持ってるんだな。知らなかった」


「俺はいらないって言ったのに、親が勝手に作ったんだ。実際ほぼつけないから、あんま意味無いけど」


「ずっとつけてれば、車椅子いらないんじゃないか?歩いた方が何かと楽だと思うんだが」


「長時間つけてると傷付くんだ、患部が。負荷もかかるし。俺的には車椅子だと誰かが運んでくれるから、そっちのが快適だよ」


そういうものなのか、と見聞を広げた七緒。仕事上、持っている知識は多いほうがいい。

しかも、とナギは続けた。


「俺を思ってなのか知らないけど、親が元の足の長さに合わせて義足を作ったんだ。これじゃ前と変わらないじゃないか」


声を荒げるナギ。怒っているようだ。七緒は首を傾げた。


「嫌なのか?感覚が変わらないのはいい事だろ」


「ナギ、身長高いんだよ」


「は?」


キラの一言に、七緒の目付きが変わる。そのままナギを見ると、気まずそうにぷいっとそっぽを向いていた。


「しかも、車椅子になって嬉しかったって言うくらい、モテてたらしいわよ」


面白そうな雰囲気になってきた、と会話に参加したあぐりは、ニヤニヤしながら口を挟んだ。


「あー、めんどくさくなるから黙ってたのに」


ナギはため息をつくと、鼻で笑いながら七緒の肩に手を置いた。口角が完全に上がりきっている。


「ま、そういうこと。高身長でもあんまいい事ないぜ?な・な・お・く・ん」


「……逮捕していい?」


七緒の右肩に伸びた手首をガシッと捕まれ、ガチトーンで警察から発された言葉に、ナギは、ぶんぶんと効果音が聞こえてきそうな速さで首を振った。


「待ってうそうそごめんって」


「許せん。許せんぞナギ」


「何こいつ力強い、ちょ助けて!」


七緒の目が完全につり上がっている。ミゲルとあぐりは笑い転げ、キラは呆れたようにその光景を見つめた。エラはベランダに止まった鳥に夢中だ。


「着てみましたー」


と、オボロが絶妙なタイミングで帰ってきた。はっ、という言葉とともに我に返った七緒に解放されたナギは、勢いよく車椅子を引いて距離をとった。はあ、はあ、と肩で息をし、手の甲で額の汗を拭う仕草をする。


「オボロ落ちつけ、ナギは高身長らしいぞ」


「はぁ、知ってますけど」


混乱している七緒をさらっと流したオボロは、ズボンの裾を引っ張って長さを確認する。


「俺でもちょっと長いですかね」


確かに、平均身長より少し高いオボロでも、裾が余って踵を覆っている。これならナギでも大丈夫そうだ。


「どれだけ長いやつを買ったんだ」


呆れるミゲル。痛いところを突かれた七緒は、顔を赤らめてジト目で睨んだ。


「うるさいな、伸びると思ったんだよ」


「あ、身長と言えば七緒さん、牛乳は?あと豆腐」


「牛乳はあったけど豆腐は売り切れ。ていうか俺をパシるな」


不満気な七緒に礼を言って帰すと、作戦決行を次の夜に控えた最終会議が開かれた。




[第13話 スニーク・イン・ナイト③に続く]

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