第11話 スニーク・イン・ナイト①



「あの」


とある日の昼下がり。

あぐりとオボロもアジトにやって来ており、各々が自由な時間を楽しんでいたその時、鈴を鳴らしたような声が響いた。

リビングのソファに座り、自身に集まる視線を避けるように目を伏せて、少し恥ずかしそうにしたキラはもう一度、口を開く。


「……依頼、お願いしてもいいかな」




キラを囲むようにしてテーブルに着席した一同は、キラが部屋から持ってきたシロクマの柄のファイルから、ごそごそと何かを取り出すのを待った。こまめに整理された薄いA4のファイルに視線が注がれる。

いつもと変わらず、子供用のお誕生日席に腰かけたミゲルは、微笑みながら言った。


「珍しいな、キラが依頼なんて」


「そりゃそうでしょ、メンバーなんだから」


ありがと、とオボロからコーヒーの入ったカップを受け取るナギ。盛大な音を立ててカップに暴風を送り込んでいるナギは猫舌だ。

あった、と一枚の紙を取り出したキラは、コホン、とわざとらしく咳をして息を吸った。


「単刀直入に言うと、みんなには学校に乗り込んで欲しくて」


「はい?」


あぐりが笑顔で首を傾げる。絶対聞こえてる、ともの言いたげな視線をあぐりに送ったキラは、もう一度口を開いた。


「学校に乗り込んで欲しいの」


いまだにコーヒーを冷ましていたナギは小刻みに震え出し、ついにはブッと吹き出した。カップを持ったまま、可笑しそうにケラケラと笑っている。

表面張力に耐え切れず、テーブルに零れた水滴に冷ややかな視線を送りつつ、キラは、ちゃんと説明するね、と手に持った紙を広げて見せた。


「これ、学校でもらったんだけど」


テーブルの上に置かれた、薄汚れた再生紙。マッキーペンのようなもので、上部に大きく「生徒会報」と書かれている。


「うわ、懐かしい。なんで生徒が作るプリントだけこんなに汚れてるのか不思議だったわ。やっぱり金の使い所を考えてるのかしら」


口元に手を当て、目をきらきらと輝かせるあぐり。まだ湯気を立てているカップを一瞥し、溜息をついたナギが続く。


「そんなの気にも留めたことないな。読まないで捨ててた」


再生紙の汚さと二人の心の汚さを天秤にかけ始めたキラ。秤がぴったり釣り合ったところで我に返った。


「もう、話戻すよ。最近、一階にある物置から不思議な音が聞こえてくるらしくて」


「物置なんてあるんですか?」


「ううん、元々は美術室だったんだけど、美術の授業がなくなってから使われなくなったんだ。だから今は、先生達が備蓄倉庫みたいな感じで使ってる」


から、物置って呼ばれてる。

へぇ、と呟いた者の中に、キラの双子の姉であるエラも混じっていた。


「エラは知らないんだな」


「最近ガッコー行ってないからな〜、あそこ快適だったのに」


また寝る場所探さなきゃ、とエラは頭をがしがしと掻く。エラの言葉に反応したキラは、目を丸くした。


「入ったことあるの?あそこ、鍵かかってるのに」


「だいぶ前。技師のおじちゃんと仲良くなったら入れてくれた」


あるよなーは特別扱いのやつ、とナギはちびちびとコーヒーを啜る。あぐりは学校に潜入する、という言葉以外聞こえていなかったようで、まだセーラーいけるかな、と高い位置で結ばれた真っ赤なツインテールをくるくる指で弄っていた。

エラの言葉を聞いたキラは、突然ガタッと音を立てて立ち上がった。


「そこに猫ちゃん、いなかった?」




ある日校舎裏で見つけた捨て猫を、誰も入らない美術室に隠して時々エサをやっていた、とキラは語る。


「先生達が、物音の原因は老朽化なんじゃないかって。それで工事されることになったから、先生達が荷物を運び出す前に、バレないように猫ちゃんを移動してあげたいの」


エラは猫の存在に気付いていないようだった。私ひとりじゃ不安だから、とキラは付け加える。


「なるほどね」


「簡単そうじゃん」


あぐりとナギは揃ってにやりと笑い、乗り気なようだ。ナギは少なくとも、自分の出番が無さそうで喜んでいるに違いない。


「でも、どうやって入りましょうか」


学校にも、物置にも。オボロは顎に手を当てる仕草をした。


「学校は、制服着て裏から入れば大丈夫だと思う」


警備員もいないし、とエラはキラの言葉に付け足す。やったことあるんだな、と一同は察した。


「物置の鍵は借りられますか?」


「一応借りられるけど、中に入ってる間、先生にずっと監視されてるから、それはキツいかも」


「え、何それ、怪しくない?」


あぐりが眉を顰め、怪訝な顔をする。

確かに、他の教室はそんなことないのに、物置だけ先生がついてくる。そもそも物置に入る機会が少ないので考えたこともなかったが、キラも疑問を抱き始めた。


「何か隠してること、あるのかな」


キラがぽつりと呟いた言葉に、ミゲルがにやりと笑い、面白そうに身を乗り出した。


「何があるのか、調査しに行ってみるか?」


レモネード・ジャンキーの次のミッションが、学校での潜入捜査に決定した。




「早速、作戦会議だが」


ミゲルが、キラに借りた学校内の地図をテーブルに広げた。一階から四階までが階段で行き来できるようになっており、屋上は立ち入り禁止エリアとなっている。真ん中に位置する昇降口から廊下突き当りにある物置までは、せいぜい百メートルほどだろう。

どこか弾んでいるミゲルの声。全員での潜入捜査などいつぶりだろうか。もはや悪事を暴くという雰囲気よりはいたずら心をくすぐられているようで、皆心なしかうきうきしていた。


「ちょ待てーい、なんで俺も行くんスか」


そんな空気を断ち切るように、ナギが挙手して口を開いた。不服そうな表情だ。眉間に皺が寄っている。


「絶対行かなくていいでしょ、何があったかだけ教えてよ」


ええ〜、と声を揃え、いつにない団結力を見せる一同。エラまで皆の真似をしている。


「行こうよー、絶対楽しいよ?」


夜に潜入するなんてマンガみたい、と呟くキラは既に楽しそうだ。純粋でキラキラな笑顔が、社会の悪に腐れきったナギの目に眩しい。

目を輝かせるキラに、う……と手のひらを向け、ナギは強烈な光源をシャットアウトした。


「いや、普通にバレるでしょ。無警戒なことある?」


「あたし達が負けるとでも?」


「それはないと思うけど。監視カメラとかないの?」


「見たことない。けどあったとしても、ナギが壊してくれるんでしょ?」


「なんで当たり前みたいになってるのかな」


ぶつかり合う視線は一対五。飽きたのか上の空であるエラの分が二つ足りないにしても、もはや勝敗は明確である。

ナギは諦めたように盛大にため息をついて、車椅子の背に寄りかかった。目的を果たせずに揺れる、太ももから下のスウェットが視界に映る。


「えー、義足だるいんだけど」


「たまには歩きなさいよ。足腰弱っちゃうわよ」


「最後につけたのはいつですか?」


「んー、半年前くらい。あの時も大変な目に遭ったわ、そういえば」


思い出すのも嫌、と言うように、ナギは顔を顰めた。

ナギは基本車椅子だが、義足をつけて歩くことも出来なくはない。本人は嫌そうだが、どうしても緊急に人手が欲しい時などは、アイスを奢れば機嫌のいい時にだけ来てくれる。安いようで高い男である。実際、ナギが出動したのは過去に一、二回だけであった。

そんなナギが半年前に珍しく義足をつけて出かけたのは、ミゲルが高熱を出した時だった。平日の昼間、キラとエラが学校(あるいは散歩)に出掛けている時間で、オボロとあぐり、七緒に連絡を入れたが生憎どちらも仕事があった。総裁のためなら仕方ない、と意を決して義足で外に出たものの、コンビニに飲み物とゼリーを買いに行っただけで周りに人だかりができた。視界は目をハートにさせた女子でいっぱいで、遠くには呆然とした表情の男達が散らばっていたのを、ナギは覚えている。


「夜なら獲物に寄ってたかる面食いもいないわよ」


「言い方」


「んーまあ、それもそうか」


敢えて口には出さないが、足腰が心配になり始めたことは確かだった。齢二十三のおじいちゃんにはなりたくない。


「……行くかあ」


頭をぼりぼりと掻いて、ナギは呟いた。




[第12話 スニーク・イン・ナイト②に続く]

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