第10話 記憶:エラ



――じっと、息を潜める。

閉め切った倉庫は薄暗く、少し埃っぽい。喉に空気が張り付くような感覚が気持ち悪い。

思わず咳をしてしまいそうになるが、ぐっとこらえた音を立ててはいけない。

あいつらに、居場所がばれてしまうから。


「……」


聞こえるのは、自分の心臓の音だけ。あいつらの足音はまだ、聞こえない。

目を閉じ、呼吸を落ち着かせるように、ゆっくりと息を吸う。


(みんな)


最後に見たのは、にやりと笑って口角を上げたあいつの顔。

顔に色なんて塗っているはずないのに、エラの目には真っ黒に染まっているように見えた。

その陰に隠れた、絶望したようなミゲルの顔。響いた誰かの叫び声。


(……みんな)


しゃがみこんだ膝の上に乗せた右手を、ぎゅっと握りしめた。


(会いたい)


刹那、空気が揺らぐような感覚。はっ、と目を開く。

目の前の廊下を、何人かの集団が歩き去っていく気配。まずい。この先には、ナギのいる管理室があったはず。


「……負けない」


埃臭い空気をすぅ、と吸い込み、体当たりして思い切り開けたドアから、助走をつけて飛び出した。


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