第3話 記憶:あぐり



――逃げる。

ただ、ひたすらに。


「はぁっ、はぁっ、……」


気味が悪いほど真っ白いリノリウムの床に、カッ、カッ、とあぐりの足音が反響する。

何度も地面を蹴り続けているこの両足も、限界などとっくに超えている。疲れなど、今更微塵も感じなくなっていた。


「はぁっ、はぁっ、……」


汗が頬を伝っていく感覚。必死に空気を求め続け、開いたままの口に入ってきた。

そんなものに構っている暇など、今はないのだ。



何度目かの角を曲がる。


「広すぎっ、なのよ、ここ……!」


出口がどこにあるのかなど知らない。自分が今、誰に追われているかなんて、知ったこっちゃない。

ただ、立ち止まってはいけない。それだけは、わかっていた。


(追いつかれたら)


走る。


(あいつらに、捕まったらだめだ)


彼らとまた、出会うために。


(あたしの記憶は、あたしのものだ!)


「絶対、負けない」


歯を食いしばった。


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