五話 突き付けられた現実
面接の日取りは明後日の午後二時から。ホームセンターに行き、履歴書を買って来た。一体、何を書けばいいのだ。とにかく、どんな紙なのか見てみよう。
「わぁ、面倒臭そう……」
氏名、住所、年齢、学歴、職歴、免許・資格、志望動機、通勤時間など。これは父さんに訊かないと分からない所があるな。帰宅するまで待つか。取り敢えず、書ける所は書いてしまおう。履歴書と一緒に入っていた見本を見ながら書くことにした。
字の下手クソな僕は、こんな字で大丈夫だろうか? と不安になってきた。これも父に見てもらおう。分かるはずだから。
時刻は17時35分頃。ガチャリと家のドアが開く音が聴こえた。父だろう。
「父さん?」
言うと、
「俺だ」
父の声だったから開けた。
「おかえり」
「おう」
ガタイのいい父は柔道でもやってたように見える。実際はやっていないらしいが。
「父さんに……」
話し出した途端、遮られた。
「今日はな、俺の部下を連れて来たんだ。今、外にいる。家に入れるからな。おい、入っていいぞ」
父は少しドアを開けた。
入って来たのは若い女性だ。20代半ばくらいだろうか。綺麗な人だと思った。その女性は僕を見るなり、
「息子さんがいらっしゃるんですね、初めまして。横井加奈よこいかなと言います」
人慣れしているのか笑顔で自己紹介してくれた。僕は、緊張してきた。
「あ、初めまして、佐田昭雄といいます」
頭を下げながら、挨拶した。横井さんは父のことをどう思っているのだろう? 上司の家に来るなんて普通じゃないと思う。
父は横井さんをリビングに上げ、
「何飲む? ビール飲むか? 帰りなら送るから心配するなよ」
と、言いながら冷蔵庫から350mlのビールを2本持ってきてガラステーブルの前に置いた。
父の行動を見ていると一方的だな、と思った。横井さんは飲むって言ってないのに、ビールを2本も持ってきた。横井さんを見ていると、ビールには手を付けていない。遠慮しているのだろうか。
「佐田課長……あの、ビールは遠慮します。初めて来て、お子さんもいらっしゃるというのに、ビールは図々しい気がして……」
父はその話を聞いて驚いた様子だ。
「加奈、君は随分真面目だな。確かに職場でも真面目だが」
彼女は黙っている。そして、
「あの……勘違いされて欲しくないのが、決してビールが嫌いな訳じゃないんです」
ふふん、と父は話を鳴らした。
「飲み会では君はビールを飲んでるから嫌いだとは思ってないよ」
「ですよね」
横井さんは苦笑いを浮かべていた。
父は横井さんの反対側のソファに座り、
「俺の家は息子と2人だから女っ気がなくてな」
そう言いながら父は500mlのペットボトルのお茶を一口飲んだ。
「えー、息子さんと2人で暮らすのもいいと思いますけどね」
父は横井さんの発言をスルーして、
「以前は奥さんもいたのだが、病死してな。前にも話したかもしれないが」「ええ、前におっしゃってましたね」
「だろ、息子がいるとはいえ、やはり奥さんはいないと寂しいもんだよ」
「そういうものですかね~」
「そういうものだよ、少なくとも俺はね」
因みに僕はキッチンの椅子に座って二人を観察している。何を話すのか気になるし。もしかしたら父が僕の愚痴を言うかもしれないから様子を窺っていた。まさか本人目の前にして愚痴は言わないだろう。ところがだ。父は、
「加奈、ちょっと聞いてくれよ」
「どうしたんですか?」
「俺の息子の話だけど……」
横井さんは焦った様子で、僕の方と父の方を見渡している。
「家の息子は高校にも進学せずに、仕事もしないでのらりくらりと生活しているんだ」
「ちょっと、課長! 息子さん、見てますよ!」
「いいんだ……。俺の気持ちもあいつに分かって欲しいから」
僕は聞き耳をたてた。言いたいことはある。父はこちらを見て、苦笑いを浮かべている。頭にきた僕は、
「父さん! そんな言い方ないじゃないか! 今日、僕は仕事探しにハローワークに行って来たんだよ!」
父は驚いた顔をして、何かを言おうとしている。僕は父に訊きたいことがあったのに、横井さんがいるんじゃ訊けないじゃないか。
「そうなのか! それは知らなっかった。どんな仕事があったんだ?」
「スーパーマーケットだよ!」
「面接はいつだ?」
「明後日の二時から。でも、車の免許はないし中卒だし。多分、使ってくれないと思う」
父は黙っている。図星だからか。親の言うことをきいて高校いっておけば良かった。大失敗だ。まだ、どうなるか分からないがこれが僕に突き付けられた現実だ。今からでも通信教育で高校に入学しようかな。あっ、受験勉強しないといけないんだ、それは嫌だ。どうすることも出来ない、この歯がゆさ。仕方がないとはいえ、能力のない自分に腹がたつ。
こうなったら、面接受けまくってやる。採用になるまで。横井さんは、
「確かに厳しい現状かもしれないけど、結果が出るまで諦めない方がいいよ?」
「そうですね、わかりました」
これが横井さんとの初めての会話。意外と話しやすいような気がする。
横井さんは、夜中の11時頃までこの家にいた。初めて来た割には長居してったなと思った。まあ、いいけど。また、来そうな感じだった。
もしかして、横井さんは父に気があるのかな? 逆に父が横井さんに気があるのか。どちらか分からないけれど、将来的に結婚するのだろうか。僕は16歳で横井さんが20代半ばくらい。彼女がもし、母親になったら年が近過ぎる。父は45歳だから約20歳くらいは違うだろう。そもそもどういう関係かは分からないけれど。
父が横井さんを送って帰宅してから履歴書の分からないところを訊いた。
「なんだ、こんなことも分からないのか。まあ、一回しか書いたことがないから仕方ないか」
言いながら教えてもらった。だんだんと眠くなってきた。睡魔に襲われながら書いていて、限界が来て眠ってしまった。
「……い、おい! 布団に入って寝ろ」
「う……ん……。寝てた……」
「疲れたのか?」
「いや、眠いだけ」
父は、
「布団に入って寝ろよ」
言って、父は自室に行ってしまった。父も寝るのだろう。僕は起き上がり、自室に向かった。
履歴書はまた明日書く。今日は無理。
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