六話 僕の心配

 今は二十時を少し回ったところで、父も僕も入浴や食事を済ませてくつろいでいるところ。

この家は二階建てで、僕の部屋は二階にある。父は一階に部屋がある。


 この前、父の部下の横井加奈さんが遊びに来ていた。横井さんは華奢な体で茶髪のロングヘア―。ダメージジーンズと赤いTシャツがよく似合っていた。


 あの時、僕は自分の部屋にいたかった。でも父は、一緒にいろ、と言うので渋々居間にいた。僕は父に質問してみた。

「横井さんとはどういう関係?」

 父はニヤニヤ笑い出した。何かいやらしい感じがして、嫌悪感がある。

「俺としては付き合いたいんだ。お前は加奈のことどう思う?」

「どうって……。いい人だとは思うけど」

「だろ? いい奴なんだ。そして、いい部下でもある」

「部下と付き合いたいの? いいの? それって」

 訊くと、

「いいけど、別れたら気まずいよな」

 今度は苦笑いを浮かべている。

「確かに」

 僕は女子と交際したことがないから、よく分からないけれど。

「お前は彼女いないのか?」

 この質問はされたくなかった。なので、

「いないよ、そういうこと訊かないで欲しい」

「何でだよ? いいじゃないか」

 僕は黙っていた。もちろん、よくないから沈黙しているのだけれど。それに気付いて欲しい。でも、鈍感で図太い父は僕の気持ちに気付かないかもしれない。まあ、察して欲しい、という方が無理なのかもしれない。言わないと伝わらないと思うから。だから、考えた末、言うことにした。

「恥ずかしいよ、彼女いないのって」

 そう言うと父は、

「は? 何が恥ずかしいんだ。お前の考え方はおかしい。彼女がいる、いないはその人の事情に寄って違うだろ。だから、何も恥ずかしがることはないぞ」

 でも、僕はなかなか納得できなかった。

「父さんはそう言うかもしれないけど、僕にとっては恥ずかしいよ」

 言ってみると、

「何だお前、俺に反論したな。ガキのくせに」

 ガキのくせに? 僕は父のそういう物言いが嫌いだ。なので、それも言った。すると、

「ガキには違いないだろ! 何を言ってる。あんまり俺を怒らせるなよ。酷い目に合わない内に言葉は控えめにしろよ」

 僕は段々、苛ついてきた。さっきから父は何なんだ。偉そうに。それも苛々したついでに言った。

「何? 偉そう? 俺のどこが偉そうなんだ! 言ってみろ!」

 このままだと本当に喧嘩になる。まあ、いいか。喧嘩になるならなったでやってやる。こんなことを思うのは父だからだと思う。他人にはあまり思わない。僕は笑ってしまった。というより、笑って誤魔化した。父は、

「何が可笑しいんだ!」

 と顔を真っ赤にしながら激高した。これ以上怒らせたらまずいかなと思ったので、真顔で、

「何でもないよ」

 と、言った。

「全く、俺を怒らせるな!」

 僕は心の中で笑っていた。


 翌日。外を見ると天気がいい。

「散歩してくるから」

 と言い、

「気を付けて行ってこいよ」

 と父は言っていた。気遣いもできるんだと思った。それは意外なことだ。

 僕は動きやすいジャージに着替え、青いスニーカーを履き家を後にした。

 帰宅したのは約三十分後。今は夏だから汗だくだ。すぐに下着とTシャツとハーフパンツを用意してシャワーを浴びた。


 そろそろ仕事をしないと。したくないけれど。父にも仕事をしろと言われているし。高校に進学していれば仕事はしなくていいけれど、超がつくほど勉強が嫌いなもので。車の免許がなくても雇ってもらえるのはコンビニくらいだろう。調べてないから分からない。配達とかあるなら無理だけれど。ネットで探してみるかな、気が向いた時に。


 今夜も横井加奈さんが来るらしい。さっき、父が言っていた。彼女には彼氏がいないのかな。いないからくるのか。父から誘っているらしい。それと、父は横井さんと付き合いたいと言っていたけど、仮に交際したとして、結婚まで話が進んだらどうしよう。嫌だなぁ。僕より十くらいしか年が離れていないから尚更だ。そんな人に向かって、母さん、と呼びたくない。それは父に伝えなければ。夜にでも、今は父は仕事に行っていないから。


 時刻は18時過ぎ。もうそろそろ父が横井さんと一緒に帰ってくるだろう。今日は金曜日。もしかして横井さん、泊まっていかないだろうな。それは嫌だ! 本人がいても抗議する。泊まらないで欲しい、と。


「お腹すいたなぁ……」

 僕は独り言を言った。もう19時になるというのに父はまだ帰ってこない。どうしたのだろう? その時、家のチャイムが鳴った。誰だろう? と思い玄関に行き、はい、と返事をした。すると外から、

「横井です、横井加奈です」

 聞こえた。どういうことだ。僕は鍵を開けてドアも開けた。僕は、

「どうしたんですか? 父はどうしたんです?」

 と言うと横井さんは、

「会社から帰る時、突然、佐田さん倒れちゃって……。救急車を呼んだの。搬送先の病院は、かかりつけの病院だったらしく、検査中なの。ご本人から聞いているのは、高血圧で病院にかかっている、と言ってたわ。一緒に病院に行った方がいいかな、と思って迎えにきたの」

「あ、そうなんですね! ありがとうございます。今、ぱぱっと用意するので上がって待っててもらえますか?」

「いや、わたしは車の中で待ってるよ」

「わかりました。すぐ行きます」

 父が倒れた、心配だ。一体、なぜ? 確かに血圧は高いと言ってた。そのせいなのか? とにかく行ってみればわかると思う。ジーパンと黄色いTシャツに着替え、髪を櫛でとかして、スマホと財布を持って家を出た。家の鍵を閉めて、家の前に停めてある横井さんの赤い乗用車の後部座席に乗った。車の中は綺麗にしてある。カーナビも付いていて、洋楽が流れている。

「お願いします」

 僕は言うと、

「うん、わかった」

 と横井さんは言い、車を走らせた。


 道中はお互い無言で乗っていた。少しして、話しかけられた。

「昭雄君だっけ?」

「はい、そうです」

「どこの高校に行ってるの?」

 え? 横井さんは父から何も聞かされていないのだろうか。

「僕は高校行ってないんですよ」

「あ、そうなんだ。じゃあ、バイトか何かしてるのかな?」

 ずいぶん質問してくるな、と思った。

「バイトもしてません。これから始めようかなと考えています」

「そうなんだ、がんばってね!」

「はい」

「それにしてもお父さん、何でもなければいいね。心配だわ。社内を歩いていて突然倒れたからびっくりした」

「そうですよね、こんなことは初めてなので不安です……」

「だよね」

 横井さんは、俯いてる僕をルームミラーで見たからか、

「今は病院にいて、治療してるから大丈夫だとは思うけどね。だから元気だして」

 僕は彼女は楽天的な人だと思った。父の高血圧を軽くみている。


 約十分後、町立病院に着いた。救急車が搬送口に後ろから停めてある。父を降ろしたままなのか? 横井さんは、

「とりあえず行ってみよう」

 僕を促した。

 救急車の横を通り抜け、院内に入った。通路の右側に年配の男性が座ってこちらを見ている。守衛というやつだろうか。その人に声を掛けられた。

「こんばんは、どうしましたか?」

 その守衛は、髪の毛がたいぶ禿げ上がってきていて、白髪で結構太っている。黒縁の眼鏡をしていて、いかにも真面目そうな雰囲気。横井さんは、

「昭雄くん、説明してもらえる?」

「はい。あの、父が、佐田洋輔が救急車で搬送されたので来たんですが」

 守衛さんは、

「こちらにお二人の名前と住所を書いて下さい」

 と言うので、僕と横井さんの順で書いた。その後、父の部屋がどこにあるか訊いた。すると、

「それは事務で訊いてもらえるかい?」

 言われたので、事務に向かった。

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