後編
それから十年程経った。
私は夫の仕事について、その頃南の地に駐在していた。
取引相手はその地の王とも言っていい存在だった。
わが国とは体制が違うので何だが、沢山に分かれたその地の中にある、豪族――藩王、と言った存在だった。
私達は半ば貿易、半ば政治的な立場でその藩王のところへとやってきていた。
そこで採れる宝石と、「交易している相手であり続けること」が主な目的だ。
友好を保つことで、この地を無事通過できる。それは案外大きなことなのだ。
私は男達がそんな表の取引をしている間、女達の宮殿でもてなしを受けていた。
沢山の妻を持つ藩王だが、第一妃と第二妃は、それぞれ藩国に同じくらい居る宗教を持つ豪族から一人ずつ娶り、三番目辺りから、好みが反映される様になるらしい。
ただその二つの宗教では表に出る女性の姿に大きな違いがあった。
女しか居ない場所ならともかく――
「そう言えば今日は貴女のお国から来た音楽家達が来るのよ」
第一妃がそう言ってくれた。
「直接見ても構わないのですか?」
「直接はね、だからこう」
格子があるのだという。
ここだけでなく、他の妃のところもその宗教を信仰している方のところは注意深く建物が作られているという。
私は彼女と共に音楽を聴くことにした。
だがその時現れたのは。
思わず声を上げそうになった。あの男だ。
音楽。
と言っても、あの男が仲間と共に奏でるピアノもバイオリンも大したものではない。
本国では相手にされない類いだろう。
だがここでは違う。
何だかんだであの男はここまで流れてきたのだろう。
私はその時一つ思うことがあった。
*
翌日、その男が引きずり出され、藩王の前で処刑されることとなった。
「違う、俺ははめられたんだ!」
私は格子の向こうでその様子を眺めていた。
何ってことはない。
「あの男」が居た、ということを夫に告げて、幾つかの手を介して、第三妃の宮殿に忍び込ませただけだ。
ただし、誘う相手は侍女の一人として。
あの男は何も知らずにそこへ来て――いつもその時間に夜の月を眺める第三妃の髪を覆う布を取り去ってしまったのだ。
それが第三妃とは知らなかった男は即刻取り押さえられ、突き出された。
「美しい部分を男に見せてはいけない」という戒律を持つ宗教の妃にその様な狼藉をはたらいた、ただの流れ者は、あっさりと処分されるということだ。
「苛烈だと思いますか?」
第一妃が私に尋ねた。
「いいえ、約束を破ったのですから」
私はそう答えた。
*
さてこの話をするべきか否か。
いや、ただの土産話として語ろうか。
既に日々を子供と共に生き生きと暮らしている姉を思い、私は考える。
故国での姉のかたきを異国にて私が取る。 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo
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