中編
「でも、それだけじゃ」
「いや無論、そこからさ。ミーガンはこっちに来るなりあの子を抱いてぽろぽろと涙をこぼしてたよ。何たって、あの男に本当に心底ミーガンは惚れてたからね。顔のいい男だったし! 事業を立ち上げるからどうの、ってうちの名も借りて、それで形が整ったからって式を上げて教会に登録して!」
ところが、だ、と母は強調した。
「まずミーガンが言ったのが、トマス・アンブリッジの経営しているアンブリッジ&トライトン商会に電話してみても、まず出ない」
「出ない?」
「電話局につなげる様に言うと、その番号は現在使用を解除しております、と言われるんだ」
「何それ!」
「全く何それ! だよ。何かおかしい、と思って、私ゃ父さんの馴染みの弁護士に頼んで調べてもらったんだ。そうしたら」
「そうしたら?」
「ミーガンが教会には登録されていない、って言うんだ」
「はあ?」
「つまり、今ミーガンは未婚で子供を産んだ、ってことになってるんだよ!」
「え、ちょっと待って、だってちゃんと神父様が来て登記してったじゃない」
「ところがそれが偽神父だったんだ」
さてそこからが大変だった。
まず神父が偽物。
そしてトマス・アンブリッジという男も実は偽物。
同じ名前と住所の男は確かに居る。だがそれは「あの男」ではない。
そしてミーガンと一緒に暮らして預金を委託出金したのは「あの男」。
同じ名前と本籍を持つ「トマス・アンブリッジ」氏に弁護士が会ってきたけど、七十越えの老人だった。
「つまり」
「結婚詐欺だよ!」
くぅ! と本当に悔しそうな声で、母はハンカチを握りしめた。
「じゃあ、あの結婚式に出ていた親戚とか友人とか」
「あれも全部、どうも雇われた劇団員らしいよ。どうも劇団員の方は、そういう催しだ、とか何とか言われたらしい。何となく怪しいとは思ったけど、金の支払いもいいし、向こうは向こうで常に金ぐりが厳しいし、ということでそのまま相手の行き先は知らないとさ」
私は思わず姉を背後から抱きしめた。
姉は本当にあの男のことが好きだったのだ。
もともと内気であまり外に出ない彼女が、図書館に行った帰り、借りた本の重みに耐えかねて休んでいたところを助けてくれ、家まで送ってくれた。
あの時! ちゃんと誰かしらついて行かせれば!
*
姉はそれからもしばらくはぼんやりしていて、我が子の世話も殆どしなかった。
母やメイドにうながされ、乳をやる時間に胸を開くくらいなもので。
乳母を雇わずあえて本人の乳を吸わせたのは、多少なりとも子供の存在で気持ちを切り替えて欲しかった訳だけど。
それがだいたいまた半年くらい続いた。
ところがその子供が、何とか自分で移動できる様になり、やっぱりぼんやりしていた姉に近づき「ママ」と呼んだ時。
ぱっ、と姉は正気に戻ったのだ。
それからというもの、失ったものより、すぐ側にあるものへとようやく気持ちを向けることができる様になった。
それでも「あの男」は見つからなかった。
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