故国での姉のかたきを異国にて私が取る。

江戸川ばた散歩

前編

 辻馬車から降りて走って、実家の戸をどんどん、と叩いた。

 ベルも何度も引いた。

 中から音がして、鍵のかかった戸が開く。


「母さん私よ、どうしたの!」

「ああモードリン、よかったちゃんと届いたね電報は! 力になっておくれよ!」


 そう、電報が来たのだ。

 姉の結婚が無かったことになっていた、と。

 意味がわからなかったので、夫に手紙を置いて実家に走った。


「どういう意味なのこの電報は!」

「そのまんまなんだよ。ミーガンはあの男と、結婚していなかったことになってるんだ」


 ともかく居間に入ると、そこでは長椅子の上でぼんやりと姉のミーガンがうつろな目でうつむいている。

 その側にはゆりかごが。まだ生まれて半年も経っていない子がそこには居る。

 いつもきちんと髪をまとめ、薄く化粧した顔は、妹から見ても綺麗なひとなのに。

 目の下には隈、泣きはらした様なまぶた、そしてがっくり落とした肩。


「……義兄さんは?」

「あの男! 義兄さんなんて!」


 これをごらん、と母は私に一通の手紙を渡した。

 銀行からだった。


 「ご依頼のあった口座の残高と出入金記録について」

 嫌な予感がする。

 さっとその下に目を通す。


「……何? この残高」


 確か姉さんの口座には、亡くなった父さんから譲り受けた遺産が結構な額入っていた。

 そう、贅沢しなければ一生暮らせるののではないか、というくらい。

 ところがそのうち四分の三が消えていた。

 姉さんが「結婚」したこの一年少しの間に少しずつ、だけど着実に下ろされていたのだ。


「義兄さん――じゃなくて、あの男、トマスはどうしたの? 姉さんじゃないんでしょ? 姉さんが銀行に調べさせたんでしょ?」

「あの男は消えたよ!」


 母がこんな声を出すのは生まれて初めてだ。

 如何にも苦々しげに。


「しかも、だ。そもそもミーガンの結婚したトマス・アンブリッジという男は、存在しないって言うんだよ!」

「だから母さん、その居ないだの存在しないって、どういうこと?! 頼むからそこのとこ、ちゃんと教えてよ!」

「ああもうずっとこの調子でねえ、ごめんよごめんよ。マーサ、お茶を淹れておくれ」


 はい奥様、という声がした。懐かしいメイドの声た。

 姉が座っている長椅子とはやや離れたところで、私と母は向かい合った。


「ちょっと前のことだよ。出張で一週間ほど空ける、ってあの男は家を出たらしいんだ。ところが一週間しても帰ってこない。ミーガンとあの子を置いてね。一体何があったのか、と心配しながら待っていても、いつまで経っても来ない。さすがに不安になって、こっちへやってきたという訳さ」

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