第20話 「再会 その3 疑心」:空木 要(10)
喫茶店一圓銀貨、その隅っこの一角に密儀めいた空間が形成されていた。どこか陰気な高校生たち。空木要の呼びかけに集まった元第二文芸部のメンバー、富田信平、犬塚涼子、そして兵頭麻央。小動物的な富田は、様子を窺うように女子二人を見、一方、犬塚は無表情で泰然と構え、兵頭は彼女の横で不機嫌さを隠さない。
「言っとくけど、あたし、なんも関係ないからね」
兵頭は中学時代とは雰囲気が変わっていて、メガネもしていないし、かつての図書委員風のおさげはソバージュヘアになり、どこか険のあるロッカー然とした空気を漂わせている。ただ、口調はあまり変わってはいない。
当初は集まるのを渋っていた彼女だが、最終的に犬塚が一緒だったらいいということで了承した。それは彼女が断るだろうことを見越して吹っ掛けたのだろうが、意外なことに犬塚が了承し、それについても不服なのだろう。時々、犬塚をちらちら見ている。とはいえ、兵頭にとって、犬飼が一番信用しているメンバーらしいので、その視線には頼るような色も見える。
正直、要も犬飼が図書館での態度から望みは薄いと思っていたが、特に何も言うことなく応じたことは要にとっても意外だった。
「まあ、矢津井のやつが無事だったってのはよかったんじゃないの」
兵頭はぶっきらぼうに言い、で、いまの調子はどうなわけ、と重ねる。
「一応、もう元気だったよ。犯人当て小説を暇つぶしに書いてるくらいには元気だ」
あっそ、そう言って兵頭はテーブルに肘をつく。ダルっとした服の裾が下がる。
「あんたも災難というか、あんなのに巻き込まれるなんてね。これもあいつの仕業だったりするの?」
「さすがにあんな模倣犯も御堂の仕込みってことはないんじゃないかと思うけど」
要はそう言って犬塚を窺うように見る。犬塚は相変わらずの無表情で眉も動かさない。
「兵頭さんは、矢津井や空木が偶然じゃなく襲われたって思ってるの?」
富田が兵頭の様子を窺うように言う。
「別に。あたしだってガチでそう思ってるんじゃないよ。だけどさ、長谷川は殺されたじゃん」
「それは……そうだけど」
「まあ、長谷川が御堂にくっついてて、そのせいでああなっちゃったってだけなのかもしれないし。けど、もしだよ、あたしらが狙われてるっていう可能性はゼロとは言えないんじゃないの」
そして、その「犯人」がこの中にいるということも、か。口に出さずに要はただ心の中で付け加える。
「僕ら元文芸部に犯人がいるなんてことは……」富田が不用意に地雷を踏み。
兵頭は切れ長の目をぎろっと富田に向け、
「そういえば、富田の家ってあの不動産事務所の近くじゃなかった?」
「えっ、それだけで疑う? そんな……」
富田はうろたえつつも、
「それを言ったら、兵頭さんだって長谷川が死んでた廃屋の近くに家ある……」
はあ? という兵頭の高い声に抑えられたように富田は顔を伏せる。なんというか、絵面的にも蛇ににらまれたカエルというか、野ネズミみたいな感じだ。
「あの第二の事件って、あれだけ昼間に起こったやつでしょ。真昼間に事を起こして警察だって現場に駆けつけてくるんだし、そんな状況で逃げるんだったら事件現場の近くにすぐ逃げられる場所があったって考えられるんじゃないの」
兵頭の指摘はそれなりに理はある。実際のところ、警察もその方向性を検討していて、現場周辺の捜査を強化しているという話を要は紙谷から聞いている。
「まあ、それもだけど、毎回事件に遭遇しているっていうほうだって、本当にただ巻き込まれているだけかは分かんないけど」
兵頭の疑惑の矛は要のほうにも向けられている。
「二人が御堂とグルになっていろいろやってたとかそういうのは、考えづらいんじゃないの」富田が控えめに援護してくる。
「どうだか。空木は御堂と気が合ってそうだったじゃん。矢津井は御堂のこと気に食わないようなこと言ってたけど、毎回あいつの犯人当て小説律儀に読んで解答してたの御堂ぐらいだし、わざわざ御堂の家まで書いたものもっていって挑戦するようなところあったじゃん」
確かに矢津井は中学の頃は頻繁に御堂に挑戦するような形で家に押しかけていた時期があったが……ライバル的な認め方と言いたいのだろうが、自分へのも含めて言いがかりに近いとしか思えない。近くにいる分には面白かったが、御堂司と自分はそこまで親しい間柄ではなかった。それは、このメンバー全員がほとんどそうだったはずだ。そもそも御堂もまた、文芸倶楽部の人間たちと特別親しくしようという風には見えなかった。長谷川は勝手に崇拝していただけだ。
「僕と矢津井は御堂と中学以降は付き合いすらないって。まだ、同じ学校の兵頭たちのほうがなんか知ってるんじゃないのか」
要が反撃するような形で聞き返す。兵頭は不機嫌そうな顔で、
「だから知らないって言ってるでしょ。そもそもあいつ自体、高校入ってからああいう集まりには興味なくしたみたいで、あたしたちのことなんか知らないって感じだったし」
もしかしたら、兵頭はそこに御堂に対して含むものがあるのかもしれない。中学時代は、それなりに兵頭も文芸倶楽部の活動に積極的だった。
「それに、あたしは高校入ってからバンド活動やってるから、あいつとほとんど接点ないって」
「麻央、歌詞担当してるんだよね」
ずっと黙ったままだった犬塚がぼそりと言う。
「リョウちゃん、そういうのはいいから」
兵頭は犬塚にチョップする真似をして自分で振った話を切り上げようとする。
「御堂は、新聞部に出入りしていたらしいね」
要は、志帆から聞いた話を振ってみる。
「ふうん、その辺からこの事件の下準備みたいなことをしてたのかねえ……あたしは、新聞部の連中とは親しくないし……」
兵頭の反応は薄く、特に……というふうに富田も首を振る。
「そういう話を聞いたことはあるね」
犬塚はそう言ったが、聞いたことがあるという以上のことは特にないらしい。
「まあ、この事件については御堂が全体像を設計して、それを誰が実行してるのかっていう風に考えられる。そういう方向で、あいつの周辺にいた人間を知りたい」
自分たちの中に「犯人」を求めていない、それを強調するような要の説明に兵頭はどこか警戒しつつも、わたしはそういうのは特に分からないと首を振る。
富田もまた、長谷川以外に御堂の周囲に目立った人間はいなかったように思うと話す。
「そもそもこれは御堂君が始めたことなんでしょ。それを空木君がどうするっていうの?」
犬塚は相変わらずの無表情。黒目がちの瞳は何を語るわけでもなく、ただ要を見据えている。
「別に。僕だって勝手に巻き込まれているだけだ。御堂がやっているのなら、あいつのくだらない企みをやりきる前に暴いてやりたいだけだ」
「結局それも、御堂君の想定したことだとしても?」
犬塚の目は要をただ覗き込んでくる。要はその視線を見返すようにして、
「だとしたら、なおさら自分をまきこんだ理由を知りたい」
犬塚は要の言葉に別に感じることもなく、ただ「そう」とつぶやくように言う。
「図書館でも言ったけど、私は御堂君のやっていることに興味はないし、関わりたくないし、そもそも関係もない。ただ、今回のことでおそらく空木君が本気で関わろうとするかもしれないから、改めて言うけど、そんなことなんの意味もないのよ。むしろ関わらないほうがいい」
「犬塚が言うんならそうなんだろうね。でも、そういうわけにはいかない」
「そうだろうから、みんなと集まってみた。空木君はとにかく話を聞きたいだろうから。でも、みんな特に御堂君のことを知ってるわけじゃないし、事件に有益な情報を持っているわけじゃない」
犬塚はどこまで見通しているのだろうか。彼女には事件個別の具体的な情報はほとんどないはずだ。それでも、要は犬塚はすでに事件の概要をおおよそで把握しているような気がしてならない。それとも御堂の裏にいるのは彼女なのかもしれないという気も、愚考と思いつつわき上がる。しかし、犬塚が言ってることのほうが、結局のところ真実なのだろう。
「じゃあ、一応、言ったから」
そう言うと、犬塚は以前のように一方的に話を切り上げるようにして席を立つ。
「え、ちょっ、リョウちゃん、待ってよ」
兵頭もそれを追いかけるようにして立ち上がり、じゃー、空木、と振り返る。
「あんた、あんま深入りしないほうがいいんじゃないの」
そして、要と富田が残された。富田はどこか気まずそうに鼻を掻いている。
「まあ、犬塚さんの言う通り、僕らは御堂について空木が喜ぶような情報は持ってないよ。言っとくけど、僕だってこの事件に何かかかわりがあるわけじゃないからね」
「とはいえ、御堂に僕の原稿を渡されただろ」
「それは、ただそれだけだよ。てか、あれ空木の書いたやつだったの」
まあ、富田は要と矢津井を御堂の事件に引っ張り組むメッセンジャー役としてまんまと利用された感じだろうが、そのように装って御堂と組んでいる可能性もなくはない。しかし、疑いだすときりがないな……それに知り合いを疑いだすことに罪悪感も感じる。それにしても手詰まり感はぬぐえず、要は飲み終えたアイスティーのコップを傾け、氷をガリガリかみ砕く。
富田はストローでアイスコーヒーの残りをちびちび啜りだし、そろそろ自分も腰を上げようとする。そこで、あ、と気が付いたように、
「そういえば、別にどうでもいいと言えばどうでもいい話なんだけど、また変な噂を小学生たちがしてるのを聞いたよ」
大量自殺の自殺者の生き残りが道化師になって殺しまわっているとかいう噂がそう言えばあったな、と要は半ばどうでもよさそうに聞く。
「まあ、またあの自殺現場についての噂というか、あの鉄塔山に人魂が浮いてるのを弟の友達が夜に目撃したって話。ていうか、そんな話よりも、こんな事件の最中に夜出歩く小学生のほうがかなりどうかしてるよね。怖いもの知らずというか……肝試しに行ったらしいよ」
確かにたわいもなかった。富田もただ思わず出しただけの話だったろうし、要も特にどうということもなく聞き流していた。しかし、ふと、ある可能性に気がつき、要は眉を顰めるようにする。
どうしたの、と怪訝な顔をする富田に、要は口に残った最後の氷をかみ砕くと、ぼそりと言い放つ。
「いや、ただ嫌なことを考えついただけだ」
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