第18話 「捜査会議 その2 振り返り」:早瀬志帆(7)

 元塗装業者の廃屋で見つかった死体は、四ッ谷高校の二年生、長谷川優太であることが確認された。現場から持ち去られていた頭部は、死体発見の翌日になって学校の校庭に遺棄されていたのを、ラジオ体操に来ていた小学生によって発見された。


 頭部はこれまでの被害者たちと同じように焼かれていたため、はっきりとはわからなかったが、解剖の結果と合わせて、おそらく頸部を圧迫されたことによる窒息死――絞殺と推測された。遺体から薬物らしき反応はなし。死亡推定時刻は、発見された日の前日――午後十時から十二時くらいかと思われる。被害者がどこかで殺されて運ばれてきたのか、それともその場で殺されたのかは不明。ただし、首を切ったのは死体の発見現場であることはあきらかだった。


 遺留品は被害者のシャツに貼られていた犯行声明文のほかに、首を切断するのに使った文化包丁やのこぎり、タオルやブルーシート。それから、二本のロープと木の棒でブランコ状のものを作り、その板を両脇に抱えるようにして被害者は固定されていた。


 それ以外に特に目立った遺留品はなかったが、少し不可解な点が一つ――天井の梁から垂れ下がっていたロープは二本だったのだが、残されていたものとは違う形状の三本目のロープが垂れ下がっていた形跡があり、それは何故か犯人に回収されていた。


 それから、死体発見の一報を入れた二人の高校生――要と矢津井は、何度となく発見者となっていることもあって、犯人扱いとまではいかなくとも、さすがにアリバイを徹底して調べられることになった。


「あーもう、チクショウ。参ったぜ。完全に不審者扱いだ」

 矢津井が恨めしそうにぼやく。


 あれからしばらくごたごたして、志帆たち三人が集まったのは長谷川の死体発見から二日後のことだった。志帆と要の伯母の家で矢津井も加えて、スイカを馳走になり、三人は縁側でスイカを片手にだべっていた。


「まあ、しょうがないといえばしょうがないんじゃないの? 警察からすると流石に先回りしすぎな印象を持たれても仕方がないというか……」


 志帆はそう言って、赤い三角形をかじる。普段はやたらとスイカに砂糖をまぶそうとする要がそのままかじっているので、甘さは折り紙付きといっていいだろう。


 要と矢津井にしてみれば、御堂という知り合いの影を辿らされている感じなのだろうが、警察としては、彼らが御堂と一枚かんでいるのか、下手すれば事件を起こしている側とさえ考えられても致し方ないという感じはする。


 しかし、矢津井はそれで一々自重するような感性を持ち合わせているわけではなく、さっそく、紙谷から情報を集めていた。いや、恐らく紙谷からも率先して情報の漏えいがあるのだろうが。紙谷はどのていど期待しているのだろう。確かに、要は以前美術館での殺人に一役買ったんだろうし、今度の事件でも最初の死体の首を発見したわけだし、何かやってくれそうだというのは分かるが。


 その要は当初よりも事件について積極的になっている気がする。今日は話を聞きながら、いつもの気難しそうな顔をより険しくさせている。


「しかし、意外なつながりというか、一応は被害者や御堂とのつながりが見えてきてはいるし、前進はしてるよな」


 矢津井が言うように、御堂と被害者たちのつながりは見えてきている。長谷川の自宅から押収されたノートから、どうも御堂たちが自殺サークルの運営をしていて、今回の大量集団自殺とその埋葬事件のプロデュースというか、管理者まがいのことを行っていたらしいことがはっきりとしてきた。


 しかし、相変わらず、その中心にいたとされる御堂司は行方不明のままだ。


「長谷川が殺されて、御堂は相変わらず行方不明だ。警察としても全力で捜索しているらしいけど、いまだに目撃情報すらなしときてる」


 御堂司が、一連の事件を引き起こしているのか、それともすでに真犯人に殺されているのか――テレビのニュースではあくまで行方不明の高校生だが、ネットでは御堂司犯人説が事実のように飛び交っている。その方が面白いからだろう。しかし、彼一人がここまで姿をくらましながら犯行を重ねてくのはかなり難しいという声もある。共犯者がいるなら別かもしれないが。しかし、そもそも、なぜ、彼が同じ自殺サークルの運営メンバーを殺しまわっているかが分からない。


 犯人のことはひとまず置いておくとしても、第二の事件の密室をはじめとした不可解な要素も説明がつかないままだ。こうやって三人集まって、これまでの情報を共有してみるものの、考えは堂々巡りするばかりで、どうにも先に進みそうもない。ただスイカだけが静かな音を立てて減っていくばかりだった。


 結局、議論も尽き、セミの声を聴きながら、縁側からよく手入れされた庭を見ているだけになってしまっている。奇麗なヒマワリが大きく咲いていて、黄色い花びらがまぶしいくらいだった。


「うーん、どうにもわからん」


 矢津井は放り出すように言って、後ろに倒れこむ。そのまま縁側から突き出した足をバタバタさせるのだが、なんだか瀕死のバッタがひっくり返っているようで、ちょっと動きが気持ち悪く見える。


 相変わらずのじりじりとした暑さに抵抗するように、三人のシャクシャクとスイカをかじり、汁をすする音だけが沈黙を埋める。そして、そのスイカの冷たさだけが、静かに浸みていく。なんか雰囲気で縁側で食べようなんてことになったのだが、正直クーラーのきいた室内で食べた方がよかったのではないか……そんなことが志帆の頭の中で大きくなっていく。


「世に影響を与えたい――それってどういうことなんだろうな」

 ふと、要がぼんやり言うのが聞こえた。胡坐をかいて手に持ったスイカの黒い点を見つめるようにしている姿は、どこか遠くを見るような感じだった。


 世界に影響を与えたい――それは、発見された長谷川のノートに走り書きされていた言葉だった。どこか、彼らの動機の象徴としてテレビでは取り上げられていたが、ネットではいささか嘲笑気味な扱いだった。


「なんか、あれ、長谷川というより、御堂の言葉っぽくないか。てか、そんなことを昔言っていたような気が」


 矢津井はそう言って起き上がると、続けて、

「うーん、やっぱり御堂が死んでいるっていうのもな。とはいえ、生きてたとしても俺は……あいつが自分で殺しまわっているとは思えないけどな。犬塚が言ったこともあながち的外れじゃない気はするぜ。あいつの行動原理が退屈しのぎってことはそうかもしれないし、行き着く果てがそうやって世の中を騒がせて眺めてみたいってことかもしれない。どちらかというと、自分で手を下すよりは、他人を操ってやらせるほうがあいつらしい」


 そこで矢津井は言葉を切ると、新しい三角形の頂点をかぶりつく。


「操るねえ……」


 要は特に矢津井に賛同するわけでもなく、ただ自分が気になったらしい言葉を繰り返す。要は御堂が事件にどう関わっているのか、測りかねているようだった。それは志帆もそうで、すべての発端らしいその少年が、しかし、どういう役割をこの事件で演じているのか、どうもよくわからない気がしている。犯人なのか、裏ですべてを操っているのか、はたまた誰かに利用されているのか……。


 一度しか見たことがない、あの奇妙な笑みを口の端に張り付かせた少年。記憶の底に眠っていたはずの、そのおぼろげな姿のまま、それは志帆の中で大きくなっていくのだ。どこか奇妙な怪物のように。


 それにしても、要と矢津井は新たな事件をどう思っているのだろう。はっきりと昔の知り合いが殺されたことが明らかになったことについて、二人はあまり顔に出していない。


 殺された少年――写真で見た限りでは、陰気だが割と我の強そうなメンバーにあって、どこか自信なさげな、あいまいで卑屈っぽい笑みを浮かべていた少年――それが、志帆にとってのすべてだ。


 セミの鳴き声が一斉に止み、突如として真空めいた沈黙が生まれる。そこへ矢津井が言葉を放り投げるようにして、

「長谷川はさ、いつもボソボソしゃべって暗い奴で、特に好きってわけでもなかったし、御堂の尻馬に乗ってばっかの自分のないやつだったよ。だけど、別に悪い奴じゃなかった。あいつが殺されるなんてな――」


 それだけつぶやくように言うと、口を閉じた。


 知っていた人間の死の理由が知りたいのだろう。矢津井としては、より事件を追う動機が強まったのかもしれない。それはたぶん、要もまた同じなのかもしれなかった。


「ともかくだ、事件の糸口としては、やっぱりあの密室の謎だろう。特にあれが警察に密室だと認識されていない以上、それを密室だと知る俺たちがあれを攻めるべきだぜ」


 矢津井はやはりというかそこにこだわる。志帆としても、わかりやすい謎から手を付けていくのは悪くはないと思う。しかし、どうもその謎が壁になっているのである。


「うーん。でもさあ、正直なところ、なんか思いつく?」とりあえず訊いてみるが、

「それは……」

 矢津井もやはりというかそこで固まる。


「いやまあ、簡単にわかったら苦労しないし」

 ごまかすように言うと、そのまま考え込むように腕を組んでしまう。正直なところ、密室そのものに囚われすぎなんじゃなかろうか、と志帆は少し思い始めている。しかし、自分たちしか知らない謎を目にすれば、それを解きたくなるのは致し方ないことではある。


「まあ、トリックそのものもいいんだけど、もうちょっと他の――なんだろう、状況整理とか犯人の動きとかから検討し直していったらどうかな」との志帆の提案に、

「そうだな、もう一回あの時の状況を整理してみるか」

 矢津井はそう言って、頭を掻きまわしながら、

「ええと、とりあえずは再現していくか。俺たちが事務所の入り口から二番目の部屋のドアノブをガチャつかせた後、何かが動くような音がして、窓ガラスの割れる音がした。それから静かになった。で、俺たちがドアにぶつかる。押し破ると死体と切断され、薬品で焼かれた頭部が置いてあった。そして、窓ガラスを割ったはずの犯人は消えていた」


 矢津井はさらにガシガシ頭を掻きまわし、

「残されていたクラブで窓をたたき割ってからの犯人の動きとして、とりあえず二通りの可能性が考えられる。一つはそのまま窓から外に出る。もう一つは隣の部屋につながるドアから一番奥の部屋に抜ける可能性だ。まず、窓から出て行ったと考えると、いったん外に出て窓枠とかに足をかけながら窓を閉め、その後割ったガラスの穴から手を入れて鍵をかける。そして、その後の行動としては上か下かだが――」


「やっぱり上はないんじゃないの。確かに向かいの空き家のアパートとはそんなに離れていなかったし、屋上部分から垂らしたロープに飛び移って登るとかできるかもしれないけど、時間的に無理だろうし。そんな痕跡もなかったんでしょう?」


 志帆が確認するように言うと、矢津井も頷くように、

「ああ、向かいのアパート屋上から部屋の中が見えるくらいは近いらしいが、手すりにロープを結び付けたといった痕跡はなかったそうだ。第一あの時間じゃあ、俺たちに登ってる途中を目撃されるという間抜けな結果になってただろうな」


「だよね。じゃあ、下に降りたかってことになるけど、それだとやっぱり下はコンクリートだから、飛び降りたら結構な音がするだろうし、警察が言ったように、いったん窓枠に手をかけてぶら下がって、それから飛び降りたとして、それでも高いから音はすると思うけど。百万歩譲って私たちが動転していて聞こえなかったとして、カナと矢津井君がドアを破った直後にすぐ割られた窓の下をのぞいたわけでしょ? アパートの脇とかを通って行ったはずなら見えたはずだし、事務所の下を通って通りに出たなら、私が廊下の窓から目撃したはず」


「ということは、隣の部屋へのドアを通り、その部屋の入り口から廊下側へ回りこむことになるが――」


「それだとやっぱり、私が廊下にいたから無理だと思う」


 矢津井の言葉を引き取った志帆は、やはりそこで袋小路にぶつかることを確認しつつ、同時に自分の立ち位置のまずさみたいなものもあらためて感じてしまう。


「……何度も言うけど、私が共犯者とかはナシだからね」

「わかってるっての。早瀬共犯説が最適解な気がしないでもないが、早瀬が共犯者だったら別に窓から外を見てたなんて証言する必要はないしな。何より状況にそって考えた結果として順当すぎてつまらんし」


 矢津井の言いぐさはフォローになっているのかいないのか。


「うーん、しかし、そもそもが不自然すぎるんじゃないかなあ」

 スプーンを使っていちいち種を取るのに忙しい要が、ようやく口を開く。

「そもそも、この密室状況っていったい何なんだ? 前も言ったけど僕らを呼び出すのはまあいいとして、わざわざ密室内での消失パフォーマンスをする必要がどこにある? しかも警察側には失敗してることにされてしまったし」


「いやだから、そこは前に早瀬が推理したようにわざとなんじゃないのか? 警察に対しては窓から逃げたということにしておきたかった。それを含めて計画通りというわけなんじゃないのか」


「よく考えたら、そこも変だと思うんだよ。そう思わせたいなら、窓に鍵なんかかけなければいいことだろう? そうすればよりスムーズに窓から逃げたってことにできるだろうに」


「いやまあ、そこはストレートにやるよりは、策を弄したということを意識させて、でも失敗して見抜かれたっていうほうが、よりミスディレクトとして強固なものに……」


 矢津井がかなり苦しい、かつ回りくどい言い訳をする。要は首をひねりつつ、

「やっぱりさっさと逃げるべきなんだよ。留まってまでトリックを弄する理由がよくわからない。それこそわざわざ僕らにパフォーマンスを見せるために留まったぐらいにしか考えられないが……」


 それはそれで、かなり不自然な話ではある。しかし、志帆としてはわざわざパフォーマンスをして見せた――つまり、ピンポイントで不可能性を見せることが、ある種の目的なのではないのか――という考えがもたげ始めていた。それは、カンのようなものではあったが、志帆としてはどこか、そのほうがしっくり来るような気がしていた。


 もしそうでないのなら、そこに留まらざるを得ない理由ができ、かつ何かの偶然か何かで、結果的にあのような密室と非密室の重ね合わせのような事態が生じてしまったのか。まあ、それはそれでまた、奇妙なことだと言わざるを得ないが。


「あー、いちいち理由だとか考えるからおかしくなるんじゃないのか。やっぱ、そんなことより、密室トリックそのものを暴くべきだろう」


 矢津井は要のこだわる状況の不自然さにいい加減うんざりしたようだ。結局焦点がトリックに移る。志帆としても矢津井の即物的な、というか、とりあえずはトリックそのものから攻めていくほうが、まだスマートなのは分かる。とはいえ、やはりその分ストレートに壁にぶつかってしまうから周囲から考えようというのだが……これふでは堂々巡りだ。


「そういえば、まだ遺留品について考えてなかったじゃない。それについては?」

 志帆の提案を、渡りに船とばかりにすんなり頷く二人。志帆は携帯端末を取り出して、矢津井から聞いてメモしていたことを確認する。


「ええと、まず死体の首を切断した包丁やのこぎりね。これにはもちろん指紋はついていなかった。切断された首は持ち去られてなくて、その場で燃やされてたというか、この時に限っては薬品で焼かれていた……顔から首全体にかけて念入りに」


 あの時のにおいの記憶が鼻腔をかすめ、少し吐き気がよみがえてきて顔を顰めつつ、志帆はこれまでわかっていた情報を整理する。


「……それから、窓ガラスを割ったクラブ。机と窓から見て右側の壁の間に落ちていて、これにも指紋はなし。先端部分にはガラス片が挟まっていて、そのクラブでガラスを割ったとみられる。それから奇妙なのが死体のあった部屋の廊下側ドア――その室内側のノブに赤いビニルテープが貼ってあった」


 そういえばあのテープもなんだか意味不明な痕跡だった。


「ええと、貼ってあったところはノブのつまみ――当時は鍵が掛かっていたから横になってたので、それと十字になるようにだから縦だね――ツマミには触れないように縦に貼ってあった。で、もう一つがトイレの一斗缶で焼かれていたロープ。ロープは一メートルほどのしっかりしたもの……うーんとまあ、こんなもん?」


 志帆のまとめを確認するように、だな、と矢津井が頷いた。

「薬品で焼かれた首や燃やして処分しようとしたロープも気にはなるが、俺としてはやっぱビニルテープだな。何かの仕掛け――その跡と考えたほうがいいとおもうけどな、俺は」


「まあ、確かに何か仕掛けの痕跡らしきものに見えるけど……そうだとしたら、やっぱり機械的なトリックの痕跡かな?」


 機械的トリック。いわゆる針と糸のトリックというやつだが、しかし、こんなにもあからさまな痕跡が残されていると逆に怪しくも感じる。が、そこはいったん置いておく。


「そうだなあ、まず考えられることは、それらが何らかの形で連動してクラブをぶっ飛ばして窓にぶち当てるというトリックだが……」


「まあ……それを真っ先に考えちゃうよね。そうすれば、もともと犯人が中にいなくていいし、簡単な形で問題は解決するし」


 とはいえ、具体的な仕掛けとは? という段階に至ると思いつきそうで何も思いつかない。


 しばらく、志帆と矢津井は考え込むようにこめかみに指をあてたり、頭を抱えたり、上を見上げたりしていたが、どうにもいい知恵が出てこないまま、結局スイカをやたらかじることになった。


「うーん、なんか動力がないんだよな。クラブを飛ばせるだけの強い動力というか……。俺たちがドアを破ることで何かが発動するにしても、そもそも窓が割れたのは俺たちがドアを破る前だしなあ……」


 何か強い力――定番だとゴムとか水車の力とかだが……しかし、もちろんそんなものはない。


「しかも、拓人さんの話だと、クラブに何らかの仕掛けの跡とかはなかったらしいからなあ。やっぱり誰かがあのクラブを手に取って窓ガラスをたたき割った――それしかないんだよな」


「まったく、いかにも思わせぶりな手掛かりの割には、なんだかんだで意味不明じゃない」


 志帆は愚痴く言い捨てる。結局、ほかの二人も同じようで、テープは保留で他の手がかりの検討に入っていく。


「ロープといえば、長谷川の現場では確か、ブランコ状に板と長谷川をぶら下げていたやつのほかに、それとは異なった形状のやつが下げられていた形跡があって、それは回収されていたんだっけ」


 要は首筋に手を当てたまま、だれとはなしにそう言って、

「一方ではロープは回収され、一方ではその場で焼やされて残っていた……この違いは何だろう?」

 それからさらに続け、

「首もそうだ。毎回焼いてるわけだが、バラバラ死体と長谷川の場合は切断された首をいったん持ち去った。でも僕らを事務所に呼び寄せた事件では放置している。しかもこの時は薬品を使って首を焼いている」


「事務所での場合、白昼堂々持ち歩くってのは、あまりにもリスクが高すぎるって判断じゃねえのかな? 首を薬品で焼いたのも、燃やすとさすがに危険だと判断したんじゃねえの」

 矢津井の意見に要は頷きながら、

「まあね、それはあるだろうね。そもそもがリスクのある真昼間での事件だし、首を燃やしたり持ち歩くのは危険だと判断するのは当然と言えば当然なんだけどね……ただ、あの事件においてロープは放置していく必要があったのか――あれはあの場で焼かなくても、持ち去ればいいような気がする。首とは違って、特に持っていてまずいものじゃないし」


 そういえばあのロープ――と志帆は事務所に残されていたそれに思いを巡らす。今のところ何に使われたのかわからないし、殺害に使ったにせよ少々長すぎる。何らかのトリックの手がかりか、それとも単なる目くらましの手がかり……なのか。第三の事件では、被害者の長谷川をつるしていたものとは別の第三のロープを回収していたということで、なんだかよくわからないことになっている。


 まったくかみ合いそうにないパズルのピースをひねくり回し、あげく散乱させたままになっているという感じだ。何も絵が浮かび上がってこないまま、三人の間で苛立ちだけが募っていくばかりになる。


 しばらくして、要がぽつりとつぶやいた。


「……やっぱり、僕らの中に犯人がいると思うか?」


 矢津井に向けられた言葉。向けられた側は、どこか固い響きを含め、応える。


「そりゃあ、あいつらとはもう何年も会ってはいないし、今では特に友達ってわけではないけどさ……ただ、殺したり殺されたりするような奴らじゃなかっただろ?」


「その考えは、あまり意味がないのかもしれない」

 要はただまっすぐ、青い空に広がる入道雲を見つめ、少し間を置く。

「……とりあえずは手掛かりから事件の道筋をつけるだけだ。その結果まではわからない。そもそも、それができるかすら、分からないけど」


 保留しながらも、要はしかし、事件について積極的に考えていく意志を見せていた。今まで、どこか迷っていたような要だったが、どこか決心したような表情を見せている。それはやはり、実際にかつての知り合いの死体を見たことによるのかもしれない。


 気難しげな顔の要を見ながら、一方で志帆はどこか後ろめたさが忍び寄りつつあった。自分はやっぱり部外者なのだという自覚。紙谷が言ったように。たとえ巻き込まれたとはいえ、メディアを介して見ている人間たちと同じ……。


 事件はいよいよ大々的になり、町はマスコミ関係者の姿が目立ち始めている。そんな町の雰囲気に不安をのぞかせ、いらだちと恐れを口にしつつ、みな次は何が起きるのか、どこかそんな期待を、神妙な顔の裏側に張りつかせている。もちろん、それはこの町の人間だけではない。この事件を外から眺めている人間たちは、ほとんどそうなのだから。


 町はすでに、一つの大きなサーカス小屋と化している。


 次はどんな出し物が出てくるのか、期待している観客のたぶん一人であること――それを自覚してしまうから、志帆は真相をとにかく突き止めたいと思いが強くなる。それが傍観者という自覚への言い訳めいた考えであることは分かっていたが、それでも、そう思わざるを得ないのだった。

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