第10話 「噛み合わない取り調べ」:空木要(7)
「やあ拓人さん、早かったじゃん」
矢津井が紙谷に向かって手を挙げる。紙谷は少々あきれたような顔で、
「さっきのいまで、君らもよく巻き込まれるな……」
若干、胡散臭げな紙谷に、矢津井はあわてたように詳しいいきさつを説明し始めた。
「……なるほど、犯人から御堂司のものらしい携帯で要君にメールが来たわけか。まあ、とりあえず中を確認してくるから、三人はそこにいてくれ」
そういって、現場を見に階段を上がっていく。三人は黙ったまま、そのまま待機することになる。
あれから、要も矢津井も言葉を交わすことなく、考え込むように、その場で立ったり座ったりしていて、そんな二人を志帆がどこか所在無げに眺めている。しばし、停滞したような時間が流れていく。
やがて、検分を終えたらしい紙谷が下りてきた。
「相変わらずひどいな……で、被害者に心当たりはあるか?」
「空木とも確認したけど、御堂じゃねえ……とは思う。けど、誰なのかは俺達にも分かんねえよ」
矢津井の返事に、紙谷はそうか、と軽く頷く。
「しかし、暑いしひどい臭いだ。今回は火でするのは避けたが、なんで首なんか焼くかね」
警察署から近いとはいえ、この暑さのなか急いできたのだろう。おまけに駆けつけたらアレだ。額を拭いながら、持ってきたらしいステンレスボトルをあおり、一息つく紙谷。そこでふと要たちに気を使ったのか、飲み物買ってこようか? と聞いてきたが、三人とも首をふる。
「で、状況をもう一回説明してくれ。犯人が消えたっていうのはどういうことなんだ?」
それには矢津井が率先して説明を行った。
「――なるほど、矢津井君の話を聞く限りでは、犯人が消えたといえなくもないか。それを示唆するような犯行声明も残されたわけだが……」
別に要や矢津井の証言を信じていないというわけではなさそうだったが、紙谷の表情はどことなく思案気であった。それはこれから起きる面倒な事態の予兆であったことを、要は気づくことができなかった。
「だから、ちゃんとドアも窓も鍵が掛かっていましたって」
矢津井が、先ほどから何度も繰り返していることをまた繰り返した。
さっきからずっとこんな感じだ。主任警部――要にとってあの美術館の事件で以来の柿本警部――直々に聴取を受けているのだが、どうもだいぶ前から堂々巡りが続いている。場所は再び
まず最初に何故あの現場にいたのかということをしつこく聞かれた。犯人からメールが来たからだと要は説明し、自分の携帯も見せたのだが、それでもどこか胡散臭げだった。しかし、現場に残されていた携帯端末の履歴から事実であることが確認され、とりあえずは事実だと理解されたようだった。
あの後、なかなか警察は迅速な動きですぐに非常線が張られ、周囲の不審者の捜索が始まっていた。しかし、今のところその成果があった様子はない。
紙谷とはあれ以降、接触することはかなわず、周りが暑そうにしている中、ダラダラとボトルをあおっているのを見たきりだ。あんなことをしているのは紙谷だけだったためよけい悪目立ちしていた。
「なるほど、それで野次馬根……いや好奇心を発揮して現場にたどり着いた、と」
柿本警部は五十代中ごろの胡麻塩頭で、背は低いものの恰幅のいい押し出しの強そうな体つきをしていた。どこか皮肉を帯びた、しわの寄る目で要たちを油断なく観察し、志帆はその視線を不快そうにして、さっきからそっぽを向いている。要も警部の視線を戸惑いながら受け流し、応対は二人とももっぱら矢津井まかせになっていた。というより、矢津井がやたらと警部に向かって自説を主張しているという感じなのだが。
「真ん中の部屋のドアには鍵が掛かっていて、そこを叩いていたら物音がしてガラスの割れる音がした。で、押し入ってみると誰もいなかった……と」
柿本は、あくまで一定のトーンで律儀にふんふん頷きながら矢津井の証言を繰り返している。
「本当ですよ。で、窓とかは全部鍵が掛かってたんです。繋がっていた奥の部屋の窓もですよ。奥の部屋の入口には鍵はかかってませんでしたけど、廊下には部屋に入らなかった早瀬がずっといましたし」
「で……?」
柿本は一瞬うんざりしたような表情を見せたが、矢津井は特に気づいた様子もなく、なおも熱を持った口調で主張を繰り返した。
「だから、踏み込む前に犯人が部屋の中にいたんですよ。机のわきにクラブが落ちてたでしょう? あれで叩き割ったんだ。そして、俺たちがドアを蹴破ってみると、消えてたって……これ、何度も言ってるじゃないですか」
矢津井はもはや口から泡でも飛ばすような感じになってきている。
「つまり、鍵のかかった、かつ衆人環視の密室だったわけですよ!」
警部は特に興味の無さそうにふんふん頷きながら、
「で、踏み込んだ時に窓は割れていたわけだな」
「そうです。でもですね、何度も言いますが窓の鍵は閉まってましたよ。しかも割れた穴は、鍵から結構離れてましたし、そこから飛び降りたなら音がしますし、絶対気がつきますよ。でもそんな音なんかは聞こえませんでしたけどね!」
いったい何度繰り返してるんだろうか。しかし、柿本は相変わらずどうでもよさそうである。
「なるほどねぇ。で、死体を発見したわけだけど、びっくりした、とういか動転したんじゃないかね」
「はあ……」
今度は矢津井がめんどくさそうな返事をする。
柿本はそこで少し声を大きくした。
「びっくりしなかったかな? あれを見て?」
これはさっきから何度となく繰り返されている質問だった。矢津井は「いや、それより犯人の行方が気になって、窓に飛びつきました」と繰り返していたが、さすがに若干うんざりし始めたのかついに、
「えっとまあ、びっくりはしましたよそりゃ……でも……」
矢津井を無視して柿本は即座におっ被せるように割り込む。
「びっくりして、つまり動転したわけだ」
「いや、そうかもしれないですが……」
勢いを切り刻まれるような形だったが、それでもなお続けようとする矢津井。しかし、柿本はもはや取り合う様子はない様だった。
まあ、言質を取ったしな……。要はなおも密室云々を言い募る矢津井をぼんやり見ながら考える。びっくりしていた――つまり動転していたということは、死体にパニックをおこして音なんか頭に入らなかった可能性がある、というわけだろう。
だいたい密室だとか犯人が消えるとかそんな高校生が訴える馬鹿げた話より、割った窓から逃げた、という考え方がずっとシンプルだし、何より現実的だ。音がどうとかはいってみれば要たちの主観みたいな話でしかない。音がしなかった、ということを証明することができない以上。しかし、しなかったことは事実なのだ。
「で、君たちが現場に来たとき、誰も見なかったのかね」
「だからみませんでしたって。いや、犯人はいましたよ、でも消えたんだ」
孤軍奮闘する矢津井だが、多分そういうことはどうでもいいのだ。
「御堂司から連絡が来たんだったそうだね」
唐突に柿本は言う。目は要の方を向いている。
「ええ、まあ。でも、御堂はいませんでした。あの死体が御堂かどうか、詳しいことは警部さんたちの仕事でしょうけど、僕としてはあれは御堂ではないと思いますけどね」
言ってしまってから、最後は余計だったと思う要だったが、後の祭りだった。
「首があんな状態だったが、それでもわかったわけだ。聞いたところ、中学以来会っていないということだったがね」
じりじりとした時間が暫らく流れる。要の顎をつたった汗が、机の上で跳ねた。柿本はもう一つの可能性についても追及したいらしい。要は先手を打つことに決める。
「警部さんは僕らが御堂に会ってそのまま逃がしたとか、そんなことを疑ってるんでしょうけど、会ってなんかないです。別にかばい立てする関係でもないですし。
死体が御堂じゃないっていうのは半分勘みたいなものです。」
「友達だったわけだろう」
目を覗き込んでくるような柿本の瞳を、要はじっと見返すと、ただ首をひねるようにして、答える。
「まあ、知り合いですよ、昔の」
「そうですよ、別にそんなに親しいダチってわけじゃないですよ」
矢津井が割り込むようにして柿本にまくし立てる。
「まあ、変な奴でしたし、あいつが人を殺し回ってても別にまさかあいつが、なんて俺は思いませんよ。あいつのことをかばう義理なんかないし、はっきり言ってあいつが犯人なのかもしれない。とにかく、御堂に現場で会ったりなんかしませんでした」
警部の疑いについて、矢津井はどうでもいいとばかりに勢い良くしゃべると、
「そもそも誰にも会ってはいませんってば。でも、誰かいたってことは確かですよ。それが御堂かどうかは知りませんけど。でもいたんですよ。そして、消えたんです」
矢津井は最後まで食い下がり、自分たちが遭遇したのは、密室状況であり、犯人らしき人物がそこにいて、自分たちが押し入る前に消えたのだ、ということを繰り返し主張したが、最後にはただ徒労感に飲まれていくしかなかった。
そうして、一方的な聴取は要たちに敗北感のようなものを植え付けて終わった。
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