死人とサーカス
カワカミ
閉演後のモノローグ
事件は終わりを迎えた。
いや、本当のところ、この終わりは最悪の始まりに過ぎないのだけれど、人々はそう認識するだろうし、そのようにして終わっていくのだろう。それが、どんなに恐ろしいことかも知らずに。
志帆は独り、河川敷の土手に腰を下ろし、暮れゆく空を眺めていた。琥珀色した空――その東の端はすでに薄い膜の様な青が伸び、小さな星が白い砂のように散っている。
これでよかったのだろうか――。
もちろん、そんな問いは当の要が一番よく分かっているはずなのだ。事件のこの結末について、すべてを推理したのは要であり、結局のところ自分はほとんどただの傍観者だったのだから。
ただの傍観者。初めから終わりまで志帆はそうだった。だから要の決断について、尊重はしている。これからやろうとしていることに協力もしよう。ただ、正しいのかどうかは分からなかった。そもそも何が正しいというのか、志帆には分からないのだ。
狂騒する世間の片隅で行われた謎解き。それによって志帆はその外部に放り出されたまま、呆然と立ち尽くすしかなかった。
知らないことが罪だというのならば、はたして知ることが、罰になるのだろうか。
答えは出ない。ただ、言い様のない違和感、もしくは気持ちの悪さが心の奥に引っかかっている。
琥珀色の空が怖かった。それは、自分たちの相も変らぬ様を突きつけてくるようであり、これからもまた、そこに閉じ込められたままであることを、予告し続けているようでもあったからだ。
私たちは道化のまま、ただただ、笑い続けることしか出来ないのだろうか。
どっとわく哄笑が聞こえた気がした。一体、今度は誰を嗤っているのだろう。
家々には明かりが灯り始め、河川敷でキャッチボールをしていた少年たちが、そろそろ帰ろうか、と言い始めている。犬を連れた若い女の人、並んで歩く老夫婦。穏やかな人の流れ。それが、今の志帆には単純に怖かった。
これからどうなるんだろう。そう思いながらも志帆はどこか確信している。結末はあの人が言う様に決まっているのだろう。私たちはきっと最悪の選択をする。
それでも要はやるといった。私たちの善意を信じているわけでもない。そもそも一体何を、誰を、どのように信じるというのか、信じられるというのか。彼の言うように時間はまだある。しかし、そこに希望があるのかは、志帆にはわからない。それは多分、要にもわからないのではないだろうか。いや、むしろそんなものはもともとないのだろう。
志帆は顔を伏せる。答えを持ち合わせることができない自分が、ただ悔しかった。
サーカスは終わった。しかし、今度は新たなサーカスが始まろうとしている。正義を疑うことのない人々によるそれが。
道化師が作り上げた檻の中で、ただ煩悶することしか、今の自分には出来そうもない……。
だから、志帆はどうしてもそう口にしてしまうのだ。
「これで、よかったのかな……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます