8.お嬢様のはじめてを逃しました

「それと……そのけだ……子犬、違う子猫か。その子猫と一緒に眠るのか?」


 そっとこの白い毛玉が子猫であることを告げましたところ。


 普段どんなことがおきましても毅然とされている旦那様から、大きな動揺が伝わってまいりました。

 お嬢様のどんなささやかな願いでも叶えたいと待ち構えていた私たちもまた、各々頭の中で葛藤していたものです。


 言ってしまえば相手は獣。

 いくらお嬢様の小さな両の手のひらに乗るサイズであったとしても、お嬢様を傷付けない保証はございません。


 けれどもお嬢様が。


「やっぱりいけないことかしら、おとうさま……」


 潤んだ瞳で見上げられた旦那様が即陥落なされたことは言うまでもなく。

 若様も膝を着いたまま、「父上、シアのお願いを叶えましょう!」と叫んでおりました。

 私共など言うまでもなく、誰も反対意見を口にする者はございません。


 こうしてお嬢様が子猫とその夜を共にすることは、決定事項となりました。


 直後の対策会議ではそれはもう意見がぶつかりあって白熱したものですが、結局誰か大人が側にいて守るしかないという結論に至りまして。

 その後はその役目を誰が担うかという問題で大きく揉めましたが、若様が共に眠る、いや、旦那様が、と最終的にはお二人が言い合いになられてしまいましたので、私共は泣く泣く結論を待つことにいたしました。


 そしてこの夜、旦那様のお部屋のベッドにて、旦那様と若様、お嬢様の三名がご一緒にお眠りになられたのです。

 旦那様のベッドは広く、若様もお嬢様もまだ小さいお身体でしたから、その点で問題はありませんでしたが。

 慣れない人間が三人もいて子猫がどうなるか、それは気がかりで、私共も交替で見守りたいと申し出たのですが。


 旦那様にすげなく却下されまして、嫌々と、いえ、渋々と、いえ……当然のこととしてご命令に従いました。

 それで私共はお部屋の外の廊下にて自主的に待機する運びとなったのです。


 えぇ、とても残念でしたよ。

 お嬢様がはじめて子猫と共に眠るお姿、しっかりとこの目に焼き付けて心に刻んでおきたかったですのに。




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