7.お嬢様のお願いが止まりません
そうして屋敷に戻りますと。
小さな腕にそれまた小さな茶色い塊を抱いたお嬢様を見ては、胸を押さえながらも同僚たちが私を責めようとしたのですが。
「わたしがマリーにわがままをいったのよ。おねがい、ゆるして?」
お嬢様の一言に、どの者も撃沈し、何も言えなかったのです。
それでも私どもは部屋に入れるならばと、お嬢様にその毛玉を洗うことをご提案しまして。
急いで猫の世話に詳しい者から情報を集めまして、ミルクやら毛布やらと慌ただしく用意することになりました。
その間だけ預けて欲しいとお願いしたのですが。
お嬢様はお世話もご自身でしたいと仰り、えぇ、またどの者もお嬢様の言葉に従う道しかございませんで。
そうしてお嬢様の手ずから洗われた毛玉は真っ白に変わりました。
洗われている間、一度も暴れない賢い子猫だったことには、同僚たちと共に心から安堵していたことを覚えています。
それは旦那様と若様が一緒にお戻りになってからのことです。
「おとうさま、おねがいがございます」
玄関でお出迎えされたお嬢様の最初のお言葉でした。
「ぐっ」
「シアっ!」
旦那様は胸を、若様は口を押さえて、感動しておられたのですが。
先に我に返ったのは、旦那様でした。
「おぉ、お願いか、シア。何でも言ってみなさい。お父さまがシアの願いを叶えてみせよう」
聞く前にそのように答えてしまうのですから。
さすがはお嬢様のお父上様だと、一同敬意を持って旦那様のご決断の行方を見守っていたのですが。
このときの旦那様は、まさかお嬢様のはじめてのお願いを、私が頂いてしまったことは知りません。
ですから、それは嬉しそうに破顔しており、いつもの公爵としての溢れんばかりの威厳は隠されておりました。
そのように何でも叶えようと願い事を待ち受ける旦那様を前にしても、慣れていないせいなのか、お嬢様は手の中で眠る子猫を撫でながら、自信がなさそうに声を落として言われたのです。
えぇ、そんなお嬢様の可憐でいじらしいお姿を拝見したのも初めてのことでした。
私含め、倒れずに耐えた同僚たちは、このときばかりは褒められたものかと思います。
すでに若様は玄関で膝を着いて、口を押さえて震えておりましたから。
「おとうさま。このこのおかあさまがいらっしゃいませんでした。ですから、さびしくないように、こんやはこのこといっしょにねむりたいのです」
旦那様は、そのときになってお嬢様の手の中に何か居ることに気付きました。
初めてお願いを口にするお嬢様のお顔を心に刻もうと、お嬢様の顔ばかり凝視していたせいでしょう。
えぇ、本当に旦那様ははじめてのお願いをご自身が受け取ったと信じていたのです。
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