6.お嬢様のはじめてを頂きました

 お嬢様が何かに強いご興味を惹かれることは当時の私共にとっては一大事です。

 いえ、今でも一大事には違いありません。


 お嬢様のご興味はいつでも私共の最優先事項ですから。


 そこで庭師は言いました。


「子猫でしょう。つい先日、親子で歩く姿を見掛けましたからな」


「こねこ、ですか?」


「猫の子どもですよ。これだけ鳴いているのは、親猫と離れたのかもしれませんなぁ」


 ますますお嬢様は興味を惹かれたようでして。


「マリー、こねこをみてきてもいい?」


 私にそう問われたのです。

 これが私への『はじめてのおねがい』というものでした。


「もちろんでございます。ご一緒いたしましょう」


 すっかり興奮してしまった私は、恥ずかしながらお嬢様と共に声がするほうに近付くことにしたのです。

 庭師もまた後をついてきました。

 庭師と言いましても公爵家に仕える者は皆鍛えておりまして、何かあったときのための護衛役も任されているのです。

 えぇ、もちろん。私も日々鍛錬を重ねておりますよ。


 そういうわけで、相手が子猫であれば問題はないと、私も軽く考えていたのですが。



 隠れたかったのか、それともたただ草花に隠されただけなのか。

 大人の広げた手のひらほどの小さな毛玉は、奥の花壇の草花の隙間からすぐに見付かりまして。


「お嬢様、危険があってはなりませんので──」


 先に私がそのものを確認しようと思っていたところです。

 土に汚れていたと分かったのは後のことになりますが。

 茶色く濁った色をした小さな毛の塊を、お嬢様は私が言い終えるよりも前に両手で持ち上げておりました。


 こんなこともはじめてでしたので。

 感動しつつも、危機を感じた私は大変慌てていたのですが。


「マリー。とてもあたたかくてかるいわ。これがこねこなのね」


 お嬢様はきらきらと輝く瞳で私を見上げられました。

 そのように瞳を輝かせたお嬢様を見るのは、はじめてのことでして。


 しかしながら危険があっては大変ですので、私は自身を諫めながら言いました。


「お嬢様、小さくも獣ですし、危ないこともございますから──」


「ねぇ、マリー。このこのおやはそばにいないみたい。このこをつれて、おへやにもどってもいいかしら?」


 はじめてのお願いに続く「二番目のお願い」にくらくらと眩暈を感じ倒れそうになった私は、ついその場でよく考えずに頷いてしまったのです。


 えぇ、侍女として、厳しいお言葉を掛けねばならないところでしたのに。



 うるうると潤んだ瞳は、断れば今にも泣き出しそうで。

 その小さな手でしっかりと胸に子猫抱いて、肩越しに見える花壇の花々は一層お嬢様を美しく可憐な存在に引き立てておりました。


 そんなお嬢様に見上げられ、誰が正気でいられるでしょうか?



 庭師もまた、同じように役に立たない状態に陥落しておりまして。

 私共はただただお嬢様の僕となり、子猫を抱くお嬢様と共に邸へと戻ることになったのです。


 邸に戻るまでにお嬢様の小さな腕の中にいる小汚い子猫に気付き顔を顰めた同僚たちも、次々と胸を押さえて固まっておりましたとも。

 お嬢様がこれほど豊かな笑みを見せてくださいましたのも、はじめてのことでした。


 まさに天使。いえ、もう天使以上でして。言葉にすることも憚れるような神々しい笑顔だったのです。




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