5.お嬢様の記念すべき瞬間を目撃しました

 え?なんです?

 顔がにやけて?

 嬉しさが隠し切れていないような?


 これは申し訳ありません。

 感情を表情に出さないよう日々訓練しておりますが、お嬢様のこととなるとどうにも我慢がきかなくなりまして……。

 特にこの、大切な記憶に関しましては、特別な想い入れがございましてね。


 ごほん。


 ではご説明させていただきましょう。

 この御屋敷で働くためには必要となる重大な情報ですので、心してお聞きくださいますように。



 それはお嬢様がお庭を散策されていたときのことでした。

 前日までにあった冬の気配が急に静まって、ぽかぽかとした春の陽気に包まれた日であったことを覚えております。


 当時はお嬢様の好きなものを見付けよう大作戦の最中さなかでございまして。

 その作戦のひとつとして、庭師はお嬢様に好きな花を見付けて貰おうと、頻繁に花を植え換えるようなことをしておりました。

 その作戦に若様も参加なさいまして、変化ある庭を見ようとお嬢様を頻繁にお庭へと誘い出していたのです。


 ところがこの日は若様がご不在でした。

 そこで不肖ながら私がお嬢様のお供につかせていただいたのです。


 これにつきましては、若様からは何年も掛けて恨み言を受け取る日々でございます。

 それを享受しても余りあるほどの幸せを受け取った自覚がございますので、私としましても若様から何をされても受け入れる所存ですが。


 え?いえいえ、大丈夫ですよ。

 若様は、さすがお嬢様の兄上様でいらっしゃいまして、とてもお優しい方ですから。

 そのように怯えるようなことは何一つ起きておりません。


 えぇ、旦那様からもこの件に関しましては少々恨まれておりますけれど。

 それでも私はこのようにお仕事を続けることが出来てございましょう?

 さすがお嬢様のお父上様だと……え?どうしてなんでもお嬢様が先にくるのか、ですか。


 それはこの邸で少しの時を過ごされましたら、すぐにでもご理解頂けることと思います。

 お嬢様は天使であり、女神……その話は後でいいですか。そうですか、とても残念です。



 では私が胸に刻んでおります、お嬢様との大事な想い出を僅かながらお裾分けすることにいたしましょう。

 全部ですか?それは無理ですね。お話出来ることは少しに限られます。

 え?それは当然ながら、私のためですよ?

 恨まれるのはそういうところ?何の話でしょう?



「くー、くー」


 そのか細い声は、お嬢様が花壇の前で足を止め、新しく植えたお花についての説明を庭師からお聞きになっていたときのことでした。


「なんのおとかしら?」


 お嬢様は可憐に首を傾げられましたので、庭師も私も言葉を止めてお嬢様を鑑賞……ではなく、お嬢様がお心のままに振る舞われる機会を奪わぬようにと、しばし黙ってお側に控えておりました。


「くー、くー」


 その小さな声はやみません。


 お嬢様はきょろきょろと辺りを見渡すような仕草を見せられ、それはもう後ろの花壇に咲き誇る花々を背負う天使のような可愛さでございましたとも。


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