あるライターの記録 1

 ここはE県Y市、東京からやってくるにはかなり手がかかる場所であった。飛行機に乗って市街地まで空路だったのだが、そこからバスで2時間かけて山を3つばかし越え、誰もいない町に入り、そこから炎天下のベンチにて1日1便のバスを3時間待って、今ようやく座席に座れたという次第である。


 私は盆地からまた山の谷間に入っていくバスに半ばうんざりとしながらも、ひとまず目的地までの難関を越えたことに安堵していた。手元の地図アプリによると、あとは4つ先のバス停で下りて数十メートル歩きさえすれば、目的の神社へ到達する予定となっている。


 一介のオカルトライターである私がここまで足を運ぶには、ある理由があった。


 去年、ネット掲示板にとある書き込みがあった。それは、E県Y市の一部で行われているある風習について、誰か知っている者はいないか、といったものである。なんでもその地域では”コモリヅメ”と言い、1年のうちある1日だけは、家の外に出てはいけないらしい。もし出てしまうと、幽霊を見たり、取り憑かれたりするというのだ。


 私はその書き込み内容についてネットで調べてみたのだが、同様の情報は全く出てこなかった。スレッド内では、それに対して嘘ではないかとからかう意見が多かった。しかし私は、読めば読むほどその克明に描かれた内容がとても嘘だとは思うことができず、それを確かめずにはいられなくなった。


 書き込みが本当だと確信したのは、E県Y市やその周辺の民俗資料館や神社などに電話取材を行ったときである。ある隣町の神社の宮司が、簡単なことならお話しできるかもしれない、といった感じで、なんとか直接取材を承諾してくれたのでる。


 最初、私がオカルトライターである旨をお伝えすると、声色から判断するにあまり良い顔をしていなかったと思う。取材することに対してそういう反応であるのは致し方無いことであった。オカルトライターなどという職業に読者はどのような印象を抱くであろうか。コンビニの隅に置いてある、あることないことを書いた社会悪のような記事を書きながら、毎日パソコンの前でニタニタと炎上を待っているようなイメージを持つ方もいくらかいらっしゃることだろう。それは仕方のないことかもしれない。得体の知れない人間に大事な文化を詮索されて、誇張や嘘を交えて雑誌に載せられるというのは屈辱であるし、絶対に避けたいところである。


 一応申し連ねておくと、私はフリーのオカルトライターで、入念な取材をもとにありのままの記事を書き、それを大手の編集社に寄稿することによって生計を立てるのを生きがいとしている。そういった現場と言うのは、真面目な取材によって細部まで現地の様子を描写するだけで、脚色などしなくとも恐怖感のある余白というものを読者が感じ取ってくれると信じているのである。今回の取材も、そのライターとしての哲学をなんとか理解して頂けた結果だと自負している。


 そんなことを振り返っているうちにバスが山道を終え、集落の一角に顔を出したと思うと、ビイィィーッ!というブザー音が車内に鳴り響いた。車内を観察すると、斜め前に乗っている白髭の老人が窓枠にある降車ボタンに指を添えていた。どうやら次の駅でバスを降りるらしかった。前方の料金ボードを見ると、次のバス停が自分の目的地であることに気づいた。


「意外と早く着いたな……。」


 私は、ここまでの長旅で時間感覚が麻痺しているのだろうと思って、降車の準備を始めた。


 まもなく停車し、料金を払ってバス停に下りると、バスは老人を下ろすことなくドアを閉めて動き始めた。


「えっ……。」


 私は多少の困惑を覚えたが、すぐに納得した。おそらくは下りるバス停を間違えてしまい、降車の寸前で気づいたのであろう。毎日のように乗っているであろう地元の住民がそんな凡ミスを犯すとはあまり思ってはいないのだが、それ以外の理由は思いつかなかった。


 バスはそんな私の困惑など知る由もないかのように、カタカタと車体を揺らして走り去っていった。


 さて、ここから神社までは、この目の前にある古ぼけた石の鳥居をくぐった先にあるようだ。鳥居より向こう側は鬱蒼とした小山になっていて、真夏の昼間だというのに薄暗くなっている石段を登っていくと、柔らかい陽光に中にコケに覆われた神秘的な境内が現れた。パワースポットや映えスポット、はたまた心霊スポットなど、適当な代名詞をつければ誰もがその通りに信じてしまうだろう。


 私はデジカメで写真を撮りながら、しばらく境内を散策した。何枚か景色や構造物を撮った後で、一旦お参りをするために本殿の方を向こうとしたその時、


「わざわざこんな田舎の神社まで足を運んでいただいて、ありがとうございます。」


 私は唐突に話しかけられてぎょっとした。声は私の後ろから聞こえてきた。私が恐る恐る本殿に振り返ると、いかにも宮司というような簡素な装束に身を包んだ老年の男が5歩ほど離れた位置に立っていた。

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ヨビカエシ @pranium

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