第33話 私だけ

 修羅場が終わったとはいえ、この状況は変わることはなかった。


 なんせ俺と影山はカウンターにいるし、姫路さんはずっと本を読んでいるフリをしている。

 

 影山は小説を読んでるみたいだけど意識は姫路さんにいってるし姫路さんは読んでいるフリなのがバレバレなほどこちらに敵意を向けている。


 俺はなるべく気にしないように携帯をいじっていたけど、どう頑張ったって気になってしまう。 

 なんでこうなってしまったんだろうか……。


 多分最初に突っかかったのは姫路さんだった。

 それに対して影山が言い返してこの地獄みたいな雰囲気に繋がったんだ。


 珍しく姫路さんが機嫌を損ねていたのが原因だったのかもしれない。

 もう今更どうしようもないし、何を言っても聞いてもらえないだろうから俺に出来ることはないわけだけど。


 それからしばらくするといつもの3倍は長く感じた地獄が終わりを告げるチャイムが鳴った。


 結局、今日はあれ以来誰も会話をしていないしずっと雰囲気だけがバチバチしていた。 

 やっとそれから解放されるわけだけど、俺はすごく動きづらかった。


 この状況で「じゃあお先に〜」なんて言えるわけなかった。

 この2人を抑えられるのは俺だけだからもう少し我慢しなければ。


 1番最初に動いたのは姫路さんだ。


 恐らく全く読んでいないであろう本を棚に戻してこちらへ向かってきた。

 

「響也。帰るよ」


 一瞬反応に困ったけど、別に考えすぎる必要はなかった。

 もう委員は終わったわけだし、影山とは一緒に帰ったことはない。


 いつも通りにするのがベストだ。


「う、うん」


 若干、影山の様子を気にしながら席を立った。

 今のところ何も起きそうにない。このまま図書室を出られればクリアだ。


 姫路さんが先に歩きその後に続くように出口へ向かっている。

 

 さっきのような殺伐とした雰囲気は感じられない。とりあえずこれは大丈夫そうだ。


 どこに行っても災難が続くな……。どうしたらいいんだか。


 少し何かが起こりそうな怖さはあったけど、影山は何もすることなく図書室を無事出ることができた。

 今更だけど最後に1人にしたのは良くなかったかもしれない。


 でも、こんな状況だ。またあとで謝れば大丈夫だろう。

 

 姫路さんの後に続いて歩いていた途中で昇降口に向かっていないことに気づいた。


「ねぇ、どこいってる?」


「教室」


「え、なんで」


「ちょ、ちょっとゆっくりしたいな〜って」


 珍しいなと思った。


 今までは一緒に帰ろうと言ってくることはあったけど、こうやって学校に残ろうと言われたことはなかった。


 俺は用事がないからもちろん断る理由もない。


 後に続いて教室に入る。今日はいつもに比べて滞在時間が少なかった教室だ。


 姫路さんは入って窓側の席に行き座った。放課後だから誰もいないしどこに座っても問題ないだろう。


 俺はどこに座ろうか。

 

 決めあぐねていると姫路さんが自分の前の席を指さした。

 そこに座れって事らしい。


 逆鱗に触れたくないので大人しくそうする。


 座って窓の外を見るとグラウンドではサッカー部と野球部が部活に励んでいた。

 たくましい声も聞こえてくる。


 俺とは全く違った青春だな。


「ねぇ、昼休みなんで図書室行ってるの?」


 急にぶっ飛んだ話題を持ちかけてきた。

 俺は焦って反射的に返す。


「いや、あれは別に影山とどうこうとかじゃなくてあんまり人に見られるのが好きじゃないから。行く場所探してたらあそこに辿り着いただけで」


「後輩の女の子がいる場所にね……」


「あいつがいたのは知らなかったんだって! そもそも昨日は当番の日じゃないし、たまたま鍵開いてたから入ったらいたんだって。昼休み行かないとダメなの知らなかったし」


 そう昨日はそもそと当番の日じゃないから先生がいるだけかと思った。

 けれど実際は違っただけだ。


「でも今日だって行ってたじゃん」


「それは……」


「そんなに私と一緒って言われるのが嫌?」

 

 潤んだ目でそんなことを言ってくる。

 開いた窓から吹いてくる風が姫路さんの髪を揺らしてそこだけ雰囲気が変わっていた。


「べ、別に……そういうわけじゃないけど」


「じゃあなにさ」


 そう聞かれて言葉が詰まった。

 

 どうやって答えるのが正解なんだろう。

 こういう考え方になった時点で違うなと思った。


 姫路さんは俺の本心を聞いているのであってその場凌ぎの言葉を聞きたいわけじゃない。


 かといって今の自分の気持ちを言葉にできるほど俺は頭が良くないし、自分のことも理解できていなかった。


 だからそのままを口に出す。


「そのなんていうんだろ。やっぱ俺と違って人気者でしょ? 男子からも結構好かれてると思うんだよね」


「それがどうしたの?」


「だから、一緒にいると恨みの視線というかなんというか……そういうのを感じない?」


「確かにみられてるなーとは思うけど」


「そういうの嫌かなと思って俺が近くにいない方がいいかなと――」


 自分の本心を口にしたつもりだった。

 つもりというか本当にこういうことしか思っていなかった。


 でも、俺の話を聞く姫路さんはどんどん手を震えさせて最後はバン! と机を両手で叩いた。

 軽く机が浮くほどに。


「さっきから聞いてれば周りのことしか気にしてないじゃん! 男子からとか視線がとか。私が聞いてるのは私といるのが嫌なのかってことで周りのことなんかどうでもいいの!」


 勢いのある主張に思わず椅子を引いてしまった。

 

 確かに考えてみたらいつのまにかそういう視点になってたのかもしれない。


 自分の発言に後悔していると息継ぎをした姫路さんはまた口を開いた。


「確かに響也はいつもより見られてたし話しかけられてた。それが好きじゃないことも知ってる。それはごめん。私があんなこと言ったから響也はそういう状況になってて言っちゃえば私のせい」


「いやそれはちが――」


「違わないよ。だってそういう可能性があると思ってそうしてるんだもん」


「え?」


「まぁそれは今置いといて。でも、響也はまだ余裕っぽいね」


 全然置いて欲しくない話題だったけど何もいえずに話が続いた。

 姫路さんはわざとやったのか? でもどうして?


 でも、どちらにせよ悪いことはしていない。俺は手を繋いでいた事実を隠そうとして姫路さんは隠さなかっただけ。


 寧ろ嘘をついていたのはこっちだから謝るならこっちだ。


「余裕なんてないけど……」


「だってまだ周りのこと見てる余裕あるんでしょ?」


 立ったまま体制を整えた姫路さんは言った。


「? ……えっと、どういうこと?」


 ちょっとよくわからなかった。

 見る余裕も何も、話しかけられるし視線は感じる。


 確かに周りを見る余裕がないわけじゃないけどそれ以前の問題で半強制的に意識させられているようなものだ。


 だからちょっと違う気がするんだけど……。


 頭の中でいろんな思考がぐるぐると混ざり合っている中、姫路さんは顔をぐんと近づけてきた。

 一瞬ドキッとしたが姫路さんは顔を話す余裕をくれなかった。


 優しく包み込むように俺の両頬に手を添えたのだ。まるで「逃げるな」というように。


 もちろん逃げることなんて出来ない。

 まるで花火の時のようだった。


「まだ周りとか他の女を見る余裕があるならそうさせなければいい」


「…………」


 1分くらいの沈黙の後、そんなことを呟いた。

 

 俺は固まったまま何も出来ずにただ見つめることしかできない。


「だ、だから明日から覚悟しておいてよね」


 そうしてただでさえ近かった顔をさらに近づけてきた姫路さんは潤んだ唇を開いた。


「私だけしかみれないようにしてあげる」


 

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