第34話 たまには4人で

 あれから、何も言えず固まってしまった俺と姫路さんはなんとなく目を逸らしてなんとなく立ち上がり、雰囲気で教室を出た。


 ただでさえ、顔が近かったのにあんなこと言われたら俺も素の状態ではいられなくなる。


 きっと今頃顔は真っ赤だろう。


 姫路さんも自分で言ったのに恥ずかしくなったのか顔がだいぶ赤い。

 

 どういうつもりなんだろうか?


 あんなこと言われたら誰だって期待してしまう。


 でも、それはない。相手は姫路さんだから。


 そう自分に言い聞かせて2人で昇降口を出るとちょうど部活が終わったのかジャージ姿の生徒たちが溜まっていた。


 あんまり見られたくないな……。


 自分で言うのもおかしい話だが、今は噂の渦中の人で隣にいる姫路さんも同じだ。

 

 姫路さんは顔が広いし誰かに気がつかれればまた面倒なことになる。


 俺は姫路さんの腕を軽く掴んで俯きながら足を早めた。


「ちょ、ちょっとどうしたの?」


「ちょっとだけ我慢して」


 何で俺がこうしているのか理解はできていないみたいだけど、ついてきてくれる。


 無事、校門を出てから手を離した。


「ごめん。痛くなかった?」


「全然大丈夫だけど……どうしたの?」


 なぜか戸惑ったように顔を赤くしている姫路さん。


「えっと……結構人いたから絡まれたら面倒臭いかなと……。あ! 別に一緒にいるのが嫌とかじゃないから」


 話している途中でさっきの会話を思い出して慌てて訂正した。

 このくらいは許して欲しい。


 姫路さんを見るとなぜか口元を手で押さえて肩を揺らしていた。


「え、なんか変なこと言った?」


「いや違う違う。響也らしいなと思って……ふふ」


「? じゃあ帰ろ」


 笑っている理由はよくわからなかったけど、姫路さんが面白いならそれでいいか。

 

 俺は姫路さんの横について歩いた。

 この光景はなんだか慣れないな。


「ちょっと待てよー!」


 校門を出てすぐに誰かを呼び止める声が聞こえてきた。

 周りには人がいなさそうだったので振り向いてみると大輝と莉沙がいた。


 大輝はなぜか汗がダラダラ流れている。


「なんでここにいるんだ?」


 大輝も莉沙も部活をやっていないし俺のように委員にも入っていない。

 普通なら今頃家のはずだった。


「ちょっと聞いてくれよ! 佐藤和希の野郎に勝負ふっかけられてよ」


「勝負?」


「そうだ。なんか放課後のチャイムなってからいちゃもんつけられたから言い返してやったらテニスで勝負しろとか言われてよ。ありえないだろ?」


 確かにちょっと口論になったくらいでそこまでするのはよくわからない。

 そもそもあいつ自体が理解し難い存在ではあるけど。


 それに勝負の方法がテニスなのも性格が悪い。

 大輝は部活をやっていないし、佐藤和希はテニス部だ。そんな圧倒的有利な勝負を仕掛けるのがまたあいつらしくてダサい。


「それでやったのか?」


「あぁ、コテンパンにしてやった」


 まじか……。

 さすがに佐藤和希が勝つと思ったんだけどな。


 大輝は部活はやっていないものの運動神経は良い。だからいい勝負はしたんだろうなとは思ってたけど、勝つのは意外だ。


「コテンパンじゃないでしょ〜。あいつ利き手と逆でやってたしヘトヘトじゃん」


 莉沙が呆れ顔で大輝の背中を鞄で叩いた。

 言われた通りヘトヘトな大輝は前によろける。


 俺の方に倒れてくるから仕方なく受け止めた。

 今は制服なのだが結構湿っている。


「もしかして制服でやったのか?」


「あぁ、なんも着るもんなかったからな」


「お前バカだろ」


「お前もだいぶ鈍感バカだけどな」


「ん? 何言ってるんだ?」


 俺がバカなのはよくわからない。

 こいつよりは頭がいいと思うんだけどな。


 俺は汗でびちょびちょな大輝を無理やり立たせて手から離した。

 男同士で抱き合ってても気持ち悪いだけだ。


「ほら、いちゃいちゃしてないで帰ろ。みんな一緒なの珍しいし!」


 少しテンションが高い莉沙が先陣をきって歩いていく。


 確かに俺たちは仲がいいけど普段一緒に登下校することはあまりない。

 もちろんする時はするんだけど、たまたま時間が合った時とか遭遇した時で時間を合わせることはない。


 今考えたら特に理由はないけど、おそらく俺が委員だから時間が合わないことが多いからだと思う。


 だったら莉沙と大輝で帰ればいいのにと思う。

 なぜそうしないのかはよくわからない。2人は俺と同じ中学でだいぶ仲がいい。


 帰り道は姫路さんと莉沙が前を歩きその後ろに俺と大輝で歩いていた。

 

 空は夕焼けから夜に移り変わるところで、橙と藍が混ざったような色をしている。

 こんな夏はなんだか気持ちいいなと思う。


 こうやって友達と一緒に帰るのもきっと高校生までで卒業して大学生や社会人になって同じ道を歩いてもこんな感覚にはならないんだろう。


 なんとなく感傷に浸りながら歩いている莉沙が急に立ち止まった。


「おい急に止まるなよ」


「ねぇ! 公園寄ってこうよ!」


 莉沙が立ち止まった場所は公園の入り口だった。

 俺たちが小学生の頃よく遊んでいた公園で小さくも大きくもない普通の公園だ。


「莉沙はまだ子供の心忘れてないね」


「あったりまえでしょ! まだ子供だし!」


 姫路さんは少し呆れているみたいだけど嫌そうではなかった。

 俺も別に嫌ではない。むしろこういう時間は大切にした方がいいのかもしれない。

 大輝の方を見るとだるそうに頷いている。


 多分疲れてるんだろう。


 公園の中は少し大きめの遊具があってそこから少し離れた場所にブランコや東屋がある。


 なんとなく俺たちはブランコの方に進んでいき、莉沙は真っ先にブランコに座った。

 姫路さんもそれに続いて座る。


 俺はなんとなくブランコの周りにある黄色い柵のようなところに腰をかけた。

 大輝も俺の横に座った。女子2人と向き合う感じだ。


「ねぇ、2人ともこっちこないの?」


 姫路さんは自分の右を見て首を傾げた。

 

 ブランコは4つある。まだ2つ空いてるのになんで座らないのか。

 特に理由はないんだけど……。


「あ、響也ブランコ怖いんでしょ」


「別にそんなことは……」


「あぁ! そういえばお前小学生の時!」


 俺が否定しているのを見て莉沙と大輝はケラケラ笑い始めた。


 い、い、一体なんで笑ってるんだろうか。


「え、なに! すごい気になる!」


 案の定姫路さんがくいついた。

 

「あぁ、それがさ」


「絶対言うな!」


 大輝が言ってはいけないことを口にしようとしたので慌てて口を塞いだ。

 

 あんな恥ずかしいこと姫路さんに聞かれてたまるか。


「じゃあ莉沙教えてよ」


 姫路さんは冷静に隣にいる莉沙に続きを求めた。

 くっそ! 手が2つじゃ足りない! 何かの実でも食べて伸ばしたい気分だ。


「おい、やめろ――」


「それがさ4年生くらいの時にブランコで遊んでる時にどこまで飛べるか勝負したことあったんだよね」


「あ~勢いつけてどこまで飛べるかみたいなやつ?」


「そうそう! それでその時に響也思いっきり飛んだら顔から地面に落ちて大泣きしてたの」

 

「うわ…………」


 その話はしないでくれ……。


 今でも忘れることのない数年前の夏だった。

 思いっきり顔から地面に突っ込んで顔がぐちゃぐちゃになるくらいまで泣いていた。


 まぁ小学生だしめちゃめちゃ痛かったしそのくらいは普通だよな?


 恥ずかしくて誰とも目を合わせれないけど、姫路さんの反応を聞いてちらりと見てみると口元を手で押さえて引いているような目でこちらを見てくる。


 そんな憐れむような目で見ないでくれ。


「ふっ…………え、めっちゃ可愛いじゃん」


「だよね〜! だからまた泣いて欲しいんだけどどう?」


 莉沙が打つ空いているブランコを指さした。


 馬鹿なのか?


「絶対嫌」


「ほらほらそんなこと言わずに〜」


「ほら早くいけよ」


 大輝ものってきて俺の背中を押してくる。


 俺は絶対に動かない。


「やめろって!」


「嫌だね!」


 こいつ性格悪いな……。

 こうゆう時に暴力でやり返すのはよくない。


 かといって大輝の弱みはそんなに多く握っているわけじゃない。


 もし持っている弱みとすれば……。


「お前の好きだった人バラすぞ」


「お前それ言われてもダメージないのわからないのか? 小学生か」


「うるせ!」


「バラすなら今の好きな人とかじゃないとな」


「は?」「「え?」」


 俺と莉沙と姫路さん、3人の動きが固まった。


 え、こいつ今なんて言った?


「え、ちょっと大輝」


「あ、浅野くん?」


「おい、お前……」


「「「好きな人いるの!?」」」


 3人の声が示し合わせたように揃った。

 そりゃそうだろう。今の言い方じゃまるで今好きな人がいるみたいな言い方だった。


 俺はそのことを全然知らないし、2人も知らないみたいだ。


 そういえば、姫路さんの好きな人が佐藤って苗字っていう噂が流れた時1度だけそんなそぶりを見せたことがあったっけ。


 確かあの時は姫路さんたちのグループの方を……。


「まさかお前……」


「それはないから安心しろ」


「ねぇ! 誰なの大輝!」


「今日言うまで帰さないからね、浅野くん!」


 ブランコに座っていた2人もいつのまにか大輝に詰め寄っていた。


 もちろん俺もだ。


 親友の俺に黙っているとはなかなかいい度胸だ。

 

 そこから俺たちの尋問が始まったけど大輝が口を破る事はなかった。

 本当に自分のことになると口が硬いな。


 でも、ふと思った。


 なぜ、今頃こんなことを言い始めたんだろう。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る