第32話 修羅場……?

 あれから教室に戻っても、都合よく全てが無くなったことにはならなかった。


 相変わらず視線は感じるし、いつも話しかけてこない人が話しかけてくることもよくあった。

 直接的には聞いてこないけど、結局のところ「姫路さんとどうなの?」みたいなことばっかりが話題に上がっていく。


 そんな忙しい1日を終え迎えた翌日、いつも通り図書室に行くと珍しく先客がいた、といってもいつもは開いていない図書室の扉が開いていただけだ。

 

 姫路さんかな? と思ったけどさっき教室を出る時にはまだ友達と話していたしそれはない。

 かといって、うちの図書室には面白い本なんてないしそもそもいつもは誰もいない。


 たまたま先生がいるかもしれないと思い、いつも通りカウンター席に向かうと俺がいつも座る場所に座っている人がいた。


「……お前何やってんの」


 そこにいたのは影山だった。

 

 今日の昼休みぶりの再会だ。

 今日も昨日と変わらず居心地の悪い教室だったから図書室に来るともちろん影山がいた。


 今日は当番の日だし影山は俺が知らないだけでいつも担当の日は昼休みにここにきていたらしい。

 だから今日も会っていたのだがなぜ放課後もここに?


 声を掛けると読んでいた小説から目を逸らしこちらを向いた。


「なにってなんですか」


「いや、今日当番じゃないだろ」


「はぁ……今日水曜ですけど」


 呆れたような目でこちらを見てくる。

 確かに今日は水曜日だ。だからこうして俺もここにきている。


「言い方を間違えた。放課後は俺が当番だろ」


「誰が決めたんですか?」


「いや……別に決めたわけじゃないけど、今までそうだったんだからこれからも同じでいいだろ」


 今まで昼休みに行く必要があることを知らなくて俺は図書室に行っていなかった。

 それを何も言わないでカバーしてくれていたことには感謝しているし申し訳ないとも思っている。

 

 だけど、今までそうだったんだからこれから変える必要もない気がする。

 そしてこの状況はあまり都合が良くない。


「嫌です。というか先輩だって昼休み来てたじゃないですか。先輩も来てるんだからわたしが来てもよくないですか?」


「もし俺が来たってのが理由ならなんも気にしないでくれ。暇つぶしだから」


「暇つぶし……あーそうですか。わかりました気にしません。でも借りを作るみたいで好きじゃないのでここには来ます」


 今の話聞いてないだろ……。


 こんなことで借りになんてしないのになんでそんなに気にするんだろうか。

 いつもはそういうの気にしないで素直に楽するタイプなはずなんだけどな。


「なぁ、本当に大丈夫だって」


 少し待ってもやはり帰る様子がないので、いつも姫路さんが座っている席に座り再び声をかける。

 するとむっとした表情でこちらを睨んでくる。すごく対抗心剥き出しの目だ。


「わたしがここにいちゃまずい理由があるんですか?」


「え、いやそんなことはないけど……」


「だったら居てもいいですよね。図書委員なんだし」


 そう言われてしまうと何も言い返せない。

 実際当番は2人で行うように言われていたけど、影山が来ないから1人でやっていただけだ。


 それも結局俺の勘違いで昼休みには影山が図書室に来ていた。

 勘違いが解消された時点でこうやって2人でいることに不思議なことはない。


「まぁ……それはそうなんだけど」


 俺は渋々頷くしかない。

 しかしそんな俺の反応を見た影山はジト目になった。


「絶対なにかありますよね」


「いやいやないって。本当にないから」


「そうですか? いつもと様子が違いますけど。もしかして――」


 影山が何かを言いかけた時、図書室の扉が開いた。

 もちろん入ってきたのは姫路さんだ。いつも通りの時間に来た。


 こちらに向かって歩いてきてすぐにいつもと違うことに気づいたらしい姫路さんは目を大きく見開いた。


「えっと……誰かな?」


 なぜか眉間に皺が寄っている。


「えぇっと図書委員で俺の後輩の影山」


「あぁ、あのサボってるとかいう……」


 姫路さんらしくもない冷たい口調だった。

 それを聞いて慌てて誤魔化すように口を開いた。


「それでこっちは――」


「姫路さんですよね。そのくらいわかりますよ」


 俺の紹介を遮るように食い気味で影山が反応してきた。

 俺の目を今までで一番の鋭さで睨みつけてきた影山はすぐに姫路さんに向き合うように立ち上がった。


「先輩からどう聞いてるのか知りませんけど、わたしは別にサボってたわけじゃありません!」


「でも、放課後いつも一緒にいなかったでしょ」


「へぇ……姫路さんはいつも来てるんですね」


「そうだけど? あなたがこなくて1人の響也が寂しそうだったから」


「わたしが来なかった理由は昼休みにここに来てたからです! 何も知らないのに勝手に決めつけないでください!」


 影山もらしくもなく言い返している。

 俺以外には当たりが弱いと思っていたけどそんなこともなかったのか?


 姫路さんもなぜかヒートアップして影山に詰め寄った。カウンター越しに至近距離で向き合っている。


 なんだこれ……。まるで修羅場に居合わせている気分だ。


「昼休みねぇ……。もしかして響也が最近昼休みに教室にいない理由ってこの子といちゃいちゃしてたから?」


 なぜか姫路さんの矛先が俺に向いた。

 ギリっと見つめていたら背筋が冷えそうな目力だ。


「別にいちゃいちゃしてたわけじゃないけど」


「ふ〜ん。いちゃいちゃしてたんだ」


「だから違うって……」


 弱々しい反論をしてみるも、姫路さんは聞く耳を持っていなさそうだった。

 俺の話なんて少しも聞いてはいない。


「へぇ〜。嫉妬してるんですか?」


「そうだけど?」


 影山の煽りに姫路さんは乗ってしまった。

 いつもならこんなバレバレの煽りに反応なんてしないと思う。いや、いつもはされることすらない。


 しかし、この程度じゃ怒らないのが姫路さんだしましてや相手は後輩だ。普段なら「可愛いな〜」程度にしか思っていないはず。


 珍しいな……。


 それに影山も影山だった。


 俺に対してはこういう口調だったけど委員会の時に同級生や先輩と話している時はこんな話し方はしない。


 むしろ真逆といった感じでおとなしささえ感じさせる。

 俺が唖然としている間にも2人のやりとりは続いていた。


「そうなんですね〜。じゃあ好きってことじゃないですか」


「だったらなんなの?」


「……っ、だったらそういう曖昧なのやめた方がいいと思うんですけど」


「曖昧……? 私のどこが曖昧なの?」


「今みたいなところですよ。そういう反応したら男子は期待しちゃうでしょ」


「普通ならそうかもね……。でも、もしそうだったら今頃!」

 

 ヒートアップしてきた姫路さんが何かを言いかけると急に固まった。

 影山に向けていた顔をこちらに向けてジーッと見つめてくる。なぜかだんだん顔が赤くなってきてまた目を逸らされた。


「今頃?」


「なんっでもない! もう早く出てって!」


 続きを促されると今日一番の大きい声を出した姫路さんは出口を指差した。


「だからわたしは当番でここにいるんですよ。もし本に用事がないなら姫路さんが出てってください」


「ちっ。じゃあなんか読も」


「それなら文句は言いませんよ」


 わさどらしく聞こえるように舌打ちした姫路さんは適当に真ん中辺りの机に荷物を置いて本棚へ向かった。

 

 あんまり本を読む人じゃないと思うんだけど……。


 俺はこの学校に来て初めてものすごく居心地の悪い図書室で仕方なくカウンターに座っている。


 俺がどっちかに行くだけでまた論争になりそうだったからだ。


 まさに修羅場だった。

 

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