第31話 逃げ場の先にいたのは……

 その後、休み時間ごとに主に男子から声をかけられることが増えた。


 朝の姫路さんを見ているからみんな控えめではあるけど、いつも以上に話しかけてきている。

 

 内容は同じようなもので、本当に一緒に帰ったのかとか手繋いだとか嘘だろ!? とかそんなものだ。

 

 一応、一緒に帰ったことだけは認めているけど手を繋いでいることは否定している。

 俺が認めたらさらに殺意の目が向けられることは間違いないからだ。


 話していると全員が姫路さんの言葉を聞いていたわけではないみたいだしまだ否定する余地はあるだろう。

 あんな視線を向け続けられるのはさすがに嫌だからな。


 そして迎えた昼休み。

 始まってから15分くらいしたころ、つまりみんながご飯を食べ終わったくらいから教室の外に少しずつ人が増えているのがわかった。


 その視線は俺と姫路さんを交互に観察しているのを容易に感じさせてだんだんと居心地が悪くなっていく。


「うわ〜まじで有名人じゃん。噂って広まるの早いな」


「他人事かよ」


「あったりめーだろ。関係ないし」


 ……薄情なやつめ。


 でも、このままだと教室にずっといるのも嫌になってくる。

 人のことなんだから放っておいてくれればいいのになぜそうしてくれないんだろうな。


 こんなふうに見ていられるくらいだったら話しかけてもらった方がよっぽどマシだ。

 でも、そんな願いは叶うはずもなくどんどんギャラリーが増えていく。

 もう無理か……。


「おい、どうしたんだよ?」


 立ち上がった俺を見て顔を上げる大輝。


「ちょっと散歩してくる」


 それだけ残して俺は教室を出た。

 その時、ギャラリーは俺のことだけを見て誰一人話しかけてくることはなかった。


 そりゃあほとんどが知らない顔だったしここでずっと見てるくらいだ、話しかけてくるわけがないんだけどな。


 さっきは散歩するなんて言ったけど、正直行く当てがない。

 適当に廊下を歩いていれば誰の視線も感じることはないと思ったから出てきただけだった。

 さすがにストーカーまがいのことをしてくる人はいないみたいだから当たったな。


 だけど、通り過ぎる生徒からそこはかとなく視線を感じるし何故か違う学年の生徒からも見られている気がした。

  

 結局落ち着かないな……。


 誰にも見られなくて静かな場所に行きたい。

 たまたま通りかかった教室の時計を見てもまだ昼休みは35分くらいあった。

 

 流石に歩きっぱなしは嫌だし、不審者みたいになるだろう。


「あ…………」


 適当に歩いているといつのまにか図書室の前に辿り着いた。

 やっぱり週3で通っているとなんとなく来てしまうものなのだろうか。


 けど、ちょうどよかった。ここなら静かに過ごせる気がする。


 あれ? でも、昼休みって図書室やっていたっけ?

 確か去年、誰も来ないから開けなくていいって話になったはず。だから俺は放課後しか来ないんだ。


 まぁ一か八かだ。そう思ってドアノブに手をかけるとあっさりと開いた。


「開いてるのか……」


 昨日閉め忘れたはずはない。ちゃんと閉めたし職員室に返しにいった記憶もある。

 じゃあ誰かいるのか?


 基本、図書室の鍵を開けるのは委員か先生くらいだ。だから開いているならそのどちらか。

 まぁたまたま先生がいるだけかもしれないけどちょうどいい。ここにいさせてもらおう。


 中に入っていつもの流れでカウンターに向かう。


「あっ……サボりじゃん」


 目の前のカウンターに座っていたのは俺と同じ月・水・金の図書室担当である影山和奏かげやまわかなだ。

 アシンメトリーな長めの前髪で左目が少し隠れている目をこちらに向けてきた。


 どこかに特徴があるわけではないけど全体的に整っていてどこか静かな雰囲気がある。


 まぁ実際静かなわけなんだけど。


「サボりって……サボってるのは先輩じゃないですか!?」


 俺以外にはな……。


 どうして俺にだけはこう当たってくるのかわからない。

 それに俺はサボっていない。ちゃんと放課後はここに来ているし、サボっているのはこいつなのだ。


「いや……1回も放課後来たことないだろ」


 俺が反論すると肩の下まで伸びた長い髪を揺らしてカウンターから身を乗り出した。


「先輩だって1回も昼休み来たことないじゃないですか! わたしが放課後行かない理由は昼休み来てるからだし!」


 もはや敬語ではない言葉で俺に言ってくる。

 しかし、それだって少し違う。


「いや、昼休みはここは開けないって去年決まってたんだよ。お前は後輩だから知らないかもしれないけど――」


「ちゃんと先生に確認しましたけど? それは去年の話で今年は戻ったって」


「え……そうなの?」


「ふん!」


 いつもは静かな影山が勢いよく顔を背けるものだから少し驚いてしまう。


 でも、俺の前以外ではすごく静かなのだ。

 委員会で一緒になるときも、肩を縮めて隅っこにいるタイプだし何も言葉を発することもない。


 だけど、俺は完全に舐められているからこうやって強く当たってくるのだ。

 全く困ったものだ。


「まぁそれは俺が悪かったとして……なんでいるんだよ今日当番じゃないだろ」


 今日は火曜日。俺たちの当番の日じゃない。

 だからいるのはおかしい。


「火曜日の当番は昼休みと放課後で分けてるみたいなんですけど、昼休み当番の子がわたしと同じクラスで体調不良だから代わりです」


 あっちの当番も1年だったか。


 全然顔を合わせることがないからどんな人かもわからない。

 もっとも影山と顔を合わせることもそもそも少ないんだけどな。


「なるほどね。でもちょうどよかった。今週はここにいさせてもらおうかな」

 

「あぁ……噂の姫路さんのやつですか」


「は!? 何で知ってるんだ!」


 なんで1年生の影山がその情報を知っているんだ。

 それに知っていても俺とは繋がらないだろ普通。


「なんでって……先輩も割と有名人ですよ。噂の佐藤くんですもんね」


「…………ちょっと黙ってくれ」


 俺を煽れて嬉しいのか少し表情が緩んでいる。

 性格悪いな本当に……。


 でも、これでさっき1年や3年からも視線を感じた理由がわかった。

 そこまで噂が広がっているということだ。


「姫路さん可愛いですよね。うちの男子だけじゃなくて女子からも人気ですよ」


 女子からも人気なのか。さすがだな。


 でも、見た目がいいだけでそこまで人気なるものなのか?

 姫路さんを見た目だけって言ってるわけじゃなくてほとんどの人は姫路さんと話したことがないはずだ。


 それでも、姫路さんに好意を抱いているということは容姿でそこまでいっているということだ。


「でも、先輩にあの人は無理じゃないですか?」


「え?」


「なんていうか、釣り合ってないっていうか……」


「そんな憐れむような目で俺を見るな!」


 そんなことはわかってるんだよ!


 釣り合ってないことくらい俺が一番理解している。

 でも、今の状況は俺が何かしたわけじゃなくて全部姫路さんの行動の結果なんだ。


 だから俺の意思でどうこうできることじゃなかった。

 

 でも、俺は姫路さんのことをどう思ってるんだろう。

 好き……なのか?


 好きっていう感情は雛那を最後に感じなくなっていた。

 どんなふうに想ったら好きになるのかもよくわからないし、今の姫路さんをどう想っているのかを考えてもすぐに答えは出てこない。


「先輩?」


「ん?」


「なに、ぼーっとしてるんですか」


「ちょっと考えごと。そこ座るわ」


「え、嫌ですけど」


 断られたけどそれを無視して横に座った。


 いつもなら姫路さんが座っている椅子だ。

 座る椅子が変わっただけなのにだいぶ景色も違って見えるんだな。


「先輩は姫路さんのことが好きなんですか?」

 

「……わからない」


「なんですかそれ。そういう曖昧なのってあんまりよくないと思いますよ、姫路さんに」


「なんでそこで出てくるんだよ」


「いやだって姫路さんの好きな人は先輩だって聞きましたけど」


「はぁ!?」


 いつの間にそこまで噂が広がっているんだ!

 しかもあんまりよくない広まり方だ。


 さっきも影山が言っていたけどそれは釣り合ってないしありえないんだ。


「クラスの人が間違いないとかなんとか」


「はぁ……」


「でも、先輩はやっぱり釣り合ってないですよね」


「否定できない……」


「だったら………………わたしにしとけばいいのに」


「……なんかいったか?」


 小声で何かを呟いた影山だったけど、何を言ったのか全然聞こえなかった。

 しかし、聞き返しても返事はなくしばらくして背けていた顔をこちらに向けた影山は顔が赤かった。


「何も言ってません! 早く出てってください!」


 なぜか、カウンターから追いやられそうになって押し返す。


 そんなふうに喧嘩まがいなことをしているうちに昼休みの終わりを知らせるチャイムがなった。

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