第30話 噂の再燃

 翌日、目を擦りながら学校に登校している。

 

 やっぱり朝は眠い。それにだんだんと夏に近づいてくるのを感じさせるこの気温のせいで体にはだるさが残っている。


 昨日、特に疲れたわけではないけど寝ても疲れが取れないからどんどんだるくなってしまう。


 昨日といえば姫路さんと帰ったのは初めてでやっぱり新鮮な感じだ。


 しかも手を繋いでとか……今考えたら恥ずかしくて死にたくなる。


 そもそも俺が忘れていたのが悪いんだから、文句は言えない。

 それに、他の男子からしたら姫路さんと手を繋ぐなんて羨ましいことこの上ないだろう。

 実際、俺も嫌じゃなかったというか良かったというか……。


 けれど、それを踏まえてもやっぱり恥ずかしいし周りの目を気にしてしまう。

 ほら、前もたまたま一緒に帰ったということになった時も次の日は少しだけその噂が広まったりしていた。


 俺はそれを危惧している。

 やっぱり噂がたつのも好きじゃないし、クラスや知らない人からの視線を感じるのも好きじゃない。


 まぁそんな心配しなくても大丈夫だろう。

 昨日はちゃんと周りを見ながら帰っていたし誰かが近くを通ったのも見ていない。


 それに姫路さんにもちゃんと謝らないとダメだな。

 あんな嘘をつかせてしまったんだからな。


 そう思って教室の扉の前に立つと、なんだか中が騒がしい気がした。

 なにかあったのか? 気になってすぐに扉を開けるとすぐに教室中の視線がこちらに向いた。


 これはよくあるやつだ。なぜか扉が開く音がしたらみんなその方向を見てしまうやつ。

 だけど、その時は大体すぐに視線を外されるはず。それなのに今日はずっと視線がこちらに向いたままだ。


「…………なんだこれ?」


 それにこちらを向いたままみんな何かを話している。……この雰囲気苦手だ。

 でも、その視線は嫌な視線というよりは暖かい視線のような感じだ。


 それでも嫌なものは嫌だ。

 ちょっと肩を狭めながら自分の席に着く。


 すると、すぐに前の席の大輝が振り返ってきた。


「うぃ〜っす。注目の有名人さん」


 茶化すように声をかけてきた大輝は口にうっすら笑みを浮かべていて今すぐにでも笑い出しそうな感じだ。


 何かおかしいことがあったのか? 心当たりがない。


「なんだよ、そんな顔して変なことあった?」


「いや〜あたったというかなかったというか〜?」


 そう言いながら大輝はさりげなく視線を俺からずらした。

 その方向には、なにやら女子にたかられている姫路さんがいた。


 姫路さんは困っている様子だけど、みんなから壁のほうに追いやられている。


「あれどうしたの?」


「なんか気になる噂が流れたみたいでよ〜」


「どんな? そんなもったいぶるなよ」


 「え〜」といいながらニヤけた大輝は腕を俺の机に置いてきた。


「なんか〜昨日の放課後の話なんだけどよ」


「うん」


 嫌な予感がする。


「響也と姫路が一緒に帰ってたとかなんとか」


「…………そのことか」


 俺はちょっと考えて否定することをやめた。

 一緒に帰ったのは初めてじゃないし、そのくらいは別に嘘をつく必要がないと思ったからだ。


 手を繋いだ事実が広まっていないならそれでいい。


「あと、手を繋いでたとか〜?」


「な…………」


 全然良くなかったぁぁぁぁ!


 なんでバレてるんだ? いや、昨日は確かに見られていないはず。

 だったらなぜ?


 やっぱり見られていた? でも、だれに? 


「やっぱり本当なのか?」


「な、なんのことだ? 昨日はただ一緒に帰っただけだよ」


「嘘だな。目が泳いでんぞ」


 やばい、誤魔化しきれない。

 俺の反応を見て大輝はさらに口を歪める。


「まぁ別に今更驚かんけどな〜」


「え?」


 しかし、すぐに顔を戻した大輝は頬杖をつく。

 

「だって、お前らもう両――」


「よっ! 響也人気者だな!」


 大輝が何かを言いかけた時、横から声をかけてきたのは昴生だ。

 朝練をしてきたのか少し髪が湿っている。


 なんて言おうとしたんだ?


 気になるけど、今はそれどころじゃなかった。

 昴生の後ろには10人弱の男子が集まっていてこちらに視線を向けている。


 前方の男子は暖かい視線、後方の男子は殺意の混じった視線をこちらに向けている。

 まさか、もう噂が広まって……ってそりゃこの教室の感じを見たら当たり前か。


 さっきの教室に入った時の視線も、もう噂が広まっていたからということだろう。

 面倒臭くなってきたな……。


「おい、昨日一緒に帰ったって本当かよ!」


「許さん……」


「しかも手繋いでたとか!?」


「誰が許可した!」


 言いたい放題言われている。


 みんなそこまで姫路さんのことが好きなのか……。

 それになんでお前たちの許可が必要なんだよ。


 しかも後ろの奴ら誰……? 知らない人にまでこんなことを言われる筋合いはあるのだろうか。


「いや、別に手を繋いでたわけじゃ――」


「じゃあ一緒には帰ったってことかよ! 一回絞めるぞ!」


「なんでだよ!」


 苦し紛れの言い訳も火に油を注いだようなものになってしまって余計に知らない人たちがヒートアップしてしまっている。


 どうすればいいんだよ……。

 もう事実なのは認めてしまったようなものだし、その事実自体に文句を言われてちゃどうしようもない。


 教室から逃げるのがいいか?

 そうしよう。噂なんてちょっとすれば風化してなかったことになっている。

 

 現に姫路さんの好きな人が佐藤くんって噂も薄れつつあるしな。


 そして俺が席を立った時


「はーい。ストップストップ〜」


 俺と彼らの集団の間に入ってきたのは姫路さんだった。

 どうやらさっき追い詰められていた集団を掻い潜ってこちらに来てしまったらしい。


「ほら、響也が困ってるでしょ? それにクラス違うでしょ君たち。早く戻んないとチャイム鳴っちゃうよ」


「「「「響也だと……!?」」」」


 姫路さんが俺のことを名前呼びしただけで、彼らは眉間に皺を寄せる。

 なんだこいつら、ファンクラブかなんか作ってるのか?


 そういえば、昴生は……もう自分の席についている。

 目を合わせると手を合わせてこちらに向けている。別に昴生が悪いわけじゃないんだけどな。


「うん、響也って言ったけどなに?」


 姫路さんは不思議そうに首を傾げる。


「なんで名前呼びされてるんだ! ずるいぞ!」


 集団の1人がそんなことを言って周りも「そうだそうだ!」と肯定している。


 すると姫路さんの目の色が変わった……。


 これはあれだ、テストの点数を教えあっていた時のアレに似ている。


「私が誰をどう呼ぼうが関係なくない?」


「「「「え?」」」」


 いつもと少し変わった雰囲気になった姫路さんに集団は驚いて固まっている。


 はぁ……やってしまった。

 あまり見たくないんだけどな。


「それになに? さっきから一緒に帰ったのかとか、手繋いだのかとか。あんたたちの許可とかいらないし。何様なの?」


「え、えっと……じゃあ本当なんですね」


 急に敬語になってしまった集団の1人。


 もう引き気味で今すぐにでも逃げ出したそうだ。

 それを気にせず姫路さんは距離を詰めた。普段なら男子が興奮してしまいそうな距離感だ。


「一緒に帰ったのも手を繋いだのも本当だけど? それでなんかあんたらに関係あるの? ないよね? 名前も知らないし。じゃあさっさと目の前から消えてくれないかな?」


「「「「失礼しましたぁ!!!!」」」」


 男たちは全員一斉に逃げていってしまった。

 やっぱり怖い……。少しも手を出していないのにこの怖さは尋常じゃない。


 振り返った姫路さんはいつも通りの顔に戻っていた。


「これで一件落着だね。響也」


「は、はい……」


「なんで敬語!?」


 そりゃあ敬語にもなるだろう。

 怒らせたら死にそうだし。


「でも、やっぱり本当だったんだな〜」


「なにが?」


「噂のこと」


 それまで静観していた大輝から聞かされた言葉で俺は思い出した。

 

 そういえば思いっきり姫路さんが認めてしまったじゃないか!

 これじゃあもう誤魔化しようがない!


 これから嫌な予感がするな………………。

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