第29話 あの時の嘘
それからしばらく歩いたところで、俺はある疑問が浮かんだ。
「ねぇ、こっちに歩いてきていいの?」
「なに? やっぱり一緒に帰りたくないの?」
俺が聞くと姫路さんはすぐにしょぼんとしてしまう。
聞き方が悪かったわけじゃないけどこんな顔されてしまうとすぐに謝ってしまう。
「違う違う、ごめん言い方が悪かった」
慌てて手を振りながら答えると、やっと安心したのかいつも通りの表情に戻った。
喜怒哀楽が激しいな……。
怒だけは見たくないけど。
俺はその姫路さんの表情を見てからひと呼吸置いてから口を開いた。
「いや、1年の頃帰ろって言われて俺が断ってて最終的に家の方向聞いたでしょ?」
「あぁ〜〜……」
少し気まずいのか頬をかいている。
なにか心当たりでもあるのだろうか?
俺は続ける。
「その時、結局家の方向違うって事でその話は無しになったからこっちだとだいぶ遠回りになるんじゃないかなと思って」
そう、俺が断り続けたのが原因なのかもしれないけど最後に家の方向を確認した時に姫路さんは俺の家の方向とは逆、駅の方向だと言ったんだ。
だからそれだとどちらかが大変になってしまうという話になって今まで時間をずらして帰っていた。
時間をずらしていたのは変な噂がたったらめんどくさいと俺が思っていたからだけど。
そんなことがあって今までは一緒に帰っていなかったわけだけど、今日のように俺の家の方向に歩いていくと姫路さんはどんどん家から遠くなってしまう。
それはさすがに迷惑な気がするから確認をしてみたのだ。
すると、姫路さんは頬をかきながら答えた。
「その話なんだけど……私の家普通にこっち側なんだよね」
「え? それじゃあ……」
「うん。思いっきり嘘!」
嘘をつかれていた……。
別に大したことじゃないし、怒ることでもないけどなんでそんな嘘を……?
俺の疑問に応えるように姫路さんは一歩前に踏み出してから立ち止まった。
「だって、あの時の響也全然私と帰りたくなさそうだったし、無理矢理帰っても楽しくないでしょ?」
「う、うん?」
「だから、響也にはあんまり気を遣わせたくないなと思ってそういうことにしたの」
「それは……なんかごめん」
あの時の俺は今以上に頑固に姫路さんと帰ることを拒んでいた。
それは雛那を思い出すからとか、変な噂がたったらめんどくさいとか理由は色々あったけど、そのせいで姫路さんを困らせていたんだな……。
俺が謝ると姫路さんは慌てて手のひらをこちらに向けて振った。
「いやいや、全然いいから! 今はこうやって一緒に帰れてるわけだしね」
「そうならいいけど……」
「本当に大丈夫だって! それに響也のおかげで私が今こうやって普通に学校に来られてるんだし」
「なんか大袈裟じゃない……?」
俺はそんなことをした覚えはないし、そもそもそんなことをする必要がないのが姫路さんだ。
自分を過小評価しすぎだし、俺のことも過大評価しすぎだと思う。
でも、笑った俺と対照的に姫路さんは真面目な顔でこちらを向いた。
「大袈裟じゃないよ。本当にそうだから」
「…………じゃあそういうことにしておく」
本当は否定したかったけど、その顔を見たらそうはできなかった。
「懐かしいよね〜。あの時の響也本当に嫌そうだったし」
ふふっと笑いながら楽しそうに歩いていく姫路さん。
あまり掘り返したくない過去だ。
「まぁ……ね」
「今よりも当たりきつい感じだったし」
「それはそうだけど、そんなこと言ったらそっちだって――」
「あーあー聞こえなーい」
俺の声を聞こえないようにわざとらしく声を出しながら耳を塞ぐ姫路さん。
確かにあの時の俺は今よりも口が悪かった。
でも、姫路さんはそれ以上というか……今とは全然違った。
多分、今の姫路さんしか知らない人は昔の話をしても誰も信じないだろう。そんなレベルだ。
「まーまー昔のことは置いておこ〜」
「そっちから昔の話したんじゃん……」
「うるっさい!」
バン! と思いっきり背中を叩かれる。
女子の力じゃないんだよな……。
もちろん、こんなこと言ったら怒られるから口には出さない。
背中を少し押さえながら体勢を治す。
「痛い……」
「ごめんごめん。でも、これだけは言っておきたくてね」
それから少しためてこちらを真剣な目で見つめてくる。
真剣すぎて気まずくなった俺は慌てて目を逸らすけど、姫路さんはそれについてくる。
いつのまにか繋いでいた手は離れていた。
「あの時はありがとうね」
「?」
俺は首を傾げるけど、姫路さんはそれ以上は何も言うことはなく再び手を伸ばしてくる。
「ん」
手を繋ぐように促されて再び繋ぐ。
あの時ってなんのことだ?
俺にはまったくもって記憶にない。姫路さんの何かを変えた覚えもないし感謝されるようなことをした覚えもない。
いくら出会った頃のことを思い出してもわからなかった。
まぁそのうち思い出すか……。
とりあえず思い出すのはそこで切り上げて歩くことにした。
もうすぐで俺の家になるというところで俺は聞く。
「家どこら辺なの?」
俺の家はもうすぐそこだ。
姫路さんの家がまだ奥なら先に帰るのは違う気がした。
「あぁ、私の家? もうちょっとだけ奥だよ」
姫路さんは道の少し奥を指して言う。
こんなに近かったのか?
姫路さんは中学卒業を機に引っ越しをしてこちらに来たと聞いている。
だから俺たちの中学の校区の中でも不思議ではないけどここまで近いとは思わなかった。
「じゃあ、送ってくよ」
「別にいいのに」
「男が先に帰るってのは違うでしょ」
「男とか女とか関係ないって。でも、せっかくなら送ってもらおうかな」
辺な押し付け合いの結果俺は姫路さんを家に送ることになった。
そのあと、姫路さんの家が本当に近かったことがわかって本当に反省した俺だった。
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