第28話 忘れていた代わりに

 あれから、チャイムの音で我に帰った俺たちは慌てて帰る支度をした。


 それから会話はなくいつも通り姫路さんが先に図書室を出た。


「はぁ……」


 俺が変なこと言ったのが悪いけど、そもそもあぁやって触れること自体がまずいんだ。

 姫路さんが「体で表現した方が……」なんていうのが悪い。うん、そういうことにしよう。


 いつも通り少し時間を空けて図書室を出ると、目の前に姫路さんがいた。


「え、なにしてるの?」


 声をかけると、姫路さんは少し怒ったような表情をした。


「はぁ……? 私と帰るって約束したじゃん!」


 あ……そういえば、昨日の祭りの最後にそんな約束をしたんだった。


 もちろん、忘れたわけではないけど今日は違うことについて考えすぎていたせいで頭から離れてしまっていた。


 結局答えも出なかったしな……。


「いや……別に忘れてたわけじゃ…………」


「じゃあなんでいつも通りに帰ろうとしたの!」


「それは……」


「忘れてたんじゃん! もう知らない!」


 そのまま姫路さんは俺に背を向けて走り出してしまった。

 

 やってしまった……。完全に俺が悪い。


 言い訳のしようがないけど、とりあえずすぐに俺は追いかけた。


 しかし、階段を降りても姫路さんの姿は見えずだいぶ早く走っていってしまったようだ。

 このままだと帰ってしまう。


 慌てて階段を駆け降りて昇降口に向かう。

 しかし、靴箱にも姿は見えず外の門の方に目を向けると校門の方へ姫路さんが歩いて行くのが見えた。


 すぐに靴を履き替えて昇降口を出る。


「待って!」


 大きな声で呼んでみても、聞こえていないのか無視されているのか何事もなかったかのように走っていく。


 でも、本気で走っていなかったから校門を曲がったところですぐに追いつけた。


「待ってって!」


 手を掴みながら声をかけるとやっと足を止めてくれた。

 振り返った顔にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「ごめん。でも、本当に忘れてたわけじゃないから」


「だったらなんで私を先に帰したの! ずっと待ってたのに……」


 だから、2人で帰る準備をしていた時そわそわしていたのか……。

 結局、あの時も頭のなかはなんで姫路さんを名前で呼ばないのかをずっと考えていた。


 そのことで精一杯だったからなんてのは言い訳にしかならない。


「それは考え事をしてたからで……」


「私だけ浮かれてたってことでしょ!」


「別にそういうわけじゃ……」


「ほら、言い返せないじゃん!」


 もうどうしようもない。

 俺が悪いのはわかっているけど、どうしようもない気がしてくる。


 どうすれば……。


「もういいから、じゃあね」


 そのまま俺の手からするりと腕が抜けて姫路さんは再び歩き出した。

 

 このままにしていいのか?


 いや、ダメだろ。大体さっきからなんで言い訳みたいなことばっかしてるんだ俺は。


 再び走り出して俺はすぐに姫路さんの前に立った。


「ごめん! 忘れてたのは認める! だから、俺と一緒に帰ってくれませんか」


 そうして俺は頭を下げた。


 最初からこうすればよかったんだ。


 忘れていないのは本当だったけど、実際さっきまでは頭から離れていたわけで忘れていたのと変わりはない。


 それなのに言い訳がましいことをするからこうなるんだ。


 でも、これで姫路さんが許してくれるかはわからない。

 許してくれなかったら正直どうしたらいいかわからない。


 頭を下げてから10秒ほどたったところで、視界に入っていた足が一歩前に出た。


「いいよ」


 いつも通りの声音で発せられた声に安心して顔を上げるとなぜか姫路さんは頬を赤らめていた。


 意味がわからない。

 なぜ、この状況で顔が赤くなるんだろうか。

 

「えっと……?」


 困惑している俺に姫路さんは顔を背けて腕を組んだまま口を開く。


「でも条件があります」


 そうして組んでいた腕を解いて右手をこちらに差し伸べてくる。


「そ、その……て、手を繋いで」


「…………え?」


「だから! 手繋いでくれないと許さないから!」

 

 怒っているのかもしれないけど、そんな顔で言われると怒られているように感じない……。


 それになんだその条件。

 俺にデメリットがひとつもないんだが。


 かといって、姫路さんにすぐに触るのもやはり緊張する。


 恐る恐る手を伸ばすと強引に姫路さんが俺の手を奪った。


「これでよし」


「はぁ……」


 意図がよくわからないけど、これで許されるならいいだろう。損がない。


 そして2人で歩き始めてすぐに姫路さんが口を尖らせているのに気づいた。


「どうした?」 


「いや〜さっき私に待ってって言ったけど、あそこは名前で呼んだら完璧だったのにと思って……」


 さっき、とは校門を出てすぐのところの話だろう。

 けど、なんだよ完璧って……俺は採点でもされているのか?


 でも、名前か……。

 この際正直に話すことにしよう。


「その話なんだけど」


「なに〜?」


 呑気に返事をする姫路さんに目を合わせる。


「さっき、一緒に帰るの忘れてたのはそれを考えてたからなんだよね」


「それ?」


「なんで名前を呼ばないかって話。祭りで言われた時からずっと考えてたけどよくわからないんだよね」


 すると、姫路さんは少しだけ目を見開いた。


「そのこと考えてくれてたんだ……。だったら私もちょっと悪いことしたな……」


「それは違うって俺が悪いから。それで、結局まだ答えが出そうにないんだよね……」


「そんなに焦んなくてもいいよ。私は気長に待ってるから」


 暖かい微笑みでそう言ってくれる姫路さんをみて少し安心する。


 けれど、また姫路さんは口を尖らせた。


「でも、あんまり遅いと怒っちゃうかも……」


「それは怖いな……。なるべく早く頑張るよ」


 姫路さんが怒ったところを想像して少し怖くなる。

 ガチギレした時の姫路さんは怖すぎるからな。


 だから、なるべく早く答えを出さないといけない。


 その後も俺たちは控えめに手を繋いで帰り道を歩いていた。

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