第27話 久しぶりに感じる2人の時間
いつも通りの学校生活を送って迎えた放課後、俺は図書館に足を運んでいる。
ここに来るのは先週の金曜日以来なのにやけに、久しぶりのことのように感じる。
それはきっとこの土日の密度が高かったからだろう。
やっぱり朝から考えてもなんで、姫路さんの名前を呼べないのかはよくわからない。
多分、呼ぼうと思ったら呼べるんだろうけど心のどこかで否定している自分がいる気がする。
それも結局「気がする」だけで、確信は持てない。
自分のことなのに自分でもわからないのはこれが初めてだった。
いつも通りカウンターに入り、椅子に座る。
相変わらず図書室には人がいなく、ただひたすらに沈黙が流れている。
この時間も悪くないなと思うと同時に、当たり前になってきている時間のほうがいいな、なんて思うようになっている。
そんなことを考えていると、図書室の扉がガチャリと開いた。
もちろん、見なくても誰が来たかはわかる。
「いや〜、祭りの次の日って結構きついね」
手をパタパタとさせながら入ってきた姫路さんはこちらに向かって歩いてくる。
「やっぱり、下駄のせいかな? 履きなれてないから足にきちゃったよ」
「そ、そうじゃない? 多分俺もあれ履いたら痛くなるし」
「そうだよね〜」
軽く俺と言葉を交わしながらいつも通り隣の椅子に腰をかけた。
改めて思うけど、その腰に巻いているカーディガンは意味があるのだろうか。
今はもう夏といってもいい気温になってきている。それなのにそこに装着する必要は感じられない。
まぁ、オシャレとか言ってたからそうなんだろうけど。
「「………………………………」」
やばい。2人とも何も話せないでいる。
いつもならどちらかが話題を振って話が勝手に弾んでいくはずなのに俺も姫路さんも目も合わせないでただ座っているだけだ。
やっぱり、昨日のことを思い出してしまう。
あんなに人と顔が近くなったことはなかったし、それも相手が姫路さんだ。心臓がバクバクで仕方なかった。
姫路さんはどう思っているのかわからないけど、どう思っているにしろ話しづらい雰囲気なのは間違いなかった。
いつもは沈黙があっても居心地がいい感じのものだったけど今は真逆だ。
何か話さないと、そう思うほどにどんどん何を話せばいいかわからなくなってくる。
考えすぎなのはわかっているけど、わかっていてもどうしようもない。
「ま、祭り楽しかったね!」
沈黙を破ったのは姫路さんだ。
声に反応して目を向けると、手がわちゃわちゃしている姫路さんがいた。
無理してるな……。
でも、せっかく話しかけてくれたんだ。俺もしっかり返さないと。
「楽しかったな。久しぶりに祭りなんて行ったからはしゃぎそうになった」
「へぇ〜いつぶり?」
「中学ぶり…………」
「……………………」
やってしまった!
ここで中学の話を持ってくるのはあまりよくないだろ、俺!
行ってしまった後に気づいたけどその時には既に遅く、姫路さんも困ったような表情をしている。
ん? でも、なんで中学の話がダメなんだ?
直感でそう思ったけど、よく考えたら理由があまり見当たらない。
雛那のことは俺が悪くないってことで俺も納得してるし、姫路さんもそれでいいって言ってくれている。
でも、話したくないなと思ったし実際、姫路さんも少し困っている。
なんでだ?
「じゃ、じゃあさこれからはいっぱい行こうよ!」
「え?」
姫路さんは俺の目をまっすぐ見つめる。
「お祭りもそれ以外も、もっといっぱい遊ぼう! 3年になったら受験とか忙しいかもしれないし遊んでおくなら今のうちでしょ!」
「確かに……」
受験か……何も考えていなかった。
ここの高校は割と頭がいい方だし、ほとんどの人が進学すると聞いている。
だから、当然推薦を貰わない限り一般受験で合格を目指すしかないわけで3年生になれば勉強メインになる。
そうなれば昨日のように夜遅くまで遊ぶなんてこともできなくなるし、普通に遊ぶことだってあまりなくなるだろう。
だったら今のうちに遊んでおくべきだ。
「遊園地とか、海とかイルミネーションとか、またお祭りも行きたいな〜」
楽しそうに話す姫路さんも見るとこっちまで楽しい気分になってくる。
「そうだな」
「本当? 約束だよ?」
「こんなことで嘘なんてつかないって」
行きたい気持ちに嘘はないからな。
それにこんな嘘をつく必要なんて少しもないのに、なんでそんなに不安そうな顔をするんだろうか。
「じゃあ……はい」
そう言って小指だけを立ててこちらに向けてくる。
「ほら、はやく」
俺もそう言われて小指を立てた。
約束する時によくするやつだ。そこまでしなくてもいいのにとは思うけど、やらない理由もないか。
俺は自分の小指を近づけて軽く姫路さんの小指に絡めた。
「ふふ……あれ、響也って意外と手小さい?」
「……うるさい」
「図星じゃん。私とあんまり変わんないんじゃない? ほら、手広げて」
すぐに絡めた小指を離して今度は手のひらを広げてこちらに向けてくる。
これに合わせろってか……。
俺は自分の手が小さいことは自覚していた。
別に不便はないから気にしていなかったんだが、女子に小さいと言われるとなんだか負けられない気分になる。
今から何をしたって変わらないんだがな。
俺は恐る恐るといった感じで手を近づけていく。
そしてピタッと手のひらがくっついた。
大きさは…………少しだけ俺の方が大きかった。
「俺の勝ち」
「違うし! これは大きいんじゃなくて指が長いだけだから!」
確かに俺の手より姫路さんの手の方が少し短いだけだ。
けれど、それを大きさと言わないなら何を比べるのだろうか。
「どっちにしろ俺の方が大きいから」
「違うし……」
「でも、女の子は小さい方がいいんじゃないの?」
「なんで?」
「そっちの方が可愛いから」
「なっ…………」
姫路さんは手をくっつけたまま、顔を真っ赤にしてしまった。
別に誰がとかは言ったつもりないんだけど……。
でも、間違いなく言わない方が良い言葉だった。
言った後にまずいと思ったが時すでに遅しってやつだ。
気まずい雰囲気を破るように完全下校を知らせるチャイムが鳴った。
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