第26話 忘れ去られた人

 祭りの翌日、気怠げな気分で学校への通学路を歩いている。


 昨日は楽しかったし自分にとっても変化のある1日で充実したのだが帰ってきた時間が遅かったせいでやっぱり眠い。


 もちろん遅くなるのはわかっていたし、いつも寝る時間も0時くらいだから大丈夫だと、たかを括っていた。

 でも、昨日あれだけ動いたせいかやはり疲労が溜まっていてこの睡眠時間じゃ取れる気がしない。


 これは学校で寝るしかないな……。


 まぁたまにはいいよな。


「よっ」


 バシンと背中を叩かれて慌てて後ろを見る。

 そこにいたのは元気そうにニコニコしている大輝だった。


 なんだって朝から背中を叩かれなきゃいけないんだ。

 いつもなら気にしないこともなんだか気になってしまう。


「おはよう……大輝は元気なんだな」


「おうよ。なんで逆に元気ねーんだよ」


「そりゃ疲れたから……」


「お前体力ないな」


「言われなくてもわかってる」


 大輝だって部活をやっていないはずなのに、なぜここまで差が生まれるんだ?

 こいつ隠れて筋トレとかやっているのかもしれないな。


「昨日は疲れたかもしんねーけど、お前とっては割といい1日になったんじゃねーの?」


「まぁな…………………なんでそんなニヤついてる?」


「ニヤついてるつもりはないんだけどな…………ふっ」


「笑ってんだろーが!」


 さっきのやり返しのつもりで大輝の肩を叩いた。

 

 ちょっと痛そうにしているけど俺は知らないフリをする。


 確かに昨日はいい1日になった。それは事実だし姫路さんには感謝しなければいけない。

 

 でも、昨日の姫路さんの一言がずっと頭の中に残っている。

 

 ――でもひとつだけ、全然分からないことがあるんだよね


――私の名前を呼ばない理由だよ


 あの時、俺はすぐに答えられなかった。


 言われてみれば、名前が同じだけなら普通に姫路さんのことを名前で呼んでいるはずだ。

 それに『ひな』っていう名前は別に珍しくないから同じ人がいたっておかしくない。

 それなのに俺はなにかを意識して呼べなかった。


 そのなにかが今はまだわからないけど、いつかは答えを出さなきゃいけない。

 

「………………い」


 でも、本当にわからない。

 名前が同じということ以外になにか雛那と姫路さんの共通点はあるのか?


 自分で意識していたはずなのになぜわからないのか、それがわからない。

 自分でもなにいってるのかわからなくなってくるな、これ。


「おい!」


「びっくりした…………。なんだよ」


「急にぼーっとし始めたから、叩いといた」


「意味わかんねえ…………」


 大輝と歩いている間に考えていたからか、ぼーっとしているように見えたみたいだ。

 

「でも、いい悩みそうでよかったわ」


「なんのこと?」


「さぁ?」


 いつも通りのにやっとした笑みを浮かべながらこちらを見る大輝はやっぱり気持ち悪い。

 

 なんだか、感情を見透かされている気分で嫌になるがまぁいつものことだ。


 あれ? 変わるって言ったのはいいけどなにを変えればいいんだ?


 突然、頭の中に浮かんできたのはそんな疑問だった。


◆◆◆◆◆◆


 結局、疑問が解消されないまま俺たちは学校に着いた。


 階段を上がって教室に入ればいつも通りの景色が俺たちを待っていた。

 そりゃ、昨日あんな遠いところの祭りにみんなが行ってるはずがないから騒がしくなるわけもないんだよな。


 さっきまで昨日のことを考えていたけれど、あっという間に現実に戻された俺は自分の席に着く。

 

 同じく大輝も俺の前の席に腰をかけるといつも通りこちらを向いた。


「そういえば昨日ちゃんと花火見れたのか?」


「え? うん、見れたけど。なんで?」


「いや、普通にイチャイチャしてたのかなと」


「………………んなわけあるか」


「なんだよ、今の間は」


「ちょっと黙れ!」


 昨日のはちょっとやばかった。

 あんなに異性と顔を近づけたのは初めてだったし危うく過ちを犯すところだった。


 姫路さんにはもっと自分がどういう存在なのかを気にしてほしい。


「なにを話してるのかな? もしかしてお祭りのことかい?」


「なぁ、響也。なんか聞こえたか?」


「いや、なにも」


 俺たちは確かに聞こえたはずの声を無視した。


「だよな。なんか空耳みたいなの聞こえたかもしれない」


「なんだそれ、やばくないか? 耳鼻科行っといたら?」


「僕をなんだと思ってるんだ!」


 バン! と俺の机に手を置いて大輝との間に割り込んできたのは佐藤和希だ。

 空耳ではなかったらしい。


 勢いよく手をついた佐藤和希はゆっくりと手を下げて俺の方を見た。


「君たちがお祭りで遊んでいる間、僕はなにをしていたと思う?」


「知らない」


「興味ねーな」


 淡白な返事をすると佐藤和希はイラつきを隠せないようで眉間に皺を寄せた。


「部活だよ! 部活! 君たちが遊んでいる間に僕はまた成長したんだよ」


「「……………………」」


 なんだこいつ。

 やたら自慢げに胸を張っているけど自分がどれだけ悲しいことを言っているのかわかっていないのか?


 そもそもこいつが本当に活躍しているのかも怪しいよな。

 このクラスの中に佐藤和希と同じ部活のやつはいないし嘘ならいくらでもつける。

 見栄を張っているようにしか見えない。


「なぜそんな微妙な反応なんだい!? 悔しがったりしろよ!」


「いや、悔しいもなにもないだろ。お前惨めだな」

 

 大輝が蔑むような目で佐藤和希に言い放った。


 それを聞いてさらに怒りの感情を出した佐藤和希に大輝は追い打ちをかける。


「大体、お前テストの時悔しがってだろ。本当は行きたかったのに行けない自分を無理矢理正当化してるのに悲しくないのかって言ったんだよ」


「それは……」


「大体、テストの点数取れなかったお前が悪いし部活なんて俺たちは元々やってないから自慢になんねーの。わかったらさっさと帰れ」


 シッシッと手を外側に払って大輝は離れるように促す。

 あれだけ論破されたのにも関わらずまだ食い下がろうとする佐藤和希。


 俺はただ傍観者になっている。


 大輝が呆れてため息を吐くと、佐藤和希の後方から見慣れた2つの影がこちらに向かってきた。


「おっは〜」


「おはよー……」


 莉沙と姫路さんだ。


 姫路さんは俺たちの間にいるやつに気づくとあからさまに呆れた表情をした。

 

 一方の佐藤和希は一気に顔を硬らせた。

 体まで面白いくらいに固まっている。


 どうするのか見守っていると、そそくさと静かに自分の席に戻っていった。

 もう、姫路さんには目も合わせられないらしい。


「え、なんで戻っちゃったの?」


「「「わかってないんかい」」」

 

 ぽかんとしている姫路さんに思わず俺たちの声が重なった。


 

 

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