第23話 心を照らす花火
俺が全てを話し終わると、ただの沈黙が続いた。
姫路さんに取ってこれがどんな沈黙なのかわからないけど、俺にとっては嫌な沈黙だった。
やっぱり、嫌われただろうか?
こんなこと、話さないほうがよかっただろうか?
今からでもちょっとでもいいように振る舞ったほうがいいのか?
なんて考えても意味のないことばかりが頭をぐるぐるしている。
すると、ポケットに入れていたスマホが鳴ったので気を紛らすために視線を海からスマホに移す。
『花火ちょっと遅れるって』
莉沙からの連絡だった。
確かに、俺が長々と話してもなかなか花火が始まっていないことに気づいた。
携帯はちょうど20:00と表示がしてあるし本当なら花火が始まってもおかしくない時間だ。
何かあったのか、ここは花火会場からは少し遠いからわからないけど今の俺には嫌な知らせだ。
だって、話を切れる口実がない。
なんて言われるか、そんな不安を抱えながらただ姫路さんの続きを待っていると海をぼうっと見つめていた姫路さんが口を開いた。
「まとめると、その雛那ちゃんと響也は付き合ってて雛那ちゃんがあいつと2人でいるところを見てしまったと」
「うん」
「それで、結果的にサプライズだったけど話も聞かないで転校の日まで口も利かなかったと」
「……はい」
ひとつひとつ、簡単に俺の過去をまとめ上げていく姫路さん。
なんだかだんだん追い詰められているようだ。
「相手は話そうとしてくれていたのに、響也が断ってそんな関係のまま別れてしまったと」
「……………………」
なぜだろう。
全てが事実で自分から話したことなのに恥ずかしくて仕方がない。
自分のあの時の器の狭さ、幼稚さがどんどんバレていくようでとことん嫌になる。
だんだんと顔を沈ませる俺。
すると、たまたま視界に入った姫路さんの手が強く握られていた。
どうしたんだ?
「やっぱり、あいつは今度ぶん殴んないとダメだ」
「…………え?」
全然意味がわからない俺に目を合わせた姫路さんが続ける。
「あいつだよあいつ! 名前なんて覚えてないけど、あのかっこよくないのにかっこつけてその上たばこ吸ってるのかっこいいと思ってるイキリ勘違いだよ!」
なぜか、興奮気味の早口で話す姫路さんは足をバタバタさせている。
すぐに司のことを言ってるのがわかった。
かっこよくないかどうかはさておき、中学の時と雰囲気が変わっていたあの時の司からは確かにたばこの匂いがした。
「えっと……なんで?」
俺が聞くと姫路さんはポカンとした表情をする。
「え……まじで言ってるの?」
「そっちこそまじで言ってるの?」
真面目に返すと目を2回ぱちくりとした姫路さんはなぜか肩をすくめて、俺を呆れたような目で見てくる。
今の話で呆れられる場所なんてあったか?
「あのね、中学生の恋愛でしょ? そのくらい普通じゃない? てか、そもそもあいつが響也を殴った意味が全くわからない。あのさ、サプライズってバレたらサプライズじゃないよね? その時点で何があったか言うべきなんだよ」
「だからそれは俺が話を聞かなかったからで」
「あいつが雛那ちゃんのことを好きだったのは知ってたんでしょ? それで2人で一緒にいるところを見たら誰だって不安になるし怒るでしょ。私だって怒る」
「だから、俺がその後話を聞かなかったから……」
雛那は何回も俺に話しかけてくれた。
それなのに俺は全部拒否して殻に閉じこもったみたいに何も聞かなかった。
あの時、少しでも耳を貸していればあんな別れた方にならずに済んだのに……。
俺が自分の非を認めるように言っても姫路さんは逆に怒りで顔を滲ませた。
「雛那ちゃんは何回、響也に話に行ったの?」
「え……」
質問の意図がわからないけど、とりあえず覚えている限りの記憶で数えてみる。
「5回…………とか、かな? 詳しくは覚えてないけど」
「はぁ!? まじ? 5回しか行ってないの? それってそもそも誤解を解くつもりないよね?」
「だから、俺が拒否し続けたから」
「その考えが間違ってるんだよ! 本当に好きなら何回でも話しかけに行くし、サプライズ云々よりその時の関係を気にするでしょ。そもそもだよ、響也の好きなものとか聞くなら莉沙で十分だから」
姫路さんの珍しく熱くなっている言葉を聞いて胸のどこかで何かが突っ掛かる感じがした。
確かに、言われてみたら俺が何か誤解されたら全力で誤解を解きにいくし、莉沙に聞けばいいっていうのもその通りだと思った。
莉沙と雛那が一緒にいても俺は何も思わないしな。
でも、ちょっと頭で理解できても心は追いつかない。結局、あの時こうしていたらって思ってしまう。
「ちょっと、正直なこと言わせてもらってもいい? 今、すごくイラついてるんだけど」
「え? うん」
姫路さんがイラついているのは言われなくてもわかったし、それを拒否するつもりもなかった。
でも、なんでイラついているのかだけがわからない。
「まずね、響也は悪くないから少しも」
「………………は?」
「だから、悪くないんだって。なんで、雛那ちゃんが誤解を解きに行かなかったのか理解できないし、1番理解できないのはあいつ。あいつは少しも誤解を解こうとしてないでしょ。その時点でどうせワンチャンあるとか思ってるに決まってるじゃん。これはただの推測だけど、あいつが雛那ちゃんに言ったらサプライズの意味なくなるでしょとか諭してた気がする。まぁもしそうだったら雛那ちゃんも雛那ちゃんだよね。完全に意味不明だから。それも、もしかしたら中学生だからで済ませられるのかもしれないけど、おかしいから絶対に」
長々と語られる姫路さんの言葉に涙が出そうになる。
俺は間違ってなかったのだろうか?
あの時、俺は何も悪くなかったのだろうか?
確かに、姫路さんに言われるまで自分を責め続けることしか出来なかったけど言われてみればすんなり納得できる内容だった。
雛那は司以外もしくは他の人も一緒にサプライズしてくれればよかったし、俺が誤解するのも仕方ないと思ってきた。
「あ……えっと……」
でも、どう反応して何を言えばいいかわからなくてつい言葉に詰まってしまう。
そんな俺を見て体をこちらに寄せながら怒ってた姫路さんが落ち着いた様子で元の体勢に戻る。
「わかった? 響也は悪くないの。響也は優しいから最後にプレゼント貰ってそのことに気づかなかった自分を責めてると思うんだけど、全然悪くないから。むしろ、すごいと思うよ」
「す、すごい……?」
なんか、少し鼻声になってる気がする。
その理由はわかるけど、自覚したくないからなるべく普通にする。
「だって、響也は悪くないのに全部1人で背負ってあんなわがままな気持ち悪い奴に殴られるのも許容してるんだよ? 優しい通り越して馬鹿だよ」
「馬鹿って……」
「あいつは今度私が絶対に殴るから安心して」
「それはやめろよ。姫路さんが悪くなる」
思わず笑みがこぼれる。
姫路さんが司を殴るところを想像したらなんだか笑えてきた。
「そうやって笑ってる響也の方がいいよ」
「……………………」
姫路さんの優しい眼差しを見ると今度こそ本当に涙が出てきた。
「俺、間違ってなかった?」
「うん」
「あの時、怒ってよかったのかな」
「誰でも怒るよ」
「やっぱり殴られたのはおかしい?」
「それは、絶対におかしい」
目を合わせて笑い合う。
今度謝りにくるとか言ってたけど、もし来たなら俺から1発やり返してみようかな、なんて。
でも、こんなやり取りで涙が出てから気づいたことがある。
結局、俺も心のどこかでは文句を言っていたんだと思う。
雛那が悪い、司が悪い、けどやっぱり俺が……。
なんて自分を責め続けて、そうしないとプレゼントを貰っただけな自分が悪い気がして。
怒っただけでプレゼントを貰ってそのまま会えなくなる。これって貰った側からしたらすごく嫌な展開だと思う。
だって、何もお返しができないままだから。
でも、その怒った理由は相手にあるって肯定してくれる人が初めて現れた。
もちろん、初めて話したのも姫路さんだから初めてなのは当たり前だけど。
それが嬉しくてこうして涙が出ている。
「でも、ひとつだけ全然わからないことがあるんだよね」
「なに?」
聞き返すと姫路さんは小指同士が触れるくらいに近づいた。
「私の名前を呼ばない理由だよ」
下から覗き込むように聞かされたその言葉にすぐに返すことができない。
「そ…………れは」
「響也が雛那ちゃんを好きだったのはわかった。それで責任を感じていたこともわかった。だけど、それで名前を呼ばない理由にはならないよね」
確かにその通りだった。
今、考えてもなんで名前を呼ばなかったのかがわからない。
いや、なにかはある。けれど、無意識の中にあるなにかだからわからない。
俺は人見知りだけど相手を苗字で呼ばないほどではない。じゃあ、なぜだろう。名前を呼ぶ機会なんていくらでもあったはずなのに。
そこでひとつの可能性が思い浮かんだ。
「傷つけたくなかったのかもしれない」
「?」
いまいちピンとこないようで首を傾げている。
俺は付け足すように説明する。
「雛那と俺は付き合ってたでしょ? それで今の今まで俺が悪いと思ってたから、同じように傷つけたくないと思ったのかもしれない」
それも結局は俺は間違ってなかったみたいだけど。
けれど、その理由なら呼ばなかった理由になると思う。まぁ、俺にもよくわかってないんだけど。
「なるほど……? だったらさ――」
姫路さんはただでさえ近かった距離を縮めてきて鼻と鼻がくっつきそうなくらい近づける。
ふんわりと甘い香りが鼻腔をくすぐり顔を固めてしまう。
緊張した俺の目をがっちり見て言った。
「なんで傷つけたくないと思うの?」
「え――――」
その言葉に思わず息を呑む。
傷つけたくない理由……最初に出てきたのは友達だから。だけだそれだったら名前を呼ぶ。
けど、それ以上の理由は出てこない。
仲がいいから、放課後に話す唯一の関係だから、みんなの人気者だから、それとも他の何か――。
俺の中では答えが出なかった。
その間、姫路さんの潤んだ瞳がだんだんと近づいてくる。
いや、このままだキ、キスしてしまう。
でも、何も言えないまま距離だけが近づいていく。
ひゅ〜ば〜ん。
海の向こう側に打ち上げられた花火が目の前を照らす。
周りが一瞬で明るくなって同時に俺たちの距離が近すぎることを認識する。
慌てて2人で顔を離す。
そういえば俺が答える番だった。
「ま、まぁ、その答えは今度聞かせてよ。今はまだ聞きたくないから」
少し焦って顔を赤らめている姫路さんは慌てながら手を地面について俺から距離を取る。
緊張しすぎた俺は固まったままだ。
その間も花火は俺たちを待つことなく打ち上げられて横目に多色多様な花火が映る。
姫路さんも横目にその花火を見ながら、体を俺に向けて右手を差し伸べる。
「でも、これは聞かせてほしいな。
一緒に帰ってくれる?」
――なんか新鮮な感じ〜! ねぇこれからも一緒に帰ろうよ
――いやちょっとそれは……考えさせて
――そっか
いつかの初めて一緒下校した日、姫路さんがしてくれた提案をうやむやにしたままにしていた。
それの答えを求められている。
今までだったらまたうやむやにして無かったことにするんだろう。
けど、俺は今日ちょっとだけ変わることができた。
だから、答えは決まっていた。
「うん。よろしくお願いします」
その手を取り目を合わせて微笑む。
今日は少しだけ変われた気がする。
今まで、誰かとの関係を自分から進んで深めようとはしてこなかった。傷つけたくないなんて思っていたから。
けれど、俺も少し踏み出してみようと思う。
そして初めての相手はこの人がいいと思った。
だから、少しずつ変わっていこうと思う。
姫路さんはそんな俺の手を優しく包み込むように握ってくれた。
安心して俺も握り返す。
そんな俺たちを、俺の心照らすように桃色の花火が夜空に舞い上がった。
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