第22話 噂を信じない理由

 そんな流れで俺たちは付き合い始めた。


 初めての彼女だからどんなことをしたらいいんだろうなんで困ったこともあったけど、雛那にはいつも通りでいいよと言われて気が楽になったことはあった。


 今までは大輝と莉沙との4人で過ごす時間が多かったけれど、付き合い始めてからは2人の時間が多くなった。


 それは2人の気遣いもあったと思う。

 明らかに俺たちを2人きりにする時が多かったし、気にしなくてもいいのにって思うこともあったけれどその気遣いが嬉しかった。


 付き合ってから1年が経っても雛那への想いは弱まるどころか強くなっていた。

 中学生の恋愛ってちょっとしたことで別れたりすることがよくあると思う。


 でも、俺たちは喧嘩も全然しなかったし仲良くなっていく一方だった。


 そんなある日、学校である噂が流れた。

 その内容は――


『雛那と司が2人で楽しそうに遊んでいた』だった。


 でも、その頃の俺は何も心配をしてなかった。

 雛那が裏切る分けないって信じきっていたし、司も雛那もバスケ部だ。なにかの理由で2人になることだってあるだろう。


 だから、クラスメイトに色々言われても別に心配することないだろって返していた。

 でも、あまりにもクラスメイトたちがうるさいから雛那に直接に聞いてみたことがある。


「なぁ、前司と2人でいたって聞いたけど気にしなくてもいいんだよね?」


「え!? あ! うん! 全然気にしないで! 浮気とか絶対しないし、っていうかそもそも2人でいなかったし! 安心して!」


 ちょっと、慌てすぎだと思ったけどそこも雛那っぽくていいなって思った。

 それにそもそも2人でいるっていう噂が嘘だったらしい。それであればなにも心配する必要はない。


 そう思っていたんだけど……。




 そんなある休日、俺は文房具を買いにショッピングモールに1人で来ていた。


 この時の俺は少し気が立っていた。

 理由は両親の喧嘩。父親が浮気したとかで毎夜怒鳴り合いの喧嘩が聞こえてくる。

 それに耐えられなかった俺は何かと理由をつけて家から出ることが多くなっていた。


 今日は雛那が用事があるらしく大輝はゲームにどハマりしていて一緒に行く人がいなかった。


 だから、1人で文房具屋に来たわけだけどなんだか悲しかったからさっさと店を出た。

 早くショッピングモールを出てそこら辺を散歩しようと思っていた。


 すると、吹き抜けの反対側を歩く2人を見て視線が止まった。

 雛那と司だ。


 こちらには気づいていないらしく、2人で楽しそうに……歩いていた。

 雛那が持っているスマホを2人で覗きながら、肩を寄せ合っていた。


 あれじゃあまるで付き合っ――。


 そう見えるくらい距離感が近かった。

 その時の俺の頭の中はごちゃごちゃになっていた。

 なんで雛那と司が? 前のは嘘だったんじゃ? なんであんなに距離感が近いの……?


 もう意味がわからなかった。


 ショッピングモールのど真ん中で立ち止まった俺が固まっている間に2人はどこかへ歩いていってしまった。




 翌日、放課後に遊ぶ予定を立てていた俺は雛那と俺の家に向かっていた。

 おうちデートってやつだ。


 でも、家に行くまでに耐え切れなくなった俺は雛那に切り出した。


「なぁ……昨日、誰かと遊んでたりした?」


「え!? あ、遊んでないよ! 昨日は用事があって……」


 それを聞いた瞬間頭に血が上った。

 俺には用事があるって言って断ったくせに。


「は……? 俺昨日ショッピングモールで司と2人で歩いてるの見たんだけど」


「え…………。えっと、それはね……」

 

 やっぱり俺に見られていたのは気づいていなかったらしい。

 俺に言われた瞬間雛那はわかりやすいくらい目が泳いでいた。

 これはもう、確定だ。その時の俺は勝手にそう決めつけた。


「なんで嘘ついたんだよ!」


 俺は詰め寄った。


「いや、だからそれはね……」


「嘘つくってことはやっぱりあの噂は本当だったんだな」


「いや、それはね理由があって」


「どうせ司と付き合ってんだろ!」


 はっきり言い切ってしまった。

 この時の俺は家庭環境とかがあって気が立っていたからストレスが溜まっていた。

 それをここで全部出し切ってしまうくらいに怒ってしまった。


「そ、それはないって……」


「はぁ!? あんなにくっついといて? もうあいつのこと好きならそう言えばいいだろ!」


「ねぇ、ちょっと話聞いてよ」


「どうせ言い訳だろ! 最低だな!」


 俺はそのまま雛那を置いて1人で帰ってしまった。

 その日から俺たちは連絡を取らなくなった。


 でも、連絡を取らないって言ったってクラスは同じだし毎日顔を合わせる。


「ねぇ、響くん? ちょっと話したいことがあるんだけど……」


「……………………」


 俺は頑なに雛那を無視して過ごした。

 最初の頃は雛那が何回も話しかけてきたけどそれもどんどん少なくなってきて最終的には話すこともなくなった。


 周りには初めての喧嘩って判断されてそこまで心配されなかった。

 今まで仲が良かった分たまにはこういうこともあるって感じで見られていた。


 そんな感じで過ごした1ヶ月。暦はもう12月になっていた。

 さすがにこのままじゃダメだって思ってたけど、あそこまで怒ってしまった俺からなんて話しかければいいかわからなかった。


 そんな時、司が俺に話しかけてきた。

 2年生になってから司とは同じクラスだった。ちなみに大輝も莉沙もクラスは違った。

 だからこのことは知らない。


「おい、響也。そろそろ雛那と話したらどうだ?」


 落ち着いてきた俺だったけどその言葉にイラつきを隠せなかった。

 だって、司が雛那のことを好きなのは知っていたから。


「は? お前が雛那と浮気してんだろうが」


「だから、それが間違いなんだって」


「そりゃなんとでも言えるだろうな」


「お前、話さないとなにもわからないままだぞ。それに雛那はお前のために――」


 前に殴られた時とは違う、落ち着きのある声で俺を諭す司。

 でも、全くもって聞く耳を持たなかった俺。


「はぁ? 俺のために浮気してたってか?」


「だから! 話を聞けって!」


「うっせぇよ!」


 今思えば、馬鹿だったなって思う。

 多分、心の奥底では雛那には理由があるってわかっていた。わかっていたけど俺は素直になれなかった。


 それから年が明けて2月になっても俺たちは仲直りしなかった。

 というか、半分自然消滅みたいな感じだった。


 そんな2月の後半、とんでもないことを莉沙に聞かされた。


「雛那、転校しちゃうんだよね。お別れ会しないとね」


「は……?」


「もうなんか考えてるんでしょ?」


 俺の反応をよそに莉沙は話していた。

 

 そもそも大輝と莉沙は違うクラスで俺たちが付き合ってから4人で遊ぶことはあんまりなくなっていた。ここ最近はほとんどなかった。


 だから俺たちが喧嘩しているのを2人は知らない。それにあの噂だってクラスの中くらいで収まったし3日くらいでみんなの記憶から消える程度だった。


 だから莉沙は俺たちが喧嘩していることは知らない。それで俺が雛那が転校することを当然知っていると思っていたわけだ。


 転校? なんでそんな急に……。

 俺は頭の中が真っ白になった。


 頭が真っ白になっている時点で雛那のことがやっぱり好きなことに気づいた。

 だけど、いまさらなにを言ってなにをしたらいいかわからなくてただ時間だけが過ぎていく。


 お別れ会をする準備だってやってはいたけどずっと頭の中はどうしたらいいかで埋まっていた。


 そして迎えたお別れ会当日。

 もう終業式は終わって今日で雛那はいなくなるって時だった。


 いつもの4人でただはしゃぐだけのものだったけど、それだけでも楽しかった。

 

 俺と雛那が喧嘩してるなんて知らない2人はいつも通りで、俺があんまり話さないのも最後どうしたらいいかわからないからって思ってるらしい。


 結局、最後までまともな会話もしないでお開きになるかと思った時、大輝が俺の背中を押した。


「最後くらいちゃんと話さないと後悔すんぞ」


 一応、莉沙と大輝には雛那が転校するタイミングで別れるとは言ってあった。

 俺が勝手に決めたけど雛那は特になにも言わなかった。だから、最後にと背中を押してくれたのだ。

 

 俺は家の外で雛那と2人きりになる。

 ただ見つめ合うだけで沈黙が続く。


「あ、あの」


「ごめんね」


 俺が何か言わなきゃと声を出すと、被せるように雛那が言った。


「響くんを不安にさせちゃったのはわたしだしそれを伝えてなかったのもわたし。全部わたしが悪いんだ」


 いや、それはおかしい。なんて今まで責め続けていた俺の心から矛盾が生まれる。


「でも、今でも響くんのことは大好きだよ。さようなら」


 それだけ言うと俺から背を向けて歩いて行ってしまった。

 それを追いかけようと手を伸ばしても足は動かなくて、それが雛那の顔を見た最後だった。




 何も言えないまま自分の家に帰ってくると、部屋の前に少し大きめな箱とその上に紙が置いてあった。


 紙は真っ白で誰からなものかわからない。


 よくわからなかったから1階にいる母に聞くと、「お友達が渡してって言ってたわよ」と言われた。


 その友達が誰なのかよくわからなかったけど、ひとまず開けてみればわかるだろうと箱を手に取った。


 紙より先に箱の中身を確認すると。


「これ………………」


 中には真っ白なスニーカーが入っていた。それも結構高く、2万以上はするものだ。

 一時期これが欲しい時があったけど高くてやめたやつだった。


 一体誰がこんなこと……。

 もしかして紙を見たらわかるかもしれないと、思い折りたたまれていた紙を開いた。


『響くん、誕生日おめでとう。ちょっと早いけど許してね』


「ッ…………」


 差出人こそ書いてないけど誰からなものかなんてすぐわかった。

 その瞬間、目が熱くなってすぐに泣き始めた。


 結局、司と雛那が一緒にいたのは俺の欲しいものを考えて欲しかったからでそれを勝手に勘違いした俺が馬鹿みたいに怒ってたって話だった。


 司は雛那のことが好きだったのにその雛那の彼氏の俺のために手伝ってくれていた。

 だから、これだけのことをしてくれたのに雛那には怒ってばかりだった俺をこの前殴ったわけだ。


 全部俺が悪かった。


 それに俺の誕生日は3月31日だった。 


 じゃあ、あんな前から俺の誕生日を……。


 そう思うとまた涙と嗚咽が出てずっと泣き喚いた。みっともなく。


 その日から俺は噂を信じないようにしたし、もう好きな人なんて作らないようにしようと決めた。


 だって、俺が誰かを好きになれば雛那みたいにまた傷つけてしまうから。


 

 



 

 

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