第18話 浴衣の姫路さんと2人。

 女子たちが浴衣姿に着替えてから俺たちは祭り会場に向かった。

 莉沙のお母さんは、友人が屋台を出しているらしくお手伝いに行くと先に行ってしまった。


 今は7人で祭り会場までの道を歩いている。

 場所を知っている莉沙とその他の女子が前を歩いてその後ろを俺たちがついていく。


 まだ会場とは少し距離があるけれど、すごく明るくなっている場所があるから祭り会場がどこなのかはなんとなく俺たちにでもわかった。


「それにしても昴生も男だったなぁ」


 大輝が昴生を見て楽しそうに笑う。


 俺もあの時同じことを思った。昴生は人懐っこい性格でみんなと仲良くしているイメージだ。

 女子も男子も幅広い人脈があるっぽいし、誰かを好きなんて噂は聞いたことがないしそんな風に見えたこともなかった。


「な、なんの話だよ」


 珍しく詰まりながら返す昴生。

 もしかしてわかりやすかったりするのか?


「とぼけんなよ、宮田のことす――」


「最後まで言わなくていいから! そうだよ、なんか悪いかよ!」


「いいや、全然。むしろ安心したわ」


 結構照れ屋なんだな……。

 昴生とは学校で話したりすることはあるけどこんなに長時間一緒にいたことは勉強会が初めてだった。

 やっぱり関わる時間が増えればそれだけ相手のことをよく知れるな。


「なんだよ安心って」


「いや、昴生はそういうの興味なさそうだと思ってたからな。な?」


 大輝は俺にも同意を求めてくる。


「俺も同じで興味なさそうだと思ってた」


「なんでだよ! 俺だって男だし普通に好きになることだってある」


「そうだよな……」


 昴生は少し頬を赤らめている。

 でも、バレるとここまで正直に話すんだな。

 

 俺だったら最後まで頑張って隠し通そうとするけど。


「それで? どこが好きなんだよ」


 肘で昴生をつつきながら大輝は聞いた。


「え、それ言わなきゃダメ?」


「ダメってわけじゃねーけど、気になりはするな」


 俺は口を挟んでいないけど、もちろん気になる。

 

 宮田さんはザ・体育会系って感じで昴生と似ているところがあってフレンドリーだ。

 容姿も整っていると思うし、どんなところを昴生が好きになったのかは聞いてみたい。


「えぇ〜。まぁ……まず顔がタイプで……あとはあいつ背ちっちゃいだろ? バスケで背が低いってだいぶ不利なんだけどそれでも1人で自主練とか頑張ってレギュラー取ってるのがかっこよくてさ。だけど、部活以外のとこでは結構可愛いところあるんだよ。そのギャップがいいというか……。あとは――」


「おっけーおっけー。昴生がめっちゃ宮田のことを好きなのはわかった」

 

 大輝が昴生のいつまでも続きそうな話を止めた。

 本当に好きなんだな……いつもと違う昴生を見れてすごい新鮮で面白い。


 大輝に言われて顔を赤くしている昴生を見て俺は少し提案をしてみる。


「なぁ、それだけ好きなんだったら告白しないのか? さっきの反応見たら脈なしには見えないんだけど」


 さっき、浴衣姿の女子陣を見た時。昴生は好きなのがわかるほど、わかりやすい反応だった。

 対して宮田さんも昴生にだけ、目線を向けていたし、昴生の言葉を聞いた後も恥ずかしがって一之瀬さんの後ろに隠れていた。

 

 嫌いだったらまず、どう? なんて聞かないしどう思ってるか気になるのは相手からの自分の印象を気にしてるってことだろう。

 だったら脈なしどころか思いっきり脈ありだと思うだが……。


 昴生はなぜかありえないものを見るような目でこちらを見た。


「響也……本気で言ってるのか?」


「え? うん」


「俺、お前にだけは言われたくないわ……」


 なぜか思ったことを言っただけなのに、昴生から少し距離を取られた。

 昴生と大輝は俺より少し離れて歩いている。

 ふと、大輝を見れば昴生と同じ目をしている。


 俺、変なこと言ってないよな?


◆◆◆◆◆◆


 祭り会場に着いて最初に感じたことはものすごく大きい、だ。

 祭りの会場は海の近くにある、広いスペースを使っているようだ。

 普段はどんな感じになっているのかわからないけど、今は屋台が敷き詰められていて祭りムード一色だ。


 潮の匂いを感じながら俺たちはくっついて歩く。

 さっきは広い道を歩いていたからスペースを空けて歩いていられたけど、今はもう歩くスペースもままならない。


 さっきと変わらず女子が前を歩いているが少し歩いたところで莉沙が振り向いた。


「とりあえず食べたいものとか先に買ってどっかで食べよー!」


 俺たちに聞こえるように大きな声でそう言う。

 確かにそうしたほうがいいかもしれない。この状況じゃ買っても食べれないしな。

 それに最後には花火もあるしそれまでには楽しんでおいたほうがいいだろう。


「でも、迷子になったら困るから何人かずつペアで行こ〜」


 確かに莉沙の言う通りだ。

 食べる場所はあるらしくここからさらに海側に行くとテントがたくさん並べられているらしい。

 しかし、集合場所を決めても1人だとトラブルがあった時に大変かもしれない。


 ということで、何組に別れたわけなんだが……。


「なんだこれは」


「何って普通に別れてもらっただけだけど」


 まず、大輝と莉沙と一之瀬さんで1組出来ている。これはまぁ納得だ。

 次に昴生と宮田さんだ。これもさっきの見たらこう分けたくなるのもわかる。


 そして、俺と姫路さんがペアになっているわけだ。

 姫路さんは何も言わないで莉沙を見ている。


「別に嫌じゃないでしょ?」


「嫌じゃないけど……」


「じゃあ決まり〜! れっつご〜」


 結局、勢いに押されて姫路さんとお祭りを回ることになった。


◆◆◆◆◆◆


 姫路さんと行く場所も決めずに適当に歩く。


 いつもなら姫路さんが何かしら話し始めたりする場面だけど、今日はなんか静かだ。

 ずっと俯いてるし元気がないのか……?


「ねぇ、なんで元気ないの?」

 

 2人の中では珍しく俺から声をかける。

 ゆっくり顔を上げた姫路さんの目は自信がないみたいだった。


「だって……浴衣着るの初めてだし変じゃないかなって」


 お腹の前で指を絡めてモジモジしている。

 何言ってるんだ?


「いっつも自分が美少女だって言ってるのに?」


「美少女だから、浴衣が似合うとは限らないじゃん!」


「似合ってるんだって! 同じこと2回も言わせないでくれ!」


「え……」


 姫路さんは驚いたように目を見開く。

 さっき、綺麗とか言わせたくせにまだ自信ないようにしてるのは見てられない。

 さっきの俺の努力はどうなるんだ……。


 姫路さんは少し固まったあと、いつもの表情に戻った。


「そ、そういえばさっきのは満点だったよ」


「あ、ありがとう……?」


 さっきっていうのは多分莉沙のおばあちゃんの家のことでの話だろう。

 あれで満点じゃなかったら悲しいもんだけどな。


「あ! かき氷ある!」

 

 急に元気になった姫路さんはかき氷の屋台を見つけてはしゃぎ始めた。

 子供みたいだな。


「かき氷とか最後の方がいいんじゃないの?」


 やっぱり最初は焼きそばとかたこ焼きとかそういうのを食べて最後にデザートみたいなイメージがある。

 それにあんまり持ち運んでいると溶けてしまう。


「う〜ん……いや、先に食べる!」


「えぇ……」


 我慢できなくなったのか少し小走りで屋台へ一直線に向かっていく。

 俺もすぐ後ろをついていく。姫路さんの甘い匂いが鼻腔をくすぐる。


 あと少しで屋台に着くというところで姫路さんが体勢を崩した。

 

「あ! ……っぶねぇ」


 俺は慌てて姫路さんの腕を掴む。

 軽くて細い腕だった。


「ありがと……死ぬかと思った……」


 死ぬはちょっと大袈裟だと思うけど。


「浴衣なのに小走りするからだって。気をつけてよ」


「うん……」


 恥ずかしいのか俺に目を合わせないで頷いた姫路さんはかき氷屋さんに向かっていく。

 俺はそんなに食べたい気分でもないのでゆっくりついていく。


 俺が屋台の前に着いた時には既に姫路さんはかき氷を手にしていて嬉しそうにこちらに来る。

 それにしても……。


「そのかき氷大きすぎない?」


 姫路さんの手にしているかき氷はブルーハワイのシロップがかけられている。そこまでは普通なのだがサイズが大きすぎる。

 明らかに1人で食べれそうにない大きさだ。


「なんかSとMとLあったからLにしてみた」


「バカなの……?」


 呆気に取られていると、姫路さんはかき氷を食べ始めた。

 そのまま歩き始めたので俺も着いていく。

 結局歩きながら食べるのね……。


「あぁ〜! つめったい!」


 顔をきゅ〜っとしかめている。

 まだひと口しか食べていないのにこの調子で大丈夫なのだろうか。

 

「全部食べれるの?」


 ただでさえ、サイズが大きいから気になってしまう。

 姫路さんのことだからメインはこれからだろうしな。


「なに? もしかして食べたいの? 仕方ないなぁ」


「いや、別にそんなこと言ってないんだけど」


 俺の話も聞かずにかき氷をすくい上げると俺の口元に持ってくる。


「あ〜ん」


 は? なにこれ、どうしろって言うんだよ?

 かき氷を食べるのはいいとしてもこれじゃあまるでか、か、間接キスになる。

 そんなことは陽キャの姫路さんには関係ないのか? いや、関係あるだろ。少なくとも俺は気にする。

 

 どうしようか目をうろうろさせていると姫路さんがどんどんストローをこちらに近づけてくる。

 このままだと唇に当たりそうな勢いだ。

 反射的に口を開ける――と姫路さんは自分の口元にかき氷を入れた。


「は?」


「響也が遅いから耐えれなくなっちゃった」


 てへ、と笑いながらおいしそうにかき氷を食べている。

 いつも通り、遊ばれている気がする。まぁさっきよりはこっちの姫路さんの方がいいけど。


「やっぱり、間接キスとか気にするんだ?」


「なっ。わかってるならやるなよ」


「べ、別に私は嫌じゃないんだけどなぁ」


「なんか言った?」


 姫路さんにしては珍しく小声で何かを呟いたから聞こえなかった。

 この歳で間接キスを気にしない人なんているのだろうか? それに自分がどう見られているかくらい理解して行動してほしい。

 姫路さんの場合は理解してもこれなのかもしれないけど。


「え? ううん、なんも。……はい! 一緒に食べよ」


 姫路さんは俺に見えないところで持っていたストローをこちらに差し出す。1人で食べるつもりはなかったんだな。

 最初から出して欲しかった……。


 俺は遠慮なく受け取りかき氷をすくう。

 これだったら気にしないで食べられる。


 口に入れるとキーンと冷たさが頭に響いて甘さが口の中に広がった。

 久しぶりに食べた。


「ねぇ、ちょっと口開けて」


 姫路さんには言われて俺は言う通り口を開ける。


「ははっ! 舌、真っ青だよ! おもしろい!」


「じゃあ口開けてよ」


「はい」


「そっちも青いじゃん」


 2人で笑いながらかき氷を食べながら歩く。

 食べながらだからすごく歩くのが遅くなっているけど、その時間が楽しかった。

 

 その間に色んな屋台に寄って、全て周りきるころには両手が袋で一杯になっていた。


 


 



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