第17話 浴衣

 2時間の長旅の末、俺たちは莉沙のおばあちゃんの家に着いた。田舎にある大きい古民家という感じだ。

 もちろん、目的はお祭りだけど莉沙はおばあちゃんの家に用があるようだし祭りの会場はここから結構近いらしいからちょうどいいのだろう。


 車から降りれば、少し遠くからドンドンと太鼓を叩いている音が聞こえてくる。

 今は17時くらいで外は少し涼しく月が夜空から顔を出し始めていた。


「おばーちゃん!」


 莉沙は車から降りると真っ先に玄関の前で待っていたおばあちゃんのところへ向かう。

 俺たちはそんな微笑ましい姿を見ていると莉沙のお母さんがこっちにくるように促してくる。


「祭りは6時くらいからが本番だし、ちょっと入っていきなよ」


 莉沙以外の俺たちは少し目を合わせたあと頷いた。

 ここら辺の地理感覚が少しもないから断る理由もない。18時ってことはあと1時間くらい。

 そこら辺で時間を潰せと言われても無理な話だ。


 横開きの扉を開けてもらい中に入った俺たちは1番大きいであろう部屋に案内された。

 リビングではないし大広間っていうのか?


 すごい大きな机が真ん中にあり横に座布団が並べてられている。

 こういう家って本当にあるんだな。俺のおばあちゃんの家はここまで大きくないし古くもないから初めてこういうところにきた。


 適当に座った俺たちを見て1人だけ立っている莉沙が手を腰の横に置いて胸を張っている。

 何してるんだ?


「じゃあ、女子のみなさんはこらちへどうぞ〜」


 手のひらを開いている襖に向かって向けている。


 莉沙以外の女子を見てもなんのことかわかっていない様子だった。もちろん男子陣もわからない。

 ただ、莉沙がニヤニヤしすぎていてよくないことを考えていることだけはわかる。


 なんのことかわからない女子陣は座ったままどうしようかな迷っている。

 すると、部屋の端にいた莉沙のお母さんが近くにいた宮田さんの背中を押す。


「ほらほら、変なことはしないからさ〜」


 めちゃめちゃ怪しい。

 莉沙のお母さんは莉沙よりひどい。目がはっきり言って怖いくらいだ。

 顔は笑っているのに怪しい業者って感じがしてならない。


 それを見て断れないことを悟ったのか宮田さんが渋々立ち上がる。

 それを見て一之瀬さんと姫路さんも立ち上がった。少し怖がってるようにも見える。


「よしよし! じゃあ行くよ〜! あ、男子はそこで待機ね。絶対来ちゃダメだから」


 俺たちはダメなのか……。

 まぁ、変な目に合わないだけいいか。


「絶対だからね!」


 姫路さんたちの背中を押して最後に部屋から出ようとした莉沙が念を押して来た。


「わーったよ」


 大輝が適当に返事をする。


 誰もあんな怪しい親子についていきたいとは思わないだろう。

 何も言われなくてもここに座っていた。


「何する気なんだろうな」


「さぁ……ただ変なことなのは間違いない」


「それな」


 昴生も同じことを思っていたらしい。

 莉沙も莉沙だけどお母さんはもう少ししっかりしてほしいな……。


「2人はここに来たの初めてなの? 岡本と仲良いいんだろ?」


 昴生がまた話題を作る。


「初めてだな。祭りなんてそこら辺でやってたしわざわざこっちまで来る必要ないし、莉沙もこんな提案してきたことなかったよな?」

 

 大輝が俺に話を振ってくる。


「そうだな。まぁあの車には何回も乗せられたけど……」

 

「じゃあ違うところは行ってたんだ?」


「海とか山とか川とかもう色々だよ。莉沙もあのお母さんもすごい活発だから」


 最初は小学生の時、まだ大輝と知り合う前だ。

 当時仲が良かったグループの中で海に行きたいって話になった。


 でも、俺たちの家から海までは子供だけで行けるほど近くなかったしバスとかで行こうとしても結構お金がかかった。

 それで莉沙がお母さんに相談してくれて連れて行ってくれることになった。


 その時から何故か莉沙のお母さんに気に入られてしまって色んなところに連れていかれることになった。

 連れて行かれるって言っても俺たちが行きたいといったところにも連れて行ってくれるしそれ以外のところでもお世話になったから感謝しかしていない。


「あ〜それはこの2時間くらいでもわかったわ。あのお母さん距離感近いよなぁ。こっちからしたら話しやすからありがたいわ」


 車の中でも莉沙のお母さんはみんなと少しずつ話していたし喋り方も柔らかいから話しやすいのは確かだ。




 それから30分くらい雑談をしてもまだ女子は誰も帰ってこなかった。


「遅いな」


「もうちょっとで祭りだろ? 大丈夫かよ」


 昴生の言う通りだ。

 あと少しで祭りが始まる。俺たちは明日も学校がある。それも承知で今日ここまできてるわけだが帰る時間も遅くなりすぎるわけにはいかない。

 親が心配するからな。


 だから、遅れてしまうと祭りを楽しむ時間も少なくなってしまう。

 そんな心配をしていると、襖が少しだけ開いた。


 顔を出しているのは莉沙だ。ん? 髪型がなんか違う?


「おぉ〜大人しく待てたんだ」


「俺たちをなんだと思ってるんだよ……」


 莉沙だったら気になって飛び出しているかもしれないけど俺たちは違う。落ち着きがあるからな。

 まぁこんなこと直接言ったら殺されるけど。


「それで、なにしてんだよ?」


 大輝は莉沙を見て首を傾げる。

 莉沙は襖から顔だけをこちらの部屋に入れていて入ってくる気配がない。


「あぁ、気になる? 気になるよね? じゃあお披露目タイム〜!」


 そう言って思いっきり襖を開けきった莉沙の姿を見て目を見開いた。

 俺だけじゃなく大輝たちも驚いている。


 浴衣を着ていたから。


 ベースが青でところどころに綺麗な紫色の水玉が散りばめられている。

 髪型も少し変えていて頭はかき上げている前髪を下ろしていてちょっと違うイメージになっている。

 可愛いってよりは綺麗って感じだ。

 莉沙とはもう長い付き合いだけど、浴衣って初めて見た気がする。

 

「どうよ!」


「似合ってるんじゃないか? 髪もいい感じ」


「いいね。なんか見慣れないな」


 莉沙の自信満々の姿に大輝と昴生は無難に返事をする。 

 こいつら本当にこういうの慣れてるよな……。


「そこ!」


 俺が黙っていると莉沙が何か言うように指を指してくる。

 またかよ……。最近こういうの多くない?


「いいんじゃないか?」

 

「普通だね」


「えぇ……」


 せっかく言ったのにこれだよ。

 確かに今のは普通すぎた気がするけど。俺はこういう人なんだ。


「ということで、みんな来て〜」


 莉沙が後ろを見て他の人わかるように促す。


 みんなってことは女子はみんな浴衣で、今は浴衣を着る時間だったってことか。

 そういえば――


――祭りに来たら姫奈の浴衣姿が見れま〜す


 前にそんなこと言っていたな……。

 あれを本当に実現しようとしていたみたいだ。


 莉沙に言われて入ってきたのは宮田さんと一之瀬さん。

 さっき、昴生も言ってたけどやっぱり普段は制服しか見ないし、なんか見慣れないな。


 宮田も一之瀬さんもただ部屋に入らされてどうすればいいかわからないみたいだ。

 そりゃそうだろう。俺たちもどうしたらいいかわからない。そんなに仲良いとは言えないからな。


 すると、宮田さんが少しだけ顔を上げて言った。


「ど、どうかな……」


 いつもの宮田さんとは思えない声量だった。まるで自信がないみたいだ。

 そして宮田さんの視線はある方向に一直線だった。


「おい、お前だぞ」


「え? あぁ、えーっと、う、うん。いいんじゃない? いつもとは違って女の子っぽいよ」


「ほんと!? よかったぁ……」


 大輝に言われて慌てて昴生が答えた。

 いつもと違うってすごい余計な気がするけどそんなことは気にならないのか一之瀬さんの背中に隠れる宮田さん。


「さっきの余裕さはどこに行ったんだよ」


「仕方ないだろ! 初めて見るんだし」


 昴生はちょっとだけ顔が赤くなっていた。

 へぇ〜なるほどな。まぁ2人ともバスケ部だしそういうことは珍しくもないか。

 今まで知らなかったから新しい発見だ。


 4人のうち3人が部屋にいるということは残り1人はもちろん姫路さん。 

 姫路さんの浴衣は見てみたいなんて前思ったけど実際どんな感じなのだろうか。


「ねぇ、早く来なって」


「で、でも! は、恥ずかしい……」


「今更何を恥ずかしがってんのさ! ていうか恥ずかしがる必要少しもないんですけど〜」

 

 襖の向こう側で莉沙と姫路さんがちょっと揉めているのがわかる。

 10数秒の末、姫路さんが先に降参したのかドタバタした音が止んだ。


「それじゃあ、最後はこの方で〜すっ!」


 莉沙のテレビの司会みたいな声で姫路さんが部屋に入ってくる。


「……………………」


 入ってきた姫路さんをみて俺たちは息を呑んだ。

 もともと姫路さんは容姿が整っているけれど、整っているとかいうレベルじゃなかったからだ。


 ものすごく控えめに言って可愛かった。


 藍色の生地の上にさまざまな色合いの夜桜が散りばめられている浴衣は姫路さんとよく合っているし、髪型もここからじゃ見えないけどいつもは下ろしているセミロングの髪を複雑に結んでいるようでここから少しうなじが見える。


 全てが新鮮だった。


「ほら、見てみなさい。男子はみんな黙っちゃった」


「で、でも……変だからじゃないの?」


 姫路さんは自信なさそうに莉沙の目を見る。


「なんで急に自信なくなるの!? いつもの調子はどこいったのさ。そんなわけないでしょ! ほら、あそこの男を見て! ほっぺた真っ赤でしょ!」


 そう言って莉沙が指さしたのは俺だ。

 は? ほっぺた真っ赤? 自覚がなく自分で頬を触る。

 …………めちゃくちゃ熱い。


「ほら、なんか言え! 真っ赤っか男!」


 なんだそのあだ名、なんてツッコむ余裕がなかった。

 そのくらい姫路さんの浴衣は魅力的だった。それが姫路さんだから感じるのか浴衣のせいなのかは今の俺にはわからない。


 なんか言え、なんて言われたからみんなの視線がこちらに向く。

 勘弁してくれよ……。莉沙のお母さんも楽しそうに見ているし、こちらの気持ちも考えて欲しいものだ。


「えーっとですね……」


 ついさっきもこんなやり取りをしたのにまたやらなければいけないのか。

 でも、さっきと同じことを言うのも変だしみんなが見ているから近寄ることもできない。


 考えた末俺から出た言葉は――


「き、き、綺麗だと思うよ……」


「あ、ありがと……」


 なんだこれ! もう2度とやりたくない。

 

 大輝は「まじか……」みたいな顔でこっち見てくるし、莉沙はうんうんと頷いてるし莉沙のお母さんは手を顔の前に置いて驚いているし、宮田さんと一之瀬さんはなんか顔が赤い。


 もうこんなのは地獄だ……。


 それに姫路さんもずっと顔を下に向けているからこれで良かったのかも心配になってくる。


 そんな沈黙を突き破るように祭り開催の空砲が田舎の空に響いた。


 




 

 


 

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