第12話 2人の思い出話

 司が無理矢理って感じで連れて帰られた後、少しの間誰も言葉を発しなかった。


 大輝はイライラして電柱を蹴り付けてるし、姫奈は司が帰った方向をずっと睨んでるし、響也は俯いたままだ。

 あたしも何も出来ずにただ響也のそばにいることしか出来なかった。


 最初に動いたのは姫奈だ。

 またこっちに戻ってきた姫奈はまだ座り込んでいる響也の背中に手を出す。


「起きれる?」


「大丈夫」


 全然姫奈に目を合わせないで自力で立ち上がった響也は何も言わずに帰ろうとする。


「家まで送るよ」


 そう言ったのは姫奈。

 確かに今の状態で1人で帰らせたらちゃんと家に帰るかわからない。

 響也からはそう思うほど危うい感じがする。

 けど、そうしたら姫奈も1人で帰ることになっちゃう。


 姫奈の言葉が聞こえてないのか、響也はふらふらと家の方に歩いて行く。

 さすがに心配。

 とりあえず止めようと思ったらまた先の足が動いたのは姫奈だ。

 響也の腕を掴んで無理矢理止める。


「ほっといてくれよ!」


 そう大声で言った響也は姫奈の手を思いっきり振り払った。

 姫奈もびっくりして縮こまる。


 いつもの響也じゃない……。


 自分が何をしたのか数秒後に気付いたのか、見開いた目で手を見つめた後、また俯く。


「ごめん……」


 誰もやりたくてやってないことくらいはわかる。

 多分、何かあるんだろう。

 だけどそれを今聞けるような空気じゃないし、これ以上響也が落ち込むようなことはしたくなかった。


 すると、大輝が提案をする。


「今日のところは帰るぞ。俺が姫路を送ってくから、莉沙は響也を頼んだぞ」


「ちょっと」


「え、あたし?」


 姫奈は大輝に意義があるみたいだ。

 さっき送るって言ったから姫奈が送って行きたいんだと思う。

 

「お前、ちょっと家遠いだろ。響也と莉沙は家が近いんだよ」


 そう理由を言ってから姫奈を近くに手招きして耳元で何か呟いた。

 それを聞いてから姫奈はしぶしぶ頷いた。


「それじゃあな。テスト頑張ろうぜ」


 さっきまですごいヒートアップしてた大輝だけど、落ち着いたみたい。響也が止めなかったら本当に殴ってたかもしれない。


 大輝は手を軽く振りながら姫奈と歩いて行く。あたしも軽く返してから響也のそばに行った。


「帰ろっか」


 あたしの言葉に響也は軽く頷いて、歩き始めた。


 あたしもすぐ横を歩く。

 でも、どういうつもりなんだろ。確かにこの時間に姫奈が1人で帰るのは心配だけど、あたしに任せた意味はなんだろ。


 一緒に帰りたいとは思ったけど、かといってあたしが出来ることなんてなにもない。

 こういう場面には慣れてないし、なんて言葉をかけたらいいのかわからない。


 ただ、時間が過ぎて家までの距離が短くなって行く。

 このままじゃダメだと思って無理矢理口を開いた。


「ねぇ、響也」


 あたしの声は聞こえてるみたいだけど全然反応しない。でも、続ける。


「響也に何があったのかはわからないし、無理に聞こうとも思わない」


 もし辛い過去だったら……いや、多分そうだと思う。

 だから、そんなことを無理矢理聞くなんてことはあたしには出来ない。


「だけどさ、何かあったらなんでも言っていいんだからね? 教科書忘れた〜とか筆箱忘れたとかそのくらい些細なことでもいいよ」


 ちょっと軽い話を混ぜながら言ってみた。

 別にふざけてるわけじゃなくて、少しでもこの雰囲気が和めばいいなと思って。


「そのくらいのことでも迷惑だとは思わないし、あたしは響也のことを嫌いにならない」


 司がさっき、「嫌われるのが怖いか?」って言っていた。

 でも、もし他の人が嫌いになってもあたしは嫌いならない。だって響也だもん、絶対何か理由がある。


「だから、言いたいこととか相談したいことがあったらいつでも言っていいよ」


 こんなありきたりなことしか言えない。

 姫奈だったら、大輝だったらもっといい言葉をかけてあげられたのかもしれない。

 いつもあたしにできるのはこのくらいだ。


 あたしの言葉を聞いた響也は突然足を止めた。

 ずっと前を見ながら話してたから、気になって隣を見る。

 すると、響也の肩が震えているのがわかった。

 え、あたし変なこと言っちゃった? やっぱりあたしじゃない方がよかったんじゃ……。


 そう思いながら恐る恐る響也に近づいた。


「大丈夫?」


「……、…………んだ」


 ボソッと何か呟いた。


「ごめん、聞こえなかったんだけど……」


「なんでそんなに優しくするんだ!」


 そして顔を上げた響也を見てあたしは驚いた。

 響也は泣いていた。

 それもちょっとじゃなくて、もう顔がびしゃびしゃになるくらいだ。

 思わず言葉に詰まった。

 あたしやっぱり悪いこと言っちゃったのかな……?


「俺は莉沙たちに優しくされていいようなやつじゃないんだよ」


 泣きながらそんなことを言う。

 あたしが悪いこと言っちゃったのかと思ったけど違うみたい。だいぶネガティブになってるだけだ。


「なんで優しくって……そりゃ響也が今まで優しかったからだよ」


「俺はなにもしてない」


「響也が何もしてないって思ってるような些細なことでもあたしたちからしたら助かってることもいっぱいあるの」


 全部、本当のことしか言ってないけど響也は納得できないみたいでまた1人で歩き出す。

 あたしはすぐに追いかけてそんな響也の手を握った。


「?」

 

 響也はあたしを見て首を少しだけ傾げた。

 急に手を繋いだからだと思う。

 てっきり、振り払われるかと思ったけどそこまではされなくて良かった。


「ねぇ、覚えてる? 小学校3年生くらいの時にさ、このくらいの時間に2人で泣きながら手繋いで帰ったの」


「……うん」


 良かった。忘れたれてたらどうしようかなと思った。それを心配するくらいほんの些細な思い出だったから。

 少しずつ思い出しながら言葉を紡ぐ。


「ブランコで遊んでたら響也が思いっきり転んで、膝擦りむいてさわんわん泣いちゃって」


 2人で公園で遊んでた時だった。

 ブランコに乗ってて思いっきり勢いつけて遠くまで飛べた方が勝ちっていうよくある遊びをしてた時だった。


 先に響也が飛んだら体勢が悪かったみたいで思いっきり転んじゃった。

 

「それで、あたしがおうち帰ろうって言っても響也は痛くて動けないって泣き喚いちゃってさ。もうどうしたらいいかわかんなかったよ」


 確かに膝は擦りむいてたけど、動けないことはないとその時は思ってた。

 実際、そのあと響也は普通に動いてたし。


「あたしが何しても響也は泣いててさ、どうしたらいいかわかんなくなってあたしも泣いちゃって、もうめちゃくちゃだったよね」


 あの時の光景を思い出しながら思わずにやけてしまう。

 響也に何をしても「動けない」の一点張りで無理やり立たそうとしてもダメでついにあたしまで泣いて2人で泣き続けてた。


「それでいつの間にか夜になっててさ、先に泣き止んだのが響也だったんだよね」


「それは莉沙が泣きすぎだったから」


「そうそう。それで結局普通に立った響也があたしのことを連れて帰ったんだよ。ほら、こんな些細なことでも響也には助けられてる」


 助けられてるなんて大袈裟って響也は思うかもしれないけど、なんだかんだで誰かのために何かをしてるんだから、大袈裟なんてことはないと思う。


 あの時は、散々動けないって言っときながら結局普通にあたしと歩いてた。

 さっきまでのはなんだったんだって思ってたなぁ。


「ほんと、動けるなら最初から動いてほしかったよ」


「仕方ないだろ。動けなかったんだから」


 絶対、嘘。

 だけど、もう何年も前の話だしただの笑い話で済む。

 結局、お母さんには怒られることはなかったけど気をつけなさいってだけ言われたのを覚えてる。


「あの時と、状況は似てるけどさあたしたちは成長してる」


 すごい当たり前の話。

 歳を取れば人は必ず成長する。いい方向にも悪い方向にも。

 身長も変わるし、顔も大人びるし、性格だって変わるかもしれない。


「響也だって変わってるしあたしも変わってる」


 響也の顔を見るといつの間にか泣き止んでたみたいで顔に雫はもうなかった。

 だけど、目が真っ赤に腫れてる。なんか赤ちゃんみたい。

 少しでも役に立てたのかな。


「あの時は泣いてばっかりで結局、響也に助けられてたけど今は違う」


 本当に助けになれてるのかはわからないけど。

 不器用で何にも出来てないかもしれないけど。


「もう泣いてばかりのあたしじゃないし、響也の助けになってあげられると思う」


 最後に「思う」って言ったのは多分自信がないからだ。

 でも、何かをすることであたしの知らない響也が救われるのかもしれないならそれでもいい。


「無理にとは言わない。だけど、もし頼ってくれるならいつでも頼っていい……いや、頼ってほしいな」


 すごい長くなっちゃったけど結局言いたいことはこれだった。

 響也は何もしてないっていってたけど、あたしはたくさん助けられてきた。

 

 だから少しでも力になってあげられたらいい。

 力になってあげたい。そう思っている。


 あたしの言葉を聞いた響也の手に少しだけ力が入る。


「……ありがとな。今度必ず相談する」


「そう言ってくれて嬉しいよ」


 会話はそれっきりであとはただ無言で響也の家まで歩く。

 それは心地の良い沈黙だった。手を繋いで夜空を眺めながら名前もわからない星を1つずつ見て行く。


 あたしがそうしていると響也も同じように空を見上げていた。

 その顔にはさっきまでの暗さはほとんどなくなっていた。


 ちょっとだけでも力になれたみたい。それなら良かったな。

 これで本当に相談してくれらならいいんだけど。


 響也の家に着くまであたしたちの手はずっと繋がっていた。


 

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