第8話 過去の勉強会
勉強会が始まってから約3時間ほどが経った。
俺と大輝はうるさくなると危惧していたけど実際はそんなことはなかった。
罰ゲーム……俺には罰ゲームじゃないかもしれないが、やはりみんなは行きたいのだろう。
祭りに行きたいという思いとこの図書館という環境が静かに勉強をできる理由だろう。
俺も結構集中して英語に取り組めた。
目標点数よりも姫路さんとの勝負を意識しているから80点では足りない。少なくとも90点以上は取らないといけないだろう。
最初は心配だったが、この環境のおかげで単語も文法もかなり覚えられたと思う。
まだ、足りないけれど明日も勉強すれば大丈夫だろう。
始めてから3時間が経過したことで、なんとなく休憩する流れになった。
俺もちょうど集中力が切れてきていたし、それがない状態で勉強をしてもあまり意味がないだろう。
みんな携帯をいじったりしている中俺は一人で席を立った。
階段に向かいそのまま一階に降りた。確か入り口のあたりに自動販売機があったはずだ。
自動販売機でジュースを買った俺は少し外に出ることにした。
自動ドアが開くと少しだけ涼しい風が体を吹き抜けた。涼しいとは言っても夏の始まりのような少しだけ湿った風だ。
さすがに入り口の前で座り込むのも迷惑なのでたまたま横にあった小さな細い道に入り図書館に体を預けるようにした。
「な〜にしてんの」
声の主を見るとそこにいたのは莉沙だった。
「ついてきたのかよ」
「どこいくのか気になっちゃって」
だったら声をかければいいだけだろうに。
莉沙はすぐ横に来て俺と同じように図書館の外壁に体を預けた。
「なんか用があるのか?」
「ううん。でも、なんか懐かしいな〜と思ってさ」
莉沙は少しだけ目を細めた。
それが建物の隙間から差す夕焼けの影響ではないことはなんとなくわかった。
何かを懐かしむようなそんな瞳。
「懐かしい?」
記憶では図書館で勉強会なんてしたことはなかった。
だからなんのことかわからない。
「ほら、覚えてない? 中学の頃さあたしと響也と大輝と
雛那。その名前を聞いて俺は肩がビクッと震えた。
莉沙が言っているのは姫路さんのことじゃない。
心の奥底に押し込んでいた中学の頃の記憶が少しずつ思い出されていく。
確か、中学一年生の頃だった。なんとなく息があった俺と大輝はいつも一緒にいた。
そして雛那は大輝と小学校が一緒で中学でもよく大輝と話していた。その関係で俺は雛那と仲良くなっていった。
でも、莉沙はクラスが違った。小学校の頃は俺と六年間クラスが一緒だったけど中学では一度も一緒になることはなかった。
そんな莉沙だったけど、廊下ですれ違う時に喋ったりしているといつの間にかそばにいた大輝と雛那とも仲良くなっていた。
そうして仲良くなってからしばらく経ったあと、確か季節は秋だっただろうか。その頃に莉沙の家で勉強会をやったことがある。
そのことを莉沙は言っているんだろう。
俺が返事をできないでいると思い出を掬うように話し始める。
「確かあの時は雛那だったよね、勉強会しよって言い始めたの。それであたしの家でやることになってさ」
多分、俺と同じように思い出を一つずつ振り返っているのだろう。
口元も少しだけ緩んでいた。
「最初の10分だけだったよね〜、勉強してたの。あとはもうずっと喋って、いつの間にかゲームしたりしてさ。全然勉強会じゃなかったよね」
「おかげで高校だったら赤点の点数取ったからな」
「本当だよ。あたしも国語とか0点だったし!」
あははと笑っているけどそれは笑い事じゃないだろ……。
一年生の頃とはいえよくそこから今の高校まで来れたな。うちの高校は割と頭がいい方だ。だから莉沙も相当努力したのだろう。
「なんで雛那ってあんなにバカなことしてたのに頭良かったんだろうね」
雛那はいつも成績がトップだった。それこそ姫路さんのような感じだ。
「さぁな」
「響也ならそのくらいわかると思ったんだけど? だって響也は――」
「その話は今しなくていいだろ」
俺は莉沙が何を言おうとしたのか察して被せるようにして言葉を止めた。
そう、今はその話をしなくてもいい。
「ごめん……。でも、そんな怒んなくてもよくない?」
「怒ってないけど」
「いや、だいぶ怖かったよ」
無意識に口調が強くなっていたのか?
そんなつもりは少しもなかったんだが……。もしそうだったらなぜだろう
「ごめん……」
「いや、こっちの方が悪いから。別に仲悪かったわけじゃないもんね」
逆に俺が謝るとそれ以上に申し訳なさそうな顔をした莉沙は先ほどの表情から一転、暗さが混じった表情になった。
「………………そうだな」
「転校って仕方ないけど、無理やり引き剥がされるみたいで嫌だよね」
「あぁ」
中学3年生になるタイミングで雛那は転校した。
確かに莉沙の言う通り仕方ないけど、離れ離れになってしまった。
2年生になってからはクラスがバラバラになっても遊ぶことがよくあったからその中から1人が欠けてしまうことは俺たちには悲しいことだった。
そして俺はさっきから短い返事しかできていない。
でも、そんな俺を莉沙は気にすることはなかった。
「また会いたいよね」
「みんなでな」
「うんうん! でも、連絡取れないのが結構きついんだよね〜」
俺も莉沙もこのまま暗い話を続けない方がいいと思って少しずつ明るい話題に変えていく。
俺たちが仲良かったのに、今連絡が取れない理由は雛那が携帯を持っていないのが理由だ。
今はインターネットが普及していて、小学生でもスマホを持っている子がいるレベルだ。
だから中学生になったら持っている人が大半で持っていない人が少数派だった。
そして、雛那はその少数派だ。
だから、連絡先も知らない。さすがにどこの中学に転校したかは知っていてあまり遠くないことも知っている。
けど、俺にはそんな勇気がなかった。
「まぁ、そのうち会えるだろ。それより今は目の前のテストに集中だな」
過去の話はもうやめだ。
余計な雑念が入っても困る。
「もち! 響也も頑張ってよね? わざと点数落としたら許さないから」
莉沙が気にしているのは俺が祭りに行かないことだろう。
最初は祭りに行きたくないと言っていたからな。
だけど、今は違う。
大輝に念を押されたことと、それから姫路さんとの勝負が俺にはある。
あの写真を消してもらうか、それ以外のことか。何をしてもらうかはまだ決めてない。
けれど、俺が勝たなければ姫路さんは何を言い出すかわからないからな。頑張るしかない。
「心配するな。順調だ」
俺は莉沙を安心させるように微笑む。
実際に英語は順調だからな。
「……そ? ならいいけど」
「それより莉沙は大丈夫か?」
莉沙は正直バカだ。
まぁ、バカとは言っても天然という感じだ。この学校はこの辺りでは頭がいい方だし学力はそれなりにある。
だけど、この学校の中で見たら結構ギリギリなラインにいるのが莉沙だ。
今回は大輝と一緒の歴史で75点を目標にしていた。
「ん〜ちょっと無理!」
清々しく笑っているが笑い事なのか……?
学生としては赤点を取らなければそれでいいけど今回は祭りが…………?
あれ? ちょっと気になることが出てきた。
「なぁ、莉沙が目標に届かなかったらどうなるんだ?」
俺は今までの経験から聞かなくても莉沙の親が連れていってくれることをわかっている。
もちろん、後から説明もあった。
今回も莉沙のおばあちゃんの家があるところでやる祭りに行くからな。
だけど、莉沙が目標に届かなかったらどうなる?
莉沙がいないのに莉沙の親に送ってもらうのも変な話だろう。
「あ、気づいちゃった?」
莉沙はイタズラにバレた子供のような顔をする。
「おい……もしかして…………」
「あたしは取っても取らなくても行けるのです!」
ピースサインをこちらに向ける。
本当に清々しいな。というかバカなのに……。
「バカなのにそういうところは頭が回るんだな」
「うるっさい!」
バンッ!とおもいっきり肩を叩かれた。
「いってぇ……」
「そっちが悪いからね!」
まぁ、バカって言ったら莉沙が叩くことくらい知ってたからな。
そろそろ戻ろうかと思った時、カランと何かを落とした音が図書館の入り口の方から聞こえた。
俺たちが同時に音の方向を見るが誰もいない。入り口の方は死角になっているからよく見えない。
「え?」
「今、誰かいたか?」
「何も見えなかったけど……」
莉沙は何も見えなかったらしい。
けれど、カランと音がした直後。先に俺が目を向けた先には誰かの影が見えた。
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