第6話 二人だけの勝負
勉強会は急遽土曜日、つまり明日すぐ近くの図書館で行うことになった。
メンバーは当日までのお楽しみだと言われ結局誰かはわからずじまいだった。だけど、昼休みに莉沙と姫路さんと一緒にいる
そうなると男女の比率がおかしくなるから男子を呼ぶんだろうけど、全然誰か予想できない。
姫路さんも莉沙もコミュニケーション能力が高いから色んな男子と話すことがある。だから誰を呼ぶのかは見当がつかない。
まぁ考えても仕方ないか。どうせ明日になったらわかる。
俺は放課後の図書室で一人寂しく携帯をいじっていた。
うちの高校は携帯は使用禁止だけどここなら誰も来ないし平気だ。人が入ってくるなら絶対入り口を通るしそうしたら隠せばいいだけ。
あれ、そういえば今日は姫路さん遅いな。
別に待っているわけではないんだけど、いつもなら来ている時間だから少し変な感じだ。
でも、今来られても一昨日のことーーからかわれたことを思い出してしまうから正直来なくてもよかった。
そう思っていた時ーー
「いつもより遅れちゃった〜。寂しかった?」
いつも通り姫路さんは図書室に入ってきた。
そして当たり前のようにカウンターに入り俺の隣に座る。もうこれも一年くらい続いている。
そうだ。姫路さんを待っていたのではない。姫路さんがいるのが当たり前になっていたんだ。
だって一年生のある日、姫路さんがここに来てからは一日もここに来なかったことはなかった。
もっとも俺が当番の時以外は知らないけれど。
「別に? いつもより静かで落ち着けたよ」
「またまた〜本当は寂しかったくせに」
つんつんと肩を突きながら俺を煽ってくる。
こういうのだ。こういうのをやめてほしい。絶対他の男子だったら勘違いする。
もしかして誰にでもこんな感じなのか?
俺は座ったまま椅子を動かして少し距離を取った。
「寂しくない」
「ふ〜ん。素直じゃない人はモテないよ」
「余計なお世話だ」
俺は別にモテたいわけでも彼女が欲しいわけでもない。
大体、女子だって姫路さんと莉沙以外はあまり喋らない。だからそもそもモテるわけがないのだ。
喋らなくてもモテるのはイケメンだけだからな。
「それはつまり私みたいな美少女と週に三日も放課後二人きりで過ごしてるからモテる必要がないってこと? やだ、照れるなぁ」
姫路さんは頬を両の手のひらで押さえながらわざとらしく表情を緩めた。
「拡大解釈にも程があるぞ」
どうやったらそんな発想になるんだ。逆にここまでポジティブなのは逆にいいかもしれないな。多分からかっているだけだろうけど。
それにいつも思うけど自分が美少女だとわかっているならボディタッチは控えめにして欲しいものだ。
「ほ〜んと、素直じゃない」
「本当のことを言ってるだけ。それよりテスト大丈夫なの?」
俺は無理矢理話を変えた。姫路さんにはまともに返事をしていたらキリがない。
それにテストのことが気になっていたのは本当のことだ。簡単に百点を取ると宣言していたが姫路さんといえど難しいだろう。人は誰しも失敗やミスをする。テストだって必ず答えがあるとはいえケアレスミスくらいはしてしまうだろう。
それで一点や二点落としても祭りにはいけなくなってしまう。
姫路さんは俺と比べても莉沙やいつものメンバーが行くなら祭りに行きたい気持ちは強いだろう。だからそんな簡単に宣言していいのかと思ったわけだ。
俺の心配をよそに姫路さんは「よゆ〜よゆ〜」と言いながら開店椅子の上でくるくる回る。
……それ癖なのか?
「だって数学ならいつも百点くらいだし? 今の範囲は得意なんだよね〜」
「そう言ってとれなかったら祭りに行けないんだぞ?」
「それは大丈夫。絶対行くから」
いつもより少しトーンが低い声だったが表情は明るくおまけにピースまでしていた。声と様子が釣り合っていない……。
「随分と自信があるんだな」
「もちろん! だって学年一位だし!」
容姿も運動神経も学力もいいってめちゃくちゃずるい。
その余裕さに少しだけ嫉妬した。
「ふ〜ん……」
俺の納得いかない表情を見てとったのか、からかうタイミングだとばかりにイタズラな笑みを浮かべさっき取った距離を埋めるように近づいてきた。
ふんわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「あれ〜? もしかして言い返せないのかな〜? まぁ仕方ないよね〜だって私だし」
「もう自慢したいのはわかったから。もう褒めないからな」
「ちぇ〜つまんないの〜」
やっぱり褒めてもらうつもりだったのか。承認欲求が強いことで。
それに一昨日のことを考えたらやらないのが普通では? もしかして忘れてるのか?
「またからかわれるだけなんだから」
「楽しかったのに〜」
確信犯かよ……。別に怒ってはいないけどな。
すると何かを思い出したように「あ!」と声を出したのは姫路さんだ。
「それより響也は大丈夫なの?」
大丈夫——それがなんのことを言っているのかは確認しなくてもわかる。
テストのことだ。英語で八十点を取るとすでに宣言してしまったからそれのことだろう。
大丈夫ではなかった。
いつもより三十点以上多く取らなければいけないし、何より後三日しかないということがすごく難しくさせていた。
英語のテストは月曜日にある。だからあまり時間がない。
正直、祭りには行かなくても——いや行くって決めたんだったな。
莉沙にはいつもお世話になっているし、頑張るしかない。
「全然大丈夫じゃない」
「やっぱり! ちょっと心配だなぁ」
心配するならもっと点数低くしろよ……。なんて恨言を吐けばきっと論破されるだけだろう。私にも百って言ったんだからおあいこでしょとか。
そもそも何を心配しているんだろうな。赤点なら取らないし目標(強制)に届かなくても死ぬわけじゃない。
「何が?」
俺が聞くと少し喉を鳴らしてから真面目な顔をしている。
「私の浴衣姿が見れないことだよん」
「はぁ!?」
何言ってるんだ姫路さんは。確かに見たくないといえば嘘になるけど……。
「ねぇ、お耳が真っ赤だよ」
俺の耳を普通に掴んで言ってくる。
そんなの自分で一番わかっている。こういう話には弱いんだ。
「別に見たくないから……」
「ふ〜ん。また素直じゃない。写真撮ってあげよっか」
急に自分の制服からスマホを出してカメラをこちらに向けてくる。
「撮らなくていいから! それに真っ赤だからなんだよ! ちょっと暑いだけだから!」
そう暑いだけだ。カーテンの隙間から夕焼けが入り込んでいてたまたま耳にあったているからだ。そう、たまたま。
何勘違いしてるんだ。
「えぇ〜でもやっぱり可愛いから撮ろ〜っと」
カシャり。
しっかりとそう音が聞こえた。撮らなくていいって言ったのに!
「早く消して!」
俺を姫路さんのスマホに手を伸ばす。
すると、座ったままの姫路さんは床を思いっきり蹴って俺から距離をとった。キャスターついてるからって……なんて器用な。
「嫌だよ〜」
「いいから消せ!」
「うわ。こわっ! ははは!」
椅子から立ち上がり携帯を掴みにかかると姫路さんはカウンターから飛び出して本棚の方へ逃げた。
あぁ、面倒臭いな!
こうなったら捕まえるのなんて無理だろ。そう思いながらも俺は必死に追いかけた。
だってあんな写真を莉沙にでも見られたら何されるかわかったもんじゃない。
あれ? でも、今日俺たちの関係を隠したってことはその心配はないんじゃ?
走りながら急に冷静になったけどやっぱり追いかけるのはやめなかった。
なんでだろうな。それに俺はいつの間にか笑っていた。
数分、馬鹿みたいなことをしてから姫路さんは言った。
今は少し低い本棚で睨めっこしている状態だ。
「じゃあさ、次のテストで勝負しようよ」
「勝負?」
「そう、英語で勝負するの。もちろん点数ね」
何言ってるんだ。なんでよりによって俺の苦手な英語で……。
「嫌だよ。負けるのが目に見えてる」
姫路さんは学年一位だぞ。勝てるわけがない。
すると、「チッチッチ」と人差し指を横に振りながら言った。
「だからだよ。今のところあんまりやる気なさそうだし」
「勝てるわけないんだから余計にやる気がなくなる」
「じゃあ、勝負に勝った方は負けた人に一つなんでも言うことを聞かせられるってのはどう? 響也だったらこの写真を消して欲しいでもいいし、えっちなことを頼んでもいいよ。…………それから好きな人を聞くでも」
いや、照れるところ間違ってるだろ。普通えっちなこととか言ってるところだろうに。
なんで最後で顔真っ赤にしてるんだ?
でもなるほどな。それだったら少しやる気になるかもしれない。
いや、だいぶやる気になってきた。
「いいよ。その話乗った」
俺がそう言うと挑発にかかったとばかりにニヤリと姫路さんは顔を歪めた。
「もちろん、私が勝ったら響也も言うこと聞かないとダメだからね?」
「そりゃあな。こっちだけってのはずるい」
こうして、俺たちは次のテストで勝負することになった。
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