第5話 勉強会のお誘い

「もうちょっとで中間だな〜」


 昼休みに大輝が気だるそうに呟く。

 確か、中間は来週だったっけ。俺はいつも授業を聞いているから暗記科目だけ少しやればテストは大体取れる。だから特に焦ることも特別やることもない。


 そういえば姫路さんも言ってたな……。中間の話をしたからあんな感じになってしまったわけで。思い出すのはやめよう。


 あれから二日が経ってもう金曜日になった。やっとだが少しずつ姫路さんの噂も落ち着きそうな感じだ。

 姫路さんといえば、これからは付き合い方を考えないといけない。一昨日みたいに安易に罠にかからないようにしなければ。


「おい」


「ん?」


「中間だよなって」


 少しぼーっとしていたみたいだ。大輝に返事を返さないでいたらしい。忘れようとしてもどうしても一昨日のことが脳裏をよぎる。

 別に犯罪に手を染めたわけじゃないし悪いことは何もしてないんだけどな。あんな罠に引っかかったのもだけど、あれで怒った自分が意外だった。

 今までもああやって揶揄われることは少なくなかった。

 なんであんなに怒ったんだろうな。


「おい、お前大丈夫か?」


 大輝が心配そうな顔でこちらを見てくる。


「え、普通だけど」


「じゃあなんでさっきから無視すんだよ」


「ごめんごめん中間だっけ? 大輝ってそんな心配することあるか?」


 大輝はあまり学力は高くない。

 かといって赤点を取るほどひどいかと言われればそうでもない。いつもギリギリになって猛勉強してなんだかんだ赤点を避けるよくあるタイプだ。

 だから中間はそこまで気にしなくてもいいはずだった。


「いや〜今回歴史だろ? 俺、人の名前とかなんちゃらの戦いとか覚えられないからさ」


「あ〜なるほど」


 一年生の頃は地理が中心だった社会科も二年生になれば歴史を学ぶことになっている。

 地理は今現在の世界の気候とかを学ぶからニュースとかでも単語を聞くことがある。けれど、歴史は昔の話で知らない人が多く出てくることになるから難しいのかもしれない。

 そして今回が初めての歴史のテストということか。

 確かにそれは不安になるかもしれない。


「ほら、よくあるだろ? 年号を語呂合わせにするとか」


 俺はあまりやらないけど年号とあった出来事を覚える手段としてはよく使われている。


「あれは無理。なんか無理矢理すぎね?」


「やっぱりそうだよな」


 完全に同感だった。

 いい国つくろう鎌倉幕府とかはそのまんまだから非常に覚えやすいと思う。今回は範囲外だけど。

 けど、大輝が言うようにあまりにも無理矢理すぎるのもある。

 だから結局は繰り返し見て覚えるのが一番いいという結論に俺は至った。


「あぁ。だから覚える気になんねーんだよな」


「まぁ面倒臭いよな」


 暗記科目は頑張るしかないと思う。

 いくら授業を聞いていたって同じことを何回もやるわけじゃないしあれだけたくさんの単語が出てくるのに一回で覚えることなんてよっぽど頭のいい人か超人くらいしかできないだろう。


「あ〜! いいこと思いついた!」


 バタンと椅子を倒しながら立ち上がっていたのは姫路さんらと話していた莉沙だ。

 なかなかの大声で叫んでクラスのみんなの視線を集めている。


 その視線を何事もなかったかのように無視して椅子を直した莉沙は姫路さんたちを近くに集めて何かコソコソと話をしている。


「何やってんだ? あいつ」


 大輝は奇怪なものを見る目で莉沙を見ていた。


「さぁ? たまによくわからないことするからな」


 莉沙はよくいえば天然、悪くいえばバカだ。

 たまに俺たちには理解できない行動をする時があったり、今みたいに周りの目を気にしない時もある。もしかしたら気にしないというより気付いてないのかもしれない。


 何かを話し終わったのか元通りに座り直した姫路さんたち。

 すると、なぜか莉沙がこちらに向かって歩いてきた。なぜかひどくご機嫌な顔をしている。

 ……あまりいい予感はしないな。

 一直線に俺の席に向かってきた莉沙はドンッ!と机に手をついた。


「勉強会しよっ!」


「「は?」」


 勉強会? なんで今更? テストは来週の月曜日から水曜日までだ。今週はもう金曜日。残された休日は明日と明後日しかない。

 そんな貴重な休日は一人で勉強していた方がいいだろう。


「だから、勉強会をするの!」


「いや、一人でやった方がいいだろ」


「あぁ、間違いなく勉強にならねぇ」


 大輝も同意見らしい。

 勉強会というんだから俺たち以外にもいるんだろうし、絶対途中からは携帯をいじったり雑談に花を咲かせることになる。

 それだったらやはり一人で勉強した方がいいだろう。


「でも、人に教えることも勉強になるでしょ?」


「お前は教えられるだけだろ」


「うるっさい!」


 思いっきりパン!と頭を叩かれた大輝は頭を抱え込んでいる。

 痛そうだ。莉沙は力加減を知らないからな。

 でも、莉沙の言うことも間違ってはいない。人に教えることで自分も勉強になるのは経験上そうだった。


「どう? 響也」


「別に悪くはないと思うけど、結局勉強にならないんじゃないの?」


 俺の経験っていうのは中学の時席が近いクラスメイトとかに教える程度でその人と仲が良かったわけじゃない。

 でも、大輝とか莉沙は仲がいいから途中から雑談になる可能性が大いにある。そういう面も考えればやっぱり勉強にならない気がした。


「それはちゃんと考えがあるの」


「考えって?」


 莉沙はピンっと人差し指を立てて言った。


「苦手な教科の目標点数を決めるの」


「うん……?」


 ただ目標を決めるだけだったら誰でもできる。

 それでも目標に届かないからみんな苦労するんだ。


「それで届かなかった人は罰ゲームを受けてもらう!」


「「罰ゲーム?」」


「そう!」


「どんなやつだよ」


「実は再来週の土日に私のおばあちゃんの家の方でお祭りがあるんだよね〜」


「あ〜、でも結構遠くないか?」


 大輝はどこの祭りのことを言ってるかわかるらしい。

 祭りがあるからなんだろう。祭りに行くという話なら罰ゲームにならない気がする。


「そうそう! 花火とかもあって田舎だけど結構大きい祭りなんだけど目標点数にいかなかった人はそこに連れてかないことにします! そうしたらみんな嫌でも勉強するでしょ?」


 なるほど。

 まぁいい考えなのかもしれない。しれないが俺は別にーー


「俺は祭りに興味ないからいい」


「えぇ!? なんでよ!」


「だから、興味ないんだって」


 お祭りといったってなんか食べて飲んで花火見て帰るだけだろう。だから俺はそこまで楽しいものだとは思わない。

 いや、違うか。本当は楽しいことはわかってるけど


「絶対いけると思ったのに……」


 莉沙はガクンと肩を落としている。

 申し訳ない気持ちもあるけど行きたくないことに変わりはなかった。多分祭りに行ったら楽しい気持ちよりも他の何かが勝ってしまうから。


「佐藤くんは英語が苦手なんじゃなかったっけ?」


 すると、莉沙の方からひょこっと顔を出した姫路さんがそんなことを言ってきた。

 みんなの前ではでいつも通りだ。


 それにしてもこうやって教室で話すのは久しぶりだ。

 莉沙がいればたまに話すことがあるから珍しいことでもないけど最近はなかった気がする。


 久しぶりなことと先日の出来事があって俺はどう反応すればいいのかわからない。姫路さんは何も気にしてないみたいだけど……いやちょっとは気にしろよ。


「なんで英語が苦手なの知ってるの」


「だって前言っ……じゃなくて莉沙に聞いたんだよ。ねっ?」


 何かを言いかけたのやめた姫路さんは目を泳がせながら莉沙に同意を求めた。


「えぇ? うん」


 余計なことを……。そんなことを思ったけど俺はすぐに気がついた。姫路さんは俺の得点通知表を見ている。

 つまり、俺の点数は知ってて当然ということだ。もしかして隠したのか? なんのためだろう。姫路さんなら俺と放課後に話していることをネタにしていじってきてもおかしくないのに。


 でも、それもいつものことで俺に気を遣ってくれているらしい。

 だったら色々と余計なことはしないで欲しいんだけどな。


「でも、赤点取るほどじゃない」


「だから目標点数を決めるんだよ。佐藤くんは八十点ね!」


「なんで勝手に決めるんだよ!」


 俺は英語だけはいつも五十点くらいだ。急に三十点も伸ばすなんて無理だし、なぜ人に点数を決められなければならない。


「佐藤くんだけじゃなくてみんな人に決めてもらうの。前のテストの点数とか見てね」


 確かにそれだったら自分で取れる点数を目標に出来ないからズルができないということになる。

 理屈は通っているが少し論破された感じがして後味が悪い。


「じゃあそっちの点数は俺が決めていいの?」


「もちろん!」


「百で」


「即答じゃん! いいよ! 教科は?」


 楽しそうに笑いながら軽くそんなことを言う。腹いせに言ってみただけなのに本当に了承されるとは思わなかった。

 百点なんてそう簡単に取れるものじゃない。けど、実際姫路さんは今までほぼ満点らしいし、だからこそ容赦なく百って言えたのかも知れない。


「数学で」


「おぉ〜ちょっと苦手なんだよね〜。いいとこ選ぶね!」


 あえて苦手な教科を選んだのに余裕そうに親指を立てているからもう反撃のしようがなかった。

 悔しい……。


「おいおい、ちょっと待て」


 俺たちの話が終わったと見るやすぐに大輝が困惑の混じった声をだした。


「どうした?」


「お前らいつからそんなに仲良いんだよ」


「え?」


 仲が良い? 今の会話で?

 少し前まで遡ってみると重大なミスに気がついた。

 いつもは図書室での関係を隠すために姫路さんは呼び方を変えるし俺はいつもより他人行儀にしていた。


 でも、今日は姫路さんがいつもの呼び方だったし先日のこともあって少しだけ熱くなってしまったから話し方がいつも通りになってしまっていた。


 まずい、どうしよう。

 ここで姫路さんとの関係がバレたら最高に面倒臭いことになるのが目に見えている。でも、普通の誤魔化し方で莉沙はともかく大輝には通じるだろうか? 

 そういうところだけ勘が鋭いからな。


「え〜? そう? いつも通りだと思うけど」


 姫路さんが普通に答える。そんなんで良いのか? 


「いや、あんなに馴れ馴れしくなかっただろ」


 やっぱり無理だ! 大輝は完全に怪しんでいる目をしている。

 俺はそこまで頭が良くないし墓穴を掘りそうだから下手に口を開かない方がいいよな?


「それ私も思った。いっつもほぼ他人みたいだったのに」


 莉沙まで追い討ちをしてきた!

 そもそも莉沙は気づいてないと思ってたのにしっかり気づいている。どうしたらいいんだ!


「それは私の噂を聞いたからそう見えてるだけ。みんな都合よく物事判断するからね〜」


「………………まぁそういうこともあるか」


「そうそう!」


 大輝は数秒じっと姫路さんと俺を見つめながらなんとか理解してくれたみたいだ。

 姫路さんすごいな。確かに本当にそう見えている可能性もあるから否定できない。やっぱり俺は口を出さなくて正解だった。


「なんか納得いかないけど……まぁいいや! それで響也は結局来てくれるの?」


 ちょっと渋い表情をしてすぐに切り替えた莉沙は俺に了承を求めてきた。


「勉強会に行ってもいいけど俺がわざと点数落としたら祭りに行かなくて済むけどいいの?」


 勉強会には行ってもいいけど祭りは別に行きたくなかった。だったらいつも通りの点数を取ればそれで終わりだ。

 罰ゲームにはならない。


「ケチ野郎」


「うるさい」


 莉沙は口を尖らせているけど行きたくないものは行きたくないのだ。


「あ! じゃあこれならどう?」


 莉沙は姫路さんの肩をガシッと掴んでこちらに向けさせた。


「祭りに来たら姫奈の浴衣姿が見れま〜す」


「えっ!」


 反応したのは俺じゃなく姫路さんだ。

 姫路さんも聞いていなかったらしく驚いている。というか恥ずかしがっている?


 姫路さんの浴衣か……見たくないといえば嘘になる。

 けど、それを認めてしまうのもなんだか嫌だ。

 どうしよう……迷っていると大輝が口を挟んできた。


「いいじゃん? 迷ってる時点で見たいのは確定らしいしな」


「誰もそんなことーー」


「じゃあ決定〜!」


 莉沙はやっと嬉しそうに跳ねた。

 姫路さんは置いてきぼりにされているけど、ドンマイ。

 別に俺以外にでも誘うやつならいくらでもいるはずだけどな。


 すると、何かを察した大輝が俺の耳元で囁いた。


「莉沙もお前に来てほしいみたいだし変なことすんなよ」


 そうなんだろうか。

 確かに、今までも何かあったら誘ってきてくれていた。それでなんだかんだ友達が増えたりしてたっけ。

 だったら大輝の言うようにあまり変なことはしない方がいいのかもしれない。仕方ないけど頑張るか。


「それで他には誰が来るんだよ?」


 大輝が肝心なところを莉沙に聞いた。

 今は俺たちだけで話しているけど他にもメンバーがいるかもしれない。

 俺はこの四人が一番楽でいいんだけどな。


 でも、その願望はあっさりと崩されることを莉沙の顔を見て察した。なぜかイタズラな笑みを浮かべた莉沙は言った。


「それは当日のお楽しみ〜」

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