第4話 噂が広まるのは悪いことばかりじゃない?

 次の日になればさすがに噂は落ち着いてきていた。

 昨日は俺も大変だったけど、否定しまくっていたらとりあえずなんとかなった感じだ。


 それにしてもあいつらは目が腐っているのか?

 姫路さんは見た目で決めないようだけど、姫路さんのような人と付き合うなら男の方もそれなりに見た目に自信がある人じゃないと付き合えない気がする。じゃないと男の方のメンタルがもたない。


 そうやって考えれば俺が選択肢から外れるくらい誰でもわかるはずなんだけどな……。

 まぁこうやって噂を騒ぎ立てるというのが楽しいんだろうからどうにもならないか。


 昨日より落ち着いてきたとはいえ、まだたまに視線を感じるのでそれが嫌だった俺は帰りのホームルームが終わるとすぐにカバンを持って図書室に逃げてきた。

 今日が当番じゃなかったら速攻帰宅していたな。


 図書室はやっぱりエアコンが効いていて涼しい。

 それにいつも通り人もいないし落ち着く。どうせ家に帰っても何もしないなら夕方までここにいた方が楽だな。


 俺はカウンターに入って適当な場所にカバンを置いて座り込んだ。


「はぁ〜……」


 いつだって噂の当事者になれば色々めんどくさい。

 他者から見れば本当かどうかなんて関係なくてただ騒ぎ立てたいだけで、こちらのことなんて考えてくれることはない。

 だから久しぶりに学校で噂をたてられた俺はひどく疲れていた。

 こんなんだと部活もやっていたらもうぶっ倒れていただろう。


「ふぅ〜。涼しい〜」


 でも、神様はひどいもので全くもって俺のことを休ませてくれない。

 いつも通り図書室に入ってきたのは姫路さんだ。

 噂で大変だろうに全く疲れた様子を見せないのがすごいな。


「ねぇ、誰にも見られてないよね?」


「どゆこと?」


 なんのことか全くわかってないような顔をしながらこちらに向かってくる姫路さん。

 まさか本当にわかってないのか?


「教室からここまで来るのに誰にも見られてないよねって聞いたんだけど」


「見られてないと思うけど……別に後ろとかいちいち見ないしわかんな〜い」


 まじかよ……。

 俺は急いでカウンターを出て図書室の扉を見に行った。

 幸い誰も見にきてないようだった。まぁここは図書室だから誰か来るのは考えづらいか。


「え、何してるの?」


 カウンターに入っていつも通りの椅子に座った姫路さんはポカンとした表情をしている。

 急に俺が急いで入り口を見に行ったからだろう。なんて呑気な。

 俺はカウンターに手をつけて言った。


「あのさ、好きな人が誰かは知らないけどさ今日みたいに噂が変な方向に行くのは嫌でしょ?」


「変な方向って?」


「……例えば好きな人が俺とか」


「いいじゃん。クラスが大騒ぎだよ」


 ニコッと笑っている。俺とは危機感が違う……。

 もしかしてみんなの反応を楽しんでいるのか? 姫路さんが明言しない限り誰が好きかはわからない。だからこの状況を思いっきり楽しんでいるのかもしれない。


「はぁ……それだとこっちも大変なんだよ。だから来るなら気をつけてほしいんだけど」


 姫路さんと付き合ってないのにこんなところを見られたらそう思われても仕方ない気がする。

 姫路さんはいいのかもしれないけど俺は嫌だ。変な噂と視線を感じながら送る学校生活なんて最悪だ。


「私に好きになられたら嫌?」


 何言ってるんだ? 絶対にそうじゃないのにそんなことを聞いてきてどうする。

 それに絶対に聞き方を間違えている。


「そうゆう噂がたつのは嫌だね」


「ちがーう! 私が響也のこと好きだったら嫌なの?」


 どうやら間違えていたわけじゃないらしい。

 何を聞いてくるんだ。そんなことを聞かれたらどんな反応をすればいいのかわからない。

 しかもなんだそのうるうるした目は。下手なこと言ったら泣きそうなんだけど……。

 仕方ないか。


「別に嫌じゃ……」


「じゃあいいじゃん!」


「そういう問題じゃない!」


 好きになられるのが嫌じゃないから嘘の噂を流されてもいいってわけじゃない。というか、どう考えてもそこは繋がらない。

 他の人に勘違いされたくないし、姫路さんを好きな人から恨みでも買ったら怖すぎる。


「ねぇ、そんな気にしなくてよくない?」


「いや、気にしなさすぎなんだよ。よく本人なのにそこまでフラットでいられるね」


 俺はカウンターに入って椅子に腰をかける。

 姫路さんは好きな人が半分バレているような状態だ。それなのにここまで普通にできるのはすごい。

 もし、俺だったら学校に来ないか常に下を向いて過ごしているだろう。俺でさえ昨日と今日の視線で嫌になるのにそれ以上の視線を向けられて何も感じないのだろうか?


「だって別に好きな人がバレたわけじゃないし」


「でも、色々聞かれるのとか面倒くさいと思わないの?」


 自分に関する噂だと視線だけじゃなくて直接何かを聞かれることも少なくない。実際、昨日なんかもクラスメイトの男子に色々言われていたしな……。

 姫路さんだっていつも一緒にいない女子とかからも話しかけられていて大変そうだ。それが面倒くさくないなんてことはないと思うんだが……。


「確かにそれはめんどくさいかも」


「だったら尚更噂が広まるようなことはしない方がいいんじゃない?」


 よし、論破だ!

 こう言えば図書室に来る時にも多少は周りを気にしてくれるだろう。図書室に用はなくても姫路さんに用があればついてくる人は居てもおかしくないからな。

 俺が内心でホッとしているとなぜか姫路さんはニヤついた笑みを浮かべていた。


「でも、いいこともあるんだよ?」


「いいことって?」


「好きな人の反応が見れるの」


 ……なるほど。確かにそれはあるな。姫路さんの好きな人は誰か私が知らないけど佐藤まで絞っていたら校内の佐藤というやつは一度は絶対に意識するだろう。

 ……俺もちょっとはしたからな。


 確かにそれを見たら相手が姫路さんに好意があるのかないのかよくわかるかもしれない。

 でも、姫路さんだぞ? まず嫌いな人なんていないと思うんだけど。本人からしたら気になるのか?

 というか、そんなこと言ったら姫路さんの好きな人が勝手に絞れてしまう。


「ねぇ、それって自分の見える範囲に好きな人がいるって意味?」


「な……」


 俺が言うと図星だったのか姫路さんは顔をこわばらせた。

 なんかたまにわかりやすいとかあるよなぁ。


「そうなんだ。へぇ〜」


 いつもからかわれてばかりだからたまにはやり返したくなる。

 返事を聞かなくても図星なことはわかった。つまり、クラスの中に好きな人がいると見て間違いなさそうだ。


「ねぇ、そういえばもう少しで中間テストだよね」


「話の逸らし方が下手くそか」


「中間テストだよね?」


「いや、そんなーー」


「だよね?」


「はい」


 なんだこれ。

 これで話を逸らせたと思っているのか? でも、こうやって話を逸らす時点でクラスの中に好きな人がいるのはほぼ確定だ。

 本当はまだ色々と聞き出したいところだけど姫路さんもあまり触れてほしくないらしいので今日はここまでにしとこう。


「響也って頭良かったっけ? いつも十位くらい?」


「そう、十位らへんをうろちょろしてる」


 今の話はクラスの中での順位だ。学年にしたら俺は四十位とかになる。でも、このくらいの学力を保てていれば何かに困ることはないし俺はこれで満足だ。


「うん、知ってた。私の順位は? 聞いてよ〜」


 知ってるなら聞くなよ……。

 そもそも姫路さんが俺のテストの順位を知っているのは図書室で本棚の整理をしていた時に勝手に俺のカバンを開けてファイルの中から得点通知表を見たからだ。

 別に全く怒ってはいないけど、見たんだから覚えていてほしい。


「嫌だ」


「なんで? 聞くだけだよ?」


「はぁ……何位なの」


「一位〜! すごいでしょ! 褒めて褒めて!」


 イェイとピースをこちらに向けてくる。

 もう知ってるんだけどな。最初に順位を聞いた時も俺から聞いたわけじゃなくて姫路さんが今みたいに言ってきたから知ってしまっただけだった。

 どうやら褒めてほしいらしい。いっつも褒めてるんだけどな。


「すごいすごい」


「気持ちがこもってない」


 なんでそんなむすっとしてるんだよ。

 このやりとりももう何回もやっているから自然な反応なんてできるわけがない。テストが帰ってきた直後ならまだできたけど。


「このやりとりが多すぎて気持ちがこもらないんだよ」


「そういう時は体で表現するんだよ」


「?」


「ほら、やってよ」


 なんのことかわからないままでいると姫路さんが頭を俺に向けてきた。思いっきり頭頂部だ。

 体で表現ってもしかしてこれを撫でろって?

 ちょっとハードルが高くないか? 今まで俺から姫路さんに触ることなんてなかったし、触られるだけでも緊張してたのに触るのはちょっと……。

 でも、姫路さんは姿勢を崩す気配がない。

 やるしかないのか?

 俺はゆっくりと右手を姫路さんの頭に近づけていく。

 あと、三センチ…‥二センチ…‥一センチのところまで来た時姫路さんが急に顔を上げた。


「冗談に決まってんじゃん!」


「え?」


「じょーだん!」


「もういいや」


 俺は立ち上がりカウンターを出た。そのまま歩みを止めることなく本棚に向かった。

 もうなんなんだ。ドキドキしていた俺が馬鹿みたいだ。

 今まであんなことを言われたことはなかったし、よく考えてみればふざけてることくらいはわかったはずだ。

 誰が見てるかもわからないしこれからは間に受けないようにしよう。


「ねぇ、怒った?」


 本棚の整理をしているフリをしていたらついてきていたらしい姫路さんが若干心配そうな顔で聞いてきた。


「別に」


「怒ってるじゃん」


「怒らせたのはそっちでしょ」


 すると、姫路さんが両手を広げた。


「じゃあハグしてあげよっか」


「そういうのをやめろ!」


 全然反省してないだろ……。

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