第3話 新たな噂
次の日も例の噂が学校中を飛び交っていた。
噂というのは本当にこんな騒ぎになるのか。今までも色んな噂が飛び交っていたけど大体一日噂になれば次の日は身内の中に収まり三日目には誰も話さなくなる。けど、二日目になっても噂は収まるどころか加速する一方だった。
学年一の美少女だから噂も学年一広まるのか?
昼休みになっても状況は全く変わらなかった。でも、変わったことが一つだけあった、視線だ。なぜか時折俺のことを見る目がある気がする。俺は陽でも陰でもない普通の生徒だから普段はそこまで視線を感じない。だけど今日はこっちを見ている視線がやけに多い。嫌な視線ではないけど、俺の様子を伺うようなそんな視線。
「なぁ、面白い噂が出回ってるぞ?」
昼休みなってすぐに前の席の大輝は振り向いてニヤニヤした顔を向けてくる。
昼休みになった瞬間にその顔されたらなんだかキモいな。
「噂ってどうせ姫路さんのでしょ? そんなの昨日から変わらないだろ」
「確かにそうなんだけどな、昨日とはちょっと違うんだよ」
「何が?」
「お前が昨日姫路と一緒に帰ってたって噂」
「げっ」
まじか。ということは昨日たまたま一緒に帰っていたところを誰かに見られていたということか。
くそ。そこまで頭が回らなかった。いや断ることもできなかったか。
でも、これで納得いった。今日の俺への視線の多さは昨日見られていたから。そして俺の苗字が佐藤なこともあって大方俺が姫路さんの好きな人じゃないかと思っているのだろう。
とんだ勘違いだな。
「なんだ? マジなのか?」
「確かに一緒に帰ったけどマジじゃない」
「は? 大マジじゃん」
「だから付き合ってないって」
「そりゃそうだろうな。でも、一緒に帰ったのは本当なんだな」
「…………まぁな」
確かに一緒に帰ったのは本当だ。だけどそれだけで決めつけるのもどうかと思う。
昨日はたまたま姫路さんに用事があっただけで俺が好きなわけじゃないし付き合ってるわけでもない。
頷いた俺を見るやすぐに大輝のにやけ顔がさらに歪んだ。
「へぇ〜。でも、なんでだよ。お前昨日図書委員だろ? んであっちは帰宅部。そんでお前は姫路と関わりがない。一緒に帰ったのはよくわからないな」
なんだこいつ、急に探偵みたいなこと言い始めたぞ? 痛いところを突かれた。俺は今まで誰にも図書室に姫路さんが来ていることを言っていない。隠してるつもりはないけど言う必要もないと思ったからだ。今みたいに変な勘違いをされたくもなかったしな。
確かに委員の俺と帰宅部の姫路さんが一緒に帰るのはおかしい。けど、今図書室に来ていることを言ってもそれこそ噂が変な方向に向いてしまう。
「たまたまだよ。俺が帰ろうとしたらたまたま居合わせたんだ」
俺は苦し紛れの言い訳をした。いずれバレるかもしれないけど今はそうするべきだと思った。
大輝は納得いかない表情をした。
「ふ〜ん。でも、一緒に帰る意味なくないか? 対して仲良くもないのに」
やっぱり聞かれるか……。普段話してるところなんて大輝には見せたことがない。そんな二人が急に一緒に帰るなんて違和感しかないだろう。
どうする! 俺!
「たまたま帰る方向が同じだったんだよ。一緒に校門出てバラバラに帰るのも変だろ」
よし、これは良い言い訳じゃないか? 嘘はついてないしこれだったら変な勘ぐりはしないだろ。
「そうか。まぁそういうこともあんのかもな。それにしてもタイミングが悪いな」
納得したのか先ほどまでの表情はない。
よっしゃ! 我ながらうまい言い訳が出来た。
心の中でガッツポーズしながら愚痴を垂れた。
「そうなんだよ。本当にタイミングが悪い。助けてくれ」
「嫌だよ。見てる方は楽しいし」
「このやろ」
俺は大輝の頭にぐりぐりと拳を当てた。確かに大輝は佐藤和希を煽ったり、こういう噂をよく楽しんでいることがある。
まぁ他人の噂だったら楽しめるけどそれが本人の噂なら楽しいどころか嫌な気持ちをすることだってある。そしてそれを鵜呑みにして誰かを傷つけることも。
だから俺は噂を信じることも広めることもしない。
まぁ大輝はそこら辺をしっかり弁えているから憎めないんだけどな。
「大輝がいじめられてるの珍しいね」
俺たちがふざけていると声をかけてきた女子がいた。
顔を上げて答える。
「まぁな。たまにはいいだろ? 莉沙」
声をかけてきた相手は
小一の頃から仲が良かったから今でもこうして絡むことがある。
見た目は全体的に白くて細い。髪は金髪のロングだ。すごいギャルっぽい感じがして俺とは無縁のような存在だ。
一年生の頃から姫路さんとは俺ともクラスが一緒で特に姫路さんとは最初から仲良くしていた気がする。
「うん。なんか見てて気持ちいいね」
「ふざけんな! 俺はやられる側じゃなくて見る側がいいんだ」
俺の手を退けながらそんなことを訴える。言ってて恥ずかしくないのか?
「やる側の間違えだろ」
「なんだと〜? このやろ!」
次は大輝がやり返してくる。こいつ力加減知らないのかよ!? めちゃめちゃ痛いんだけど!
「いてーよ! お前はバカか!」
「お前に言われたくねーよ! このアホ!」
「あんたらほんとバカだね」
俺たちが言い合っていると莉沙が呟いた。聞き間違えか?
「今、なんて?」
「だからバカって」
「「お前にだけは言われたくねー!」」
珍しく俺と大輝の声が揃った。
そう、こいつはめちゃくちゃ頭が悪い。クラスで一番とも言えるくらいにだ。そんな莉沙にバカと言われたら黙っちゃいられない。
「え、なんで? だってバカじゃん」
なぜかわからないと、ポカンとした表情で言った。本当にバカなんだな。
まぁ、俺らがバカなのは否めないけどな。
「それで、何の用だよ」
大輝が莉沙に聞く。俺たちが話すこと自体は珍しくないけど昼休みはいつも姫路さんとかと一緒にいるから俺たちに話しかけてくることは滅多にない。
「用があるのは響也の方」
「え?」
俺の方に用があるのか。急になんだろう。
俺が反応すると莉沙は俺にだけ聞こえるように耳元で囁いた。
「ねぇ、姫奈のことどうなの?」
またその話かよ……。初めて苗字が佐藤じゃない方が良かったと思う。本当にめんどくさいな。
「どうってなんだよ」
「好きなのかなって話に決まってるでしょ? バカなの?」
バカなのはどっちだよ……。今の話でどうやったら好きかって話になるんだか。
「好きじゃないって」
「はぁ? なんで好きじゃないの」
「なんでって……関わりないしそれに姫路さんも違うでしょ」
まず姫路さんが俺のことを好きなわけがない。
そんなことはみんなわかっているはずなのに、なんでわざわざ聞いてくるんだ。そこまで楽しいのだろうか?
「はぁ……あっそ。つまんないの」
そう言ってまた姫路さんたちの方に戻っていった。
なんだったんだ? 姫路さんの好きな人なら姫路さんに聞けばいいのに。教えてくれなかったからだろうか? 莉沙くらいになら教えそうなものだけど。
「なぁ、お前本当になんもないのか?」
莉沙との話が終わってから大輝が聞いてきた。
なんもないか。なんにもないかと言われたら本当は違うけど恋愛感情とかは抱いていない。
「あぁ、なんにもないって言ってるだろ。今日はしつこいな」
「いや、あっちの反応見てたらなんにもないようにも見えないんだけど」
あっち、姫路さんたちの方へ目線を向けて大輝はそんなことを言う。別に俺が見てもいつも通りにしか見えない。大輝はそういうのに鋭いから俺よりも何かわかるのかもしれない。
姫路さんもちゃんと否定すればいいんだけどな。まぁあんなに大勢に詰め寄られてたらそれも難しいかもしれない。
「なんにもないって言ってんだろーが。俺の話はいいから大輝の話をしよう」
俺は無理矢理話題を逸らした。さっきうまい言い訳ができたけどこれ以上聞かれるとボロを出しかねない。
「なんだよ、俺の話って」
「好きな人とかいないのか? 別にいてもおかしくないと思うんだけど」
大輝は顔はチャラい感じのイケメンだ。性格は置いといて顔だけ見れば女子が寄ってきそうな気はする。
「いないね。付き合ってる人もな」
「まぁ性格がな……」
「ちげーよ! 俺に釣り合う女がいないだけだ! 性格も顔も一丁前だろうが」
よくそこまで自分で言えるな。どこかの女子と同じようなことを言う。まぁ自分に自信があるのはいいことか。
「でも、好きな人だったら釣り合うとかないだろ。一方的に好きになるんだから」
付き合うなら釣り合うとかを気にするのかよくわからないけど、どちらにせよ好きな人の場合はただ一方的に好きになるだけだから自分とかけ離れているような存在でも好きになるだけならなれる。
「…………やっぱりいないな」
なぜか姫路さんたちの方に視線を移しながら言った。
こいつ、もしやーー
「お前もしかして、姫路さんのこと……」
「ちっげーよー! んなわけないだろ!」
「いや、今の目線は」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
大輝にしては珍しく焦っていた。気のせいかもしれないが少し顔が赤くもなっている。もしかして本当に姫路さんが好きなのかもな。
だったらもっとアタックすればいいのにとか思う。別に姫路さんじゃなくても大輝ならいけそうなんだけどな。
「なぁ、佐藤って姫路さんと付き合ってるの?」
俺らの話が終わってからクラスメイトの男子が声をかけてきた。
なぜか五人くらいを連れていた。
「なぁ、マジなのか?」
「昨日一緒に帰ったんだって?」
「絶対好きじゃん!」
最悪だ。もう一方的に詰め寄られている。
なんで一緒に帰った=好きになるんだよ。頭お花畑か?
結局、昼休みは質問攻めで終わることになった……。
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