第2話 初めての下校
委員の仕事はそこまで長い時間やることはない。
いつも十七時には図書室を出て帰っている。ということで俺たちもいつも通り下校することになった。
昇降口で靴を履き替えて校舎をでる。
グラウンドからはまだ部活をやっている運動部の大きな掛け声、背にした校舎からは吹奏楽部が練習している聞いたことのあるクラシックが聴こえてくる。
こんな時間まで部活をやる体力は俺には無いな……。
校門を出ていつも通りの帰り道。
空はだんだんと藍に染まってきていて、風は昼間より涼しく心地よかった。
俺はこの時間に一人で歩くのが好きだった。ぼっちだから強がってるのではないからな?
ただ、この空を眺めているとなんだか懐かしい気分になってつい中学や小学校の頃を思い出してしまう。
……あんまりいい思い出ばかりではないけど。
ちなみに姫路さんは近くにいない。
姫路さんが図書室に来るようになってからしばらくどうせなら一緒に帰ろうよと言われていたけど俺から断った。
姫路さんのような美少女と一緒に帰れるなんてほとんどの男子高校生からしたら羨ましいことこの上ないだろう。
けど、俺には嬉しいことではない。いや、確かに姫路さんみたいな人とと下校とか楽しいとは思うけどその後のことを考えたら遠慮してしまう。
今回みたいにまた変な噂が流れれば学校で息苦しくて生きた心地がしなくなりそうだから。
「なーに暗い顔してんの!」
急にバン! と背中を押された俺は間抜けな格好で転びそうになった。
俺にこんなことする人は一人しか思いあたらない。
体勢を戻して振り返る。
「びっくりした……。なんでここにいるの?」
そこにいたのは先に帰ったはずの姫路さんだった。俺が転びそうになったのが面白かったのかケラケラ笑っている。
「あ〜、これ教室に忘れちゃってさ〜取りにいってた!」
そう言って指差しているのは自分の腰元に巻いているカーディガンだ。それで今会ったというわけか。
確かに今日の図書室で姫路さんはカーディガンを腰に巻いていなかったっけ。
「なるほどね。それいっつもつけてるけど着ないなら意味あるの?」
カーディガンって着るものだよな……?
腰にしか巻いているところを見たことないんだけど。
「ん〜、なんか可愛いからって感じ!」
「へぇ〜」
確かに姫路さんっぽいなって感じはする。
「じゃあまた明日ね」
俺はそう言ってまた前を向いた。
まさか下校中に姫路さんと会うなんてな。なんだか新鮮な感じがした。
帰ったら何しようか。あ、買ってきたばっかりの本あったっけ。あれ読むか。
「ねぇ、何してんの?」
「うわ! 次はなに? もう帰るんでしょ?」
横を見るとこちらを覗くように見ている姫路さんがいた。
「なにって、一緒に帰ろ?」
「いや、それは前も言ったでしょ……。それに家の方向逆じゃないの?」
当たり前のように「帰ろ」って言ってるけどそもそも姫路さんと俺は家の方向が違う。
姫路さんの家の詳しい場所はわからないけど確か駅の方だったはずだ。そうだとすると今は真逆に進んでいることになる。
「今日はこっち側に用事あるんだよね〜。だから帰ろ?」
「そうなんだ。でも一緒に帰る必要ないんじゃ……」
「そんなに私のこと嫌い?」
姫路さんは不安そうな目で上目遣いをしてくる。
ちょっとこれはずるい気がする。
「別に嫌ってわけじゃ……」
「じゃあ帰ろー!」
さっきまでの表情が嘘のようにぱあっと笑顔になった姫路さんがルンルンで歩いて行く。
こんなことは初めてだから何だか緊張する。
俺は早足で姫路さんの横まで追いついた。
「それでどこに用事があるの?」
「え?」
「用事あるからこっち側から帰るんでしょ? だからどこかなって」
俺がそう聞くと姫路さんは目を泳がせた。
なんか焦ってる?
「いや、それはね〜え〜っと、そう! 秘密!」
「なんかイケナイ店でも行くの?」
「はっ!? 違うし! 別になんでもいいでしょ!? それに秘密がある女って魅力的でしょ!」
それさっきも聞いたような……。どこに行くのかはわからなかったけどよっぽど俺に言いたくないのだろう。めっちゃ焦ってるし。
まぁ人に言えない用事くらい誰にでもあるだろう。
「まぁ言えないなら無理して言わなくてもいいよ。……あんま魅力的には思わないけど」
「なんか言った〜?」
「なんでもありません」
最後の言葉は聞こえてないことを祈る。
二人でこうやって外を歩くのは多分初めてだ。気がつけば夜の帳が下りていた。空には三日月が顔を出していてこちらを見つめていた。
「こうやって二人で外歩くのも初めてだし、図書室以外で話すのも初めてだね」
空を見ながらポツリと姫路さんが呟いた。
「そうだね」
「なんか新鮮な感じ〜! ねぇこれからも一緒に帰ろうよ」
「いやちょっとそれは……考えさせて」
「そっか」
そこで会話は途切れた。
さっきまでの笑顔が姫路さんから消えてしまったのは俺のせいだろう。別に断る必要なんていないのかもしれない。
実際、俺も姫路さんのことは全然嫌いじゃない。けど、多分過去の俺がいつまで経ってもいなくならないからこうなってしまうのだろう。
「響也は私の好きな人誰だと思う?」
しばらく無言で歩いていると、そう聞いてきた。
さっきもその話をしたけど……今日はその話がしたい日らしい。
「さっき教えないって言ったでしょ」
「そうだけど、予想は誰なのかな〜って」
そんなもの聞いてどうするんだよ……。でも、そう口にするのはなんだか冷たい感じがする。だから俺は適当に答えることにした。
「佐藤和希とか?」
あいつは性格悪いし気持ち悪いと思うけど、顔だけはいいからな。姫路さんが面食いかどうかはわからないし、あそこまで性格悪い奴を好きになるとは思えない。
しかし、いくら佐藤という苗字が日本で一番多くても俺の知っている佐藤はたかがしれている。
だからとりあえずあいつの名前を出してみた。
「あ〜なるほどね〜」
楽しそうに返事をする姫路さん。
「なんだよその反応」
「いや〜? そう思うんだ〜と思って」
全く思ってない。あいつなんかを好きになるくらいだったら俺を好きになってほしいと思うくらいだ。
もちろん、俺なんかなわけがないんだけどな。
でも、ここで思ってないというのも変なので話を続ける。
「まぁね……。顔はいいし」
「顔って……私は面食いじゃないし〜」
さっきもかっこいい人を好きになるとは限らないとか言ってたっけ。そう言うなら面食いではないらしい。
かと言って俺の知っている佐藤はあと一人しかいない。
「じゃあ、佐藤昴生」
「あ〜、なるほどね〜」
さっきと全く同じ返事が来た。反応が変わらないから全然わからない。
「なんだよその反応」
「そう思うんだと思って」
これも別に思ってないんだけどな……。
佐藤昴生はバスケ部員で運動神経はいいやつだ。そしてバカだ。でも、明るくクラスを笑わせるような存在だ。
だけど、姫路さんと話すときは緊張するらしくあんまりちゃんと話せていないのをよく見る。だから脈アリには見えない。
それから話が終わって沈黙が続いた。
別に気まずい雰囲気ではなくただ黙って歩く。空は完全に黒く染まり綺麗な星が浮いていた。
「ねぇ、響也には好きな人いないの?」
しばらくしてからポツリと姫路さんが呟いた。
好きな人……その言葉に俺は少しビクッとした。俺に好きな人か。いるか、いないかでいえばいない。
そもそも、作らないようにしていたというか、作る資格が俺にはなかった。
好きな人は作るとかじゃなくて出来るものだと思う。だから、俺はもう期待することをやめた。他人じゃなくて自分に。
だから答えは決まってる。
「いないよ」
するとすぐに残念そうな顔をしてうなだれた。
「え〜つまんない! 高校二年生でしょ? 一人くらいいてもいいじゃん」
一人くらいいてもって……好きな人って何人もいるものなのか?
「高校二年だからって好きな人がいるとは限らないでしょ」
「え〜そうかな?」
「そうだよ」
「じゃあいたことはないの?」
「………………ある」
「え! まじ? どんな人!」
俺がそう言うと食い気味で聞いてきた。そんな気になるのか。
俺には今まで一人だけ好きな人がいた。でも、その人の話はあまりしたくなかった。
「どんな人でもいいでしょ」
「全然良くないから! 教えてよ」
さっきよりも食い気味で、体を寄せて聞いてきた。
でも、嫌なものは嫌だ。だけど何も言わないと終わらなさそうだったので少しだけ答えることにした。
「髪がショートでいつも明るかった……かな」
「ショート……明るい……」
俺が言ったことを繰り返し口ずさんで何かを考えている。
そんな真面目に考えることか?
「なるほどね! ありがと!」
「うん。じゃあそっちの好きな人もどんな人か教えてよ」
興味本位で聞いてみた。もう姫路さんが誰かを好きなのは確定しているし、それなら俺だって普通の高校生だから気になる。
「え〜仕方ないなぁ。まずカッコよくて〜優しくて、それで私のことを一番よく見てくれる人かな」
「そうなんだ」
最初はありきたりだなと思ったけど最後の理由は芯があるような声で言っていて本当に好きになった理由はこれなんだと思う。
そんな人がいるんだな。姫路さんは容姿で目立つことが多いし男は下心で見つめることもよくある。そんな中でちゃんと姫路さんをみてあげられる人がいるなら好きになってもおかしくない。
「そう! ほんと大好きだよ」
俺の目を見ていってくる。こんなセリフを真っ直ぐ見つめられながら言われたらわかってても勘違いしそうになる。
「そっか。告白しないの?」
「できれば相手からして欲しいじゃん? それにあっちは多分私に気がないんだよね。だから今はしたくないかな……」
「確かにそれは怖いよね」
明らかに脈なしに見える相手に告白するなんて自殺行為みたいなものだ。相手との関係は気まずくなってそれから話さなくなるかもしれない。そんなことを考えると怖くてできないのもよくわかる。
それからすぐに家の前に着いた。話していたからかあっという間だった気がする。
「俺、帰るね」
「え?」
「ここ俺の家なんだけど……」
俺は自分の家を指さしながら言った。
「あぁ、そっか」
「そういえば用事あるんでしょ? こっちまで来ていいの?」
ここは住宅街だ。周りに何かお店があるわけでもない。話に夢中になってここまで来てしまったのか?
「あぁ、うん! 全然大丈夫! それじゃあまたね!」
そう言うと焦って逃げるように走っていた。
一体なんだったんだ?
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